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23.霧

「……やっぱりか」


 顔は強張っているだろう。何かに真剣な時、人は極限に集中できる。


 この重要な場面で僕が返す一手とは……ぐぬぬ。


「あ……」


 気の抜けた声が出てしまうと同時に積み上げられた何かは音を立てて崩れてしまった。


 積み木をしていた僕たちの張りつめた空気は一瞬にしてユルユルになる。


「レインってば下手くそー」


 確かに下手くそだ。でもこれはしょうがない。僕は悪くないのだ。


「セリアの積み方が下手くそじゃなければね……」


 大雑把過ぎる性格がゆえ後の人の事を考えずに木を積んでいくのだ。よってどれだけバランスよく積み木をしてもどこかで緩んでしまう。


 修正した僕の積み木をさらにバランス悪く積んでくるのだからたちが悪すぎる。


「お姉ちゃん積み方下手なのによく崩れないね」


「下手くそはレインだよぉー」


 天性の感覚とでも言うのだろうか。毎回崩れる寸前の状態で僕に順を回してくる。


 もはや相手に崩させることを目的にしているだろう。そういう遊びなのかもしれないけど。


「上手くやってた方だと思うけどなあ」


「んふふ。それにしてもレインが遊んでくれるって珍しいね。変な物でも食べたの?」


 普段は外出ばかりだから不審に思ったのだろうが、生憎とセリアを避けているだけでマリアとはよく遊ぶ。


 今日はたまたまセリアが大人しいってだけである。


「お姉ちゃんこそ外で剣を振るうのやめたの? いつもだったら素振りしてるのに」


「んー、気分?」


 気分にしてはちょっと大人しい気もする。いつものわんぱくな振る舞いからは想像できないほど彼女らしくない。


 まあ恐らく外が原因なんだろう。


 今日の昼前から霧が出始めたんだ。それでセリアは大人しくなっている。


 理由としては薄いが、彼女の母が亡くなった時も、こんな感じの気持ち悪い霧だったから思うところがあるのだろう。


「むふー、外の霧濃くなってるね。これじゃ何も見えないや」


「霧ってことは今日は外には出られないね」


 霧は向こうの家が霞んで見えるほど濃ゆい。村の中でなら外に出ることは可能だが、村の外は危険だ。


 特に森に囲まれている村では。


 今村の男達が村の柵周辺で警戒していることだろう。こんな日には索敵どころか魔力が散らない。魔物が目の前までこないと発見できないぐらいには危険な自然現象なのだ。


「霧が出るのは半年ぶりかな。あのときははぐれの大蟻(オオアリ)に苦戦してたんだっけ」


「普段は人里に近づかない魔物だけどね。霧で仲間を見失ったんだよ」


 とまあこんな感じで霧は魔物にも人間にも良いことがない。


 察知・索敵の最低ラインの防衛をすることが困難だからだ。


「ニオイもわからなくなるしなんで霧って存在してるんだろうね」


「世界がそういう仕組みなんだよ」


 マリアとの会話でセリアが退屈している。


「あんまり難しい話はわかんないかなー」


 拗ねたのか口を尖らせて僕のベッドにダイブする。


 これが思春期の男児だったら赤面不可避のニヤニヤな展開だろう。だが相手はまだ8歳の女の子なのだ。意識してないと思う。


「セリアが退屈しちゃったし次はなにする? 僕の部屋はあんまり遊べるものはないけど」


「お姉ちゃんのことは無視して良いんじゃない? それより私は勉強したい」


 うっへー、嫌だなあ。せっかくセカンドライフを送れるのに……マリアは真面目だなあ。


「むっ……!」


 ほらセリアが怒っちゃったじゃん。双子は双子でも二卵性双生児だったのかな。


 技術のセリアと知力のマリア……双子じゃなかったらどうなってたんだろう(ガクブル)。


「お姉ちゃんはそこで寝てていいよ。私はレインと勉強するからー」


「いや勝手に僕の部屋で寝られても……」


「むぅぅ……!」


 あ、そっぽ向いた。


「お姉ちゃんはこういうの得意じゃないから……」


 申し訳無さそうな表情で眉をハの字にする。


「まあ誰が見たってそう思うよね」


 得意不得意は人によるが、勉強は得意不得意とかじゃなくて面倒か面倒じゃないかだと思う。


 前世の中学後半の数学なんてどこで使うんだよ。


「レインは勉強苦手なの?」


「苦手でも得意でもないかな」


 前世では迷いなく苦手と答えていた。だがここは異世界。学ぶことのほうが多く、それも学んだ知識は無駄にならない。


 自然と学習に意識が向くのだ。


「興味はあるの?」


「興味はねー」


 魔法史なんて滅茶苦茶興味ある!


 歴史みたいなどうでもいい昔話聞くより、魔法の起源から応用までの進化を聞くほうが絶対に楽しい。


 偉人なんて覚えていても知識披露できるだけだからね。


「ふふーん……興味、あるんだ」


 マリアは何故か嬉しそうにして目を細めている。


「運動能力なんてものより簡単に成長するからね。1年で身につくものより1日で身につくもののほうが効率的で成長を感じられるでしょ?」


「……わかりやすいのかどうかわからないけど確かに身につきやすいよね。私は運動あまり得意じゃないからよく分かるよ」


 感覚で説明したのに理解できると言うことは天才肌か。


「レインと同じだね」


 嫌味は含まれてなさそうだがそっちには魔法の(タネ)が四つもあるじゃないか。


「むぅぅ〜!」


 そしてなぜかセリアが怒る。枕に顔を深く埋め足をバタつかせている。


「もう! レインは勉強できる子がいいの!?」


「は、え?」


 突然会話に乱入するセリア。何を怒っているのかと思えばそんな事で怒ってたのか。


 セリアの怒りを鎮めるために嘘をついてもいいが僕は男だ。度胸がある。虎の尾を踏みたくなるのだ。


「セリアみたいなアホな子はちょっと嫌いかな」


「ガーン……」


 わかりやすく傷つくセリア。てっきり怒るものだと思ってたから意外だ。これに懲りたら今度から真面目に勉強することだな。


「オマケに髪は長いほうが好きだ」


 セリアと真反対のことを言うとわかりやすくダメージを受けてくれる。


「トホホ……」


「マリアのお姉ちゃん勉強できないんだってさ」


「仕方ないよ。お姉ちゃんアホだもん」


「ガーン……」


 身近な人物に突きつけられる真実。セリアはアホだったらしい。


「むむむむ……ぷいっ、今日はふて寝だあ!」


「開き直りすぎだろ。ってかそこ僕のベッドだよ」


「だってやることないんだもん。寝る寝る寝る! ぐう……」


 ふむ、やはり霧は厄介だ。青空が広がっていればこんな狭っ苦しい空気にならずに済んだのかもしれない。


 その時だった。


 窓に打ち付ける大粒の雨。ガラスの窓はキシキシと音を立てて揺れている。


 気づけば外は夜と遜色ないほど暗くなっていた。まだ日は昇っている。霧と暗雲に姿を消してしまった光は外を照らすことはない。


「不気味な暗闇が窓から覗く──」


「雨降ってきた。じゃあ今日はレインのお家でお泊まりだー」


「帰れ」


 ムードが台無しだ。


 こんな時は「外が騒がしい、奴らが来た」みたいな雰囲気だろう。子どもなんだから「かみなりこわ〜い」みたいにビビるのが普通だ。


「うわー雷落ちた〜。この前みたいに火事にならないといいね」


「お姉ちゃん喜んでたよね……」


 ドン引きである。


 積み木する前に帰らせた方が良かったのかもしれない。


「お外出れないしやっぱり今日はレインのお部屋でねんねする!」


「私もお姉ちゃんの意見に賛成」


「ぬぅあぁぁあ!」


 どうやら霧は明日まで晴れてくれないようだ。

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