204.溢れる
3人の聖人からは特に解答はなかった。私の質問が難しかったわけじゃないのは明白。今の我々には明確な敵が存在していないからだ。
他国との戦争が沈静化し、今では戦争をしていない国がほとんど。原因は西の未開拓地の被害や各国の戦力不足が見られる。人類にとって戦争は単なる自国の戦力を誇示したいだけなのだ。
関係ない人間が巻き込まれて不幸になる。そんな世の中になってしまったのを我らが女神、ヴィリエル様が手を打ってくださった。
お陰で今は他国にも攻められず、民たちを理不尽な理由で奪われずに済んでいる。敵はいない。そう思いたかった。
けれど現実は違った。戦争が収まると亜神教会という謎組織の存在が明らかになり、亜神を蘇らせようとする勢力が一気に力を増した。
過激派は既に何人か罪のない人まで巻き込んで命を奪っている。なぜ敵がいなくなれば新たな敵が現れるのだろう。
昔から聖女のやることは変わらない。祈りを捧げ、国を守る騎士たちに力を与える。自身はそんな彼らの矛として武器を取る。それが民たちを救う唯一の手段なのだ。
しかし国は良くない状況にある。国王も上層部もこの問題を重要視していない。亜神教会という組織が明るみになってからは状況が戦争時よりも更に悪くなっている。
「団長、お忙しい中申し訳ございません。訃報がございます」
ルイスが戻ってきている。それにセリアもこの場に来てくれた。やはり頼りがいのあるパートナーだ。
しかし訃報というのは……。
「数日前から連絡の取れなくなっていた栄誉騎士ダイタルが何者かに襲撃され亡くなったとのことです。彼に仕えてた騎士から情報を聞いたのですが、なにも……」
ダイタルが襲撃された……?
彼は未開拓地の手前で魔物の見張りをしていたはず。並程度の強さの魔物であれば集団戦でも勝てる彼だ。なぜ殺されてしまった。
「遺体の回収は?」
「それが、徹底的に身体を破壊されていたのか、すべてを回収することはできませんとのことです。顔をひどく損傷しており、その場での火葬となったようです」
あり得ない。魔物が徹底的に身体を破壊するなど。それに遺体が残っているということは食事が目的ではないということ。
それにその場で遺体を燃やしたのか? 栄誉騎士の遺体をその場で? 騎士たちはいつ恩を忘れるようなことになったんだ。
「ダイタルは未開拓地手前の防衛に派遣しました。魔物が彼を襲う可能性は低いでしょう」
「未開拓地には魔物は住めませんからね。となるとやはり例のダミー人形たちでしょうか?」
「……騎士団隊員の被害はどれほどになりましたか?」
「それが、思ったよりも低いようです」
おかしい……ダイタルが殺されるほどの実力者がいたのならわかる。だが騎士のほとんどがダイタルの殺される現場を見ていないと言っている。
すなわち騎士たちも何かしらの戦闘に加わっており、誰も見ていない場所で彼は殺されたということ。
そうなるとダイタルがやられて、他の騎士たちが無事という証明ができない。どちらかを想定すれば必ず矛盾が生まれる。
「まさか……そんなことはあり得ない」
「団長……?」
周囲に魔物や人が寄り付かないことは確実。であるなら確実にダミー人形の仕業と言ってもいい。奴らは隊員たちの顔と記憶を乗っ取ったのだ。
その事実に騎士の誰も気づいていないとなると、今頃騎士団はほぼ内部壊滅を起こしていることになる。
……いや、ならばダイタルの遺体を利用しなかったのはおかしい。彼の身体さえあれば訃報などの報告を隠蔽することなど容易のはず。
「騎士団との情報共有は身長に行うよう各班にお伝えください。もはや騎士団は機能していません。それどころか……」
これ以上話すのも苦痛だ。
「はい。理由は聞かないでおきます」
「助かります」
彼も不可解なダイタルの死に違和感を察したのだろう。間の悪すぎるタイミング。騎士団が動かせないだけならまだいいけど、騎士団が敵に回ることだけは避けなくてはならない。
はやいところ次期聖女の候補を見つけなくてはならない。そのためにはセリアとも話しておかないとならない。
「ソリス団長、お呼びでしょうか?」
私たちの会話が終わったのを確認した彼女がそう聞く。やはりまだ彼女の体調は優れないようだ。光のない瞳に、無表情。
「セリア、今から大切なことをお話します」
「はい、なんでしょう」
「きっと、私はセイントイータとの戦いで敗れてしまいます。そうなったらもう二度とあなたにも会えなくなります」
彼女のハッとした表情。瞳孔が僅かに小さくなる。
「団長……負けてしまわれるのですか?」
「そのつもりはありません。しかし彼女には相手の加護を知り、弱点を知る加護を持っているようなのです。加護とは見破られれば大幅な弱体化に繋がります。その上……歴代聖女たちが狩り尽くされるほどの腕前。単純な技量に全てが委ねられるのです」
「ソリス団長……」
「私がセイントイータに敗れれば、次期聖女はあなたです、セリア。これはアエリナでも、ルーアンでも、エフィレでもできない特別な力があるあなたにしか任せられないのです」
セリア、あなたはセイントイータを退けたメイル様の娘。恵まれた体格と魔力制御を持ったあなたになら、セイントイータの加護を持ってしても打ち勝ってしまうのでしょう。
「どうして、ですか?」
困惑する彼女を私は抱きしめる。これは贔屓をしているわけではない。これは私が敗れてしまったときに、彼女にそんな重荷を背負わせてしまう私からの謝罪だから。
「あなたにしか任せられないからです。それと、あなたにこんな重い仕事を残していく私を許してください」
「ソリス団長は、絶対に勝つ……きっとそう、です」
さっきまで呆然としていたセリアの瞳に光が戻っている。あなたらしい顔に戻っている。何も悩んでいたのセリア。私がセイントイータと戦うことが嫌だったの?
「ソリス団長……私悩んでることがあるんです」
彼女は私の胸の中でそう言う。
「守りたいものが守れない自分が嫌いになってきているんです」
「セリアにとって守りたいものはなんですか?」
セリアの表情は柔らかかった。
「家族、友人、頼れる仲間、そして……」
私は見間違えたのだろう。彼女の顔が見たこともない恋する乙女のような、そんな恥ずかしそうな表情で言った。
「や、やっぱり止めときます」
彼女は熱が出たのか頬が熱かった。
「きっとセリアなら守れます。だってあなたは強いんだから」
「そうなんですか?」
「体調が優れなくてもあなたはやり遂げていますから。精神力も、実力も」
よかった。セリアの顔にいつも通りの元気が戻ってきた。思い詰めていた顔も少しは晴れ、魔力も安定している。
まだまだ幼いから、こういう自分の情けないところで悩んじゃう年頃だったんだね。昔の自分を見ているみたいですごくかわいい。
「最後に1つだけ質問させてください」
聖人のみなに一応質問している。意図はないが彼女たちの考える物が何かを知りたいからだ。
「なんでしょう?」
「あなたにとっての敵はなんですか?」
「それは……答えられません」
答えられない。まさかの返答に私は言葉に詰まってしまう。答えられないというのはわからないではなく、考えはあるが言えないということだ。
「それはどうしてですか」
「それは自分で解決すべきことだと思っているからです」
いつもより凛々しい表情。
「そうですか……」
セリアは私の腕から外れ自分の席に戻っていった。彼女の表情に嘘偽りはなかった。でも、私から離れた途端にあの時と同じく暗い表情をしていた。




