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18.ゴリゴリ……

「レインどうしたの? すごい顔だよ?」


 眉間にシワを寄せるレインを心配してなのかわざわざ隣に座ってくるセリア。


「いやなんでもないよ」


「なになに、うんこでも我慢してる?」


「ふふ……例えそうだとしても女の子が言うセリフじゃないね。ああそうだった、君は女の子じゃなかったね」


 目を合わせずまっすぐ向こうを見ていた。


 セリアはそれが気に入らなかったのか頬を膨らませて両手に拳を作る。


「もうっ! 女の子にそんな事言っちゃだめだよー!」


 目を閉じてフグのように怒る彼女は本気では怒ってないようだ。


 膨らんだ頬をレインは突いて割る。


「ぷぅ〜!」


「そんなに怒んなくてもいいじゃんか」


「怒ってるのはレインの方だよ?」


「僕そんな顔……してたね」


 自分の顔に触れて筋肉が固まっていたのに気づく。深呼吸をして一度落ち着くことに。


「なんで今日は機嫌が悪いの? いつもなら笑ってるのにー」


「セリアがしつこいからじゃないかなー」


「えぇ!? そ、それはないよぉ……」


 わかりやすく傷つく彼女がおかしかったのかレインは鼻で笑った。


「少しストレスが溜まってるのかもね」


「すとれす? お父さんが言ってたやつだね。水が沸騰するみたいにブクブクゥーって爆発するんだよね」


 ドッカーンと手を上げて噴水を真似る。


「そうそうそんなやつ」


 レインは興味なさそうに頷いた。


「んへへー。じゃあこうだね」


 すると突然大胆に抱き着いてくるセリア。


 これには彼も困惑したのか驚いた顔をして彼女を見た。


「なにしてるの?」


「お父さんに教えてもらったんだー」


 セリアは顔を埋めた状態でモゴモゴする。


「こうしてると落ち着くんだって。確かに……安心して眠くなってきちゃった……」


 旗から見たらアツアツのカップルでニヤニヤモノだが二人はまだ8歳。好き好き簡単に言える歳なのだ。


 だからレインは本気では相手にしなかった。


「夜更かししたんならそれは君が悪いよ」


「んもう、レインのバカ。そこは抱きしめ返してよ。レインのためにやってるんだから……」


 ほらほらーっと体を揺らして相手を求める彼女。レインは白目を剥いて困っているようだ。


「何してるの? こんなにやってるのにギューもしてくれないなんて!」


「わかったわかった、こうすればいいの?」


 音をつけるならムギュ。外からみる二人の様子は微笑ましい以外に評価は付けられない。


 冬の寒い日であったためかお互いの体温がすぐに伝わる。湯たんぽのような小さな温もりが気持ちよかったのかセリアはニコニコしていた。


「意外と悪くないのかもしれないね」


 するとそこでレインは重大な事実に気がつく。


「あ……」


 彼女の力はゴリラ並み。すなわち自分の身体が悲鳴を上げていることに気がつく。


 レインはその場で力を抜いて軟体動物になることでその場をなんとかやり過ごした。




 ◇◇◇◇




「──以上がアケルナー村に関する報告です」


 広い空間に男の声が響いた。


 そのまま彼は読み上げた報告書を丁寧に机の上に置いた。彼へ面と向かって座っている女性は小さく頷いてニコッと笑った。


「ありがとうございます。まさか王都で流行り始めた病の原因というのがそれだとは……少し驚いてしまいました」


 上品に笑う彼女の瞳はどうも笑っていなかった。


 しかしその美しい顔を見ればそんなことはどうでも良くなる。口元が笑うだけで微笑みかけてくれていると勘違いするほど美しかった。


 ──美の追求者。


 いや、彼女こそ聖騎士団最高責任者である──ソリス・アグライア団長だ。同時に聖人の器であり聖女の祝福を受けた女神の信徒だ。


「外にいる者たちが苦しんでいる……そうなると我々は手段を選ぶ暇もないですね」


 オレンジの髪が揺れた。


 一つに編み込みされた長髪が肩に流れている。彼女が動く度、自然と彼の視線が髪に向けられる。


「団長……それは武力行使に出るということでしょうか」


「そうではないですよ。原因がわかってしまった以上こちらとしても動き始めなければ国民に対して失礼というものです」


「しかし国の通達では無闇に兵を動かしてはならないと厳し目に釘を差されております……」


 ソリスは難しい顔をした。


「それは国の方針……というよりは国全体の品位に関わるため。聖騎士団が一斉に動き出せば国民は恐れてしまうということですか?」


「そのとおりです。やっと戦争がなくなったのですから、国民を不安にするような軍事行動は控えろと釘を差されております」


 すると団長はその場で目を瞑り頬を膨らませた。


「ぷい〜! 国がなんだとこの〜!」


「ソリス団長! 途中までは頑張ってたのですから癇癪は抑えてください」


「わかってるよ〜。それでもベルタゴスの聖人を名乗っている以上国民の不安を取り除かなくちゃ行けないんだよ? なのにお国のお偉いさんときたら気遣えなんて言っちゃって……ぷいっ」


 ソリスは拗ねたのか腕を組んで横を向いたまま動かなくなった。


「一度冷静になりましょう。そのようなお姿はあまり晒さないでください。普段のギャップで聖騎士団の指揮が下がってしまいます」


 そう言うとソリスはニヤリと笑って席を立つ。


「そうなればこうするだけだよ」


 机の前にいる彼に近づく。


「な、なにを──」


「──がんばれー」


 ソリスは彼の耳元でそう囁いた。


「うはっうおう!」


 変な声で力が抜けた彼は耳を押さえて倒れる。


「な、何をするんですか団長!」


「応援されたら頑張りたくなるでしょ……あ、違った。頑張りたくなるでしょう?」


「言い直しても無駄ですよ。それにそんな事されたら動けなくなりますって」


「釣れないですね」


 足元の露出が激しい騎士の白衣。倒れた彼からはかなり危ない光景だ。


 するとソリスはその視線に気づき顔を赤らめてそそくさと机に戻った。


「は、はい。それじゃあ今後の私の考えの通りに行動してくださいね。国の釘刺しなんて考慮しませんから。今は目の前の課題を解決するために私たち聖騎士団は活動します。よろしいですね?」


 何が何でも人のためになりたいソリスの覚悟。彼は昔からそれを理解していた。


「まだあなた私と同じで18歳ですからね? 不祥事起こしたら即刻首になることを忘れないでくださいよ」


 そんなわけがないが軽口でそう脅す。


「ふふふ……心配は不要ですよ。私は数十年に一度の聖人です。久しぶりに現れた唯一ですから。斬り捨てるとなれば私は力を行使して国を乗っ取りますよ」


 脅しを脅しで返す彼女は普通に笑っていた。


「恐ろしいこと言わないでください」


「冗談ですよ」


 仲の良い団長とその部下の会話はなぜだか不思議なものを感じる。妙に距離が近い。


 物怖じせずに意見する彼は何か大切なものを見ているような瞳だ。


「昔の名前で呼んでくれないのですか?」


 するとソリスは首を傾げてそんなことを言った。


「……いえ、そのようなことは……」


「──ルイス……昔の仲でしょう。報告は終わったのですから今はプライベートの空間です。さあどうぞお呼びください」


「いや……丁寧な口調で昔の馴染みに話しかけるのはどうかと思うぞ」


 ルイスは口調を崩す。まるで友達に話しかけるような口調で。


「それもそっか。じゃあほら、私のことなんて呼ぶの?」


 それに答えるかのようにソリスも口調を崩した。


「──ラウラ」


「むふふふー、嬉しいー! そう読んでくれるのはもうルイスしかいないからねー。団長という立場は結構息詰まるんだよ?」


「俺だってバカやってた馴染みに敬語を使うのは苦しいぞ」


 上品な笑いではなく普通の女の子の笑いを見せるラウラ。


「それでアケルナーのことはどうするんだ?」


「せっかくのプライベートなのに仕事の話をするの?」


「お前の意見を聞きたいんだ」


「んふーん? とりあえず事情を聞いて情状酌量の余地があれば咎めずに農作物の再生産をして貰うよ?」


「余地がなければ?」


「それ、聞いちゃう?」


 ラウラ(ソリス)は目を閉じて困ったように笑う。


「そうだなー。とりあえず牢獄に入れて裁判にかけるよ。意図的に汚染された作物を流した罪は度が過ぎるから」


「ったく正義感だけは本当に強いよな」


「昔から私のこと知ってるってなんだか恥ずかしいね」


 テレテレと頭を掻いて恥ずかしそうにニヤける。


「そういうとこも変わんないな」


「団長になったからってそう簡単に変わりませーん」


「もう三年も経ってるぞ」


「ひぐ!? えへへ……実はまだ慣れてないだけかも?」


「その笑顔は俺だけにしてほしいもんだ。っとそろそろ仕事に戻らないと。尻尾が出ないように慣れてくれよ」


 そう言うと彼はラウラに背を向けた。


「わかってるよっ」


 太陽な笑顔を見せるがルイスはその表情を見ることができなかった。

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