209.器としての整形
「──リ……リア……セリア!」
なに……。誰かが私を呼んでる……?
「あ、えっ……なに?」
「急に黙ったからびっくりしたよ」
あ……私寝てたんだ。いろいろなことがあって疲れちゃってて……。
「ごめんレイン。ところで今がいつかわかる?」
記憶がごちゃごちゃだ。ここは見たことない場所だし、なにがなにやら。
「何言ってるの? ここは君の場所でしょ?」
「私の? でも記憶にないよ」
どこかの木陰。目の前には古臭い家。ここは村だ。どこか……。ちがう。私はこの光景を見たことがあるかもしれない。
「……記憶ね。まあ確かに君の記憶って考えると曖昧かもね。この場の記憶も、村での記憶もまっさらだ。あれは誰かわかるかな?」
レインが指さしたのは美しい水色の髪の毛をした女性だ。
「わからない。けど、どことなく安心する人だね」
「……あれは君のお母さんだよセリア」
「お母さん……? 私のお母さんは生まれてすぐに亡くなったってお父さんが……」
「それは彼の嘘さ。それにあれを見て」
お父さんがなんでそんな嘘をつくの。あれだけ悲しいと言っていたのに。
「私と同じ見た目……」
双子だと言われてもわからないほどに似ている。それに彼女はガレオスの生徒で決勝に名前があったような気が……。
「あれは君の妹だ。マリア・ミストラル。わけあって今は僕の性を名乗っているけど、君たちは双子の姉妹なんだ」
「……え」
知らない。覚えていない。わからない。レインは何をいっているんだろう。
「そして僕は君の幼馴染だったはずの男だよ。幼いころから家が隣でいつも君にしばかれてたなあ」
「違う……私はそんなこと……」
頭が混乱してるのかとても痛い。彼に既視感と安心があったのは前にレインと会っていたから?
でもそれじゃ証明のしようがないほどのこの安心感は一体何なの。私と彼……もし幼い頃からずっと共にしていたんだったらどうして私は彼のことや家族のことを忘れて……。
「覚えてないの? まあ今はいいけどね。僕が今言ったことは忘れないようにしてね」
するとマリアと呼ばれた人物と一緒にいる、私を見つけた。本物の記憶だとすると納得がいく。
「うん……」
次に意識した時は見慣れた広い部屋だった。
「君の部屋だね。貴族になったあとの……君の部屋だ」
私の部屋。ここの記憶はある。けど、雰囲気がまるで違う。
「セリア……」
お父さんだ。でも、なんだかつらそうな表情をしている。なんで、どうしてそんなに辛そうな顔をしているの?
「これからセリアにはエルフルの薬物投与実験を行ってもらう。何が起こるかわからないが、より強力にセリアを制御するためらしい。お前の母親譲りのパワーは危険すぎるとの通達だ」
「そんな……待ってよお父さん! 最近は上手く制御できてるよ! レインに頼らなくても私は私で──」
「セリア! お父さんの言うことを聞くんだ! お前は何も知らなくていい。やるしかないんだ!」
お父さんはなにかに必死だ。それをただ横から見ているだけの私の記憶……。レインは……どこ?
近くにいたレインがいない。
「嫌だよ! お父さん、怖いよ! 私は自分の力を制御してるって!」
「わかっている! だが俺にもわけが分からないんだ。上層部からの命令で仕方なく! それにエルフルには逆らえないんだ」
お父さんは何かに怯えているようでときより背後の扉を気にしている。私と目があっているようにも見える。
「セリア、俺が間違っていたんだ。メイルの言う通りこの世界は既に腐っているんだ。貴族に戻ってくるなんて! くそっ! あれだけマリアは止めてくれたのにっ」
冷や汗が凄い。この焦りは本物だ。
「い、今からでも遅くはない! 逃げるぞセリア!」
手を握った。でも……。
「いや!」
私がお父さんの手を払った。ものすごい力が部屋の家具を吹き飛ばす。
記憶がないから自分の感情もわからない。
「っ……」
しばらくして部屋の外から誰かがやってくる。
「何の音ですか!」
エルフルさんだ。
「セリア! ここはお前だけでも逃がす!」
「逃がす……? マルセさん、私の洗脳が解けていますね?」
「ちっ……くそっ! 身体強化プラス──」
「遅いです」
エルフルさん、どういうこと。なんで彼女がお父さんの首に注射器を……。わからない、これが本物の記憶なら私は……。
「お父さん!?」
白目を剥いてるお父さん。
「あ……」
「私の洗脳は強力なんですよ、セリアちゃん。どんな考えでもその本人の意思とは関係なく思考が働いてしまう。駄目だとわかっていながら貴族の世界に足を踏み入れたマルセさんは既に詰みの状況。セリアちゃん、実はあなたもなんですよ」
「近づかないで!」
「駄目ですよわがままを言っては。ちゃーんとお薬を打たないと」
注射針。でも確実に暴れる私に打てないはず。
「打たないから!」
「いいえ、打ちます」
「打たない!」
「はあ……ではこうしますね」
エルフルは私の近くに注射針を置いてお父さんの方へ歩く。そして気絶しているお父さんの頭を掴んで持ち上げた。記憶の中の私はこの記憶に干渉できない。何もできない。
けど、ここにいる私はやめてと叫ぶだけで行動に移さない。
「やめて!」
「あらら、私がこれからすることがなにかわかっているんです……ねっ」
彼女は太ももからナイフを取り出すとそれをお父さんの首に当てた。サクッと皮を切って血が流れる。
「セリアちゃーん。自分から打ったらパパの首は切らないであげます。でも、時間は1分しかないよ? さあどーしますか?」
いっ……この記憶。違う……やめて、今すぐその注射針を破壊してエルフルを殺して!
「っ……」
違う……そうじゃない。注射器を壊して! じゃないと私と、お父さんは……!
「どうしたんですかー。打たないとほら、さく、さく……」
「やめろぉ! 打つから……。お父さんに手を出さないで」
「へぇーそーですか。じゃあはやく打ってくださいよー。うふふふ」
「くっ……」
震える手で筋肉に注射針を刺す。
「良くできましたね。でも刺すだけじゃ注射にはならないんですよ?」
エルフルの手に力が入る。お父さんの首には血が垂れ始めた。
「ほらほら〜急がないとお父さん死んじゃうね」
「ふぅ……ふぅ……ふぅっ!」
私は注射を打った。一気に、何が起こるかわからないまま。
それを見たエルフルはニヤニヤと表情を浮かべ、そして言った。
「本当にバカな親子」
そう言うとエルフルは……エルフルはお父さんの首を……。
「え……」
投げられた首は放心する私の方に転がった。
「あはっ! あははははははは! セリアちゃん、本当にかわいいですねぇ〜。初めからぱぱーを生かすつもりなんてなかったのに。バカみたいに注射を打っちゃって。あはっ」
「お父……さん」
「私の洗脳は一度抜け出したら二度とかからないデメリット付きなんです。それ故に強力なんですけどぉ〜まー殺すしかないっていうかー」
「お前……」
「残念だったね。ぱぱが洗脳なんて解いちゃうから。あーあ。でも安心してくださぁ〜い」
「お前は私の手で殺す! 父の仇! 許さない!」
怒りに狂った私はエルフル目掛けて飛びかかるけど、途中でその場に転がった。
「薬の効果、ですよ。でも次に起きる時はセリアちゃんは何事もなかったかのように平凡な貴族生活を送ります。この注射はあなたを依り代の器とする強い効果を持ってきます。だからこれまでのセリアちゃんの記憶はまっさらになります。あーマルセさんのことは安心してくださいね?」
「あ……うっ……」
「これからは彼があなたの父親です」
機械仕掛けの、まるで人の形を成したなにかだ。
「お父さんがダミー人形のお姫様……。こんな哀れな女の子がこれまでに居たかどうか……うふふ」
「死んじゃえ! 死ななくても私が殺して──」
「その乱暴な言葉遣いも、記憶を失った後に私がしっかりと教育してあげます」
そこで空間が崩れた。
唯一頼っていた味方が私の敵……それを知った事実が今でもあり得ないと拒絶している。怖い……怖い。
「ごめんね? 待たせちゃった?」
でももう関係ないか。
「えっ……なんか約束したっけ……」
私には頼れて、強くて、優しくて、愛してくれる彼がいるから。




