175.魔の手
「グラビウスの情報収集は終わりみたいね」
指を唇に撫でるように滑らせると隣りにいるオルガンを見る。
「はやいねー。でもグラビウスは自分の魔法で自滅しちゃうところがあるからやられてないといいんだけど……」
「彼の命令によれば戦略把握後は逃げてもいいことになっているから。彼女の知的な部分を踏まえると早々に撤退しているでしょうね」
そして彼女は剣を構える。目の前のソリスと第1部隊が張り詰めたような表情を見せる。
「まるであの時の者とは違います。かなり手強い相手です」
ジョーとレオニクスのことだろう。あの時は相性が良かっただけで今度の相手は何かが違うと感じたのだろう。
「そう? 私にとってもあなたは厄介な相手だと思っているから助かったわ。でも、戦う前に人質を取っているから慎重に交渉し合う必要があるわね」
「人質……セリアのことですね」
「ええ。彼女は寂しく、魔王のいる部屋で恐怖を味わい続けているわ。その精神が持つかどうかはあなたたちの技量にかかっているわ」
「まだ無事ということだな」
クルガが会話に割って入る。
「ええそうね。ただ、約束の刻限は今宵。夜が明けるときまで。その時に魔王を打ち倒せていなければ……彼女の命とあなたたちの運命は保証できないわね」
「それに、魔王を倒せるのは勇者だけ。その勇者に幹部を3人向かわせたから足止めされていてイライラしていると思うよ」
「勇者に3人も……!? いやしかし、あの勇者が負けるはずがありません。時間は掛かろうとも必ず魔王を打倒します」
ソリスはようやく剣を引き抜き会話を終わらせようとする。
「少しだけ話せてよかったわ。まだまだ聞きたいことはあったけれど、それは戦いの中で問うとするわ」
構えられた剣は禍々しい魔力を纏い、ソリスとは正反対の気配を醸し出していた。
「なっ……」
「魔の者になる前は純粋な白い魔力だったのだけれど、今回のために彼に改造してもらったの」
軽く剣を薙ぐと黒紫色の魔力が大地を切り裂き、地面の傷を赤黒く燃やす。
「決して私の攻撃を受けないこと……」
裂けた地面は徐々に崩壊していく。その際に発する黒い煙は焼けるようなニオイではなく、魔素そのもの。無臭である。
「ソリス団長、この黒い煙を決して吸わないようにしてください」
「厄介ですね。隣りにルイスがいてくれればよかったものの……」
オルガンは近くの高台に居座り、何かを組み立て始めた。
「彼女は一体何をしているのでしょう──」
「あら、戦闘中によそ見かしら?」
「──!?」
油断した。
何故か戦闘中に冷静さを忘れさせる妙な雰囲気に飲まれたのだ。
美しい舞のように低い攻撃を当てる。
威力はさほど高くないが制服に傷がつき崩壊が始まった。
「繊維の単位で伝播するわ。魔力を持たないただの衣類では崩壊を抑えられないでしょう」
肌の露出している部分を的確に狙いつつ次の一手が繰り出される。その不思議な戦闘にソリスは混乱しつつも徐々に体を慣らしていく。
「この剣技、一体誰から……」
舞子ではない、優雅に夜を舞う蒼き蝶のように、静かな一撃が確実な致命傷を狙いに来る。
体術と剣技の組み合わせ。速度としてはあまり速くはない。ただ彼女の持つ妙な錯覚に速いと脳が勘違いしている。
乱雑に剣を打ち込むのではなく防ぎにくい角度、見えない角度からの軽い一撃。ソリスは自分の身体が思うように動かない感覚に襲われる。
剣技から繰り出される3連撃からの体術による攻撃の回避。その回避からもカウンターかのような鋭い攻撃が飛んでくる。
攻めても守っても攻撃が来てしまう。
「強すぎる……まだ彼女は剣に魔力をまとわせているだけなのに……」
加勢にいきたいクルガやその他の聖騎士たちだが、加速する戦闘に、もはや見るだけでやっとだ。見た情報が遅れて脳に入ってくる。
「見ているだけなんて可哀想だから、私が相手してあげるよ!」
そう言うのはオルガン。
高台にはガチガチとしたこの辺では見られない戦術武器が設置にしてあった。彼女はそれに搭乗しておりいかにもヤバい武器に弾込めていた。
「それでは、発射!」
爆発音が連続する。1秒に35発の弾丸が発射され、地面を抉りながら聖騎士たちに向かう。
「一発でも当たってみなよ! 直ぐにスタート地点に送り返してあげるから!」
1人の聖騎士が盾で攻撃を受けるが足元に魔法陣が現れどこかにワープする。
「私の魔力に触れた人はみんなランダムな地点に散らばるから。ベルタゴス領地やこの森の近くだったら良いけど……未開拓地や極寒の地域。人が居ない場所にワープされるとどうなるかな?」
「奴の攻撃は絶対に受けるな! 接近してしまえばあの攻撃を受けることはない!」
「その安直な思考で本当に勝てると思っているの?」
オルガンはロケットランチャーのようなものを取り出して放つ。
多くの聖騎士たちが吹き飛ばされる中ソリスとセクレタリーは煙の中戦闘を続ける。
セクレタリーの2連突き。1撃目を躱すと2撃目に被弾して肩を貫かれる。じわっと血が出てくるが即座に再生する。
「やっぱり聖女レベルともなれば魔力の侵食に強いのね。やはり聖なる者として誰にも穢されないということかしら?」
「そうです。誰にも屈しはしない。私は私だけの力を信じ切るのです」
ソリスの剣が彼女を弾く。
「凄いわね。前回の聖女より何倍も強い力を持っているわね。聖騎士全員にバフを掛けながら私の剣技を捌くなんて。やはりあなたには打倒セイントイータの目的があるのね」
「彼女ですか……彼女は悪魔です。残酷に聖女を殺してきた悪行を私の代で終わらせなければいけません」
剣を交わしながら2人は会話を続ける。
「前回の聖女はかなり粘った方。それよりも強いあなたなら倒すのは簡単なはずよ。しかしセイントイータは歴代聖女を1人を除いて簡単に殺せた。なぜかしら?」
「……相性があるからです」
ソリスはセイントイータに聖女たちがやられる理由を知っているようだ。単に聖女に特効があるわけでもない彼女が簡単に聖女を殺せる理由。それは聖女たちの加護にある。
「加護ね。あなたたちは各神々に1つまたは2つの強力な加護を与えられる。それに依存した聖女はそれなしでは自身の身を守れない。でももし、その加護をセイントイータが打ち破れるとしたら辻褄が合うと思わない?」
加護はその人の弱点でもあり強みでもある。その加護を知られたり、対策を知られればたとえ聖女だろうと生身の人間と同じになる。
ミリアナのようなよほど厄介な加護でなければ加護を知られるとその時点で詰みなのだ。
「そうですか。セイントイータに出会ったことがあるんですね」
「ええ。凶暴な彼女の性格は驚くほど恐ろしいものだったわ。しかし同時に彼女を攻略するための方法も思いついたの。それを実行に移せるかどうかはわからないけれど」
「……歴代聖女の中で唯一彼女を退くことができた方が居ます」
「メイル・ミストラル……セリアの母親ね」
激しく2人は刃を交えた後に距離を取る。
「マルセとの婚姻後、正式に引退なされたがその後にフルリエルと思われる亜神に殺害されてしまった。病気で失った妹と殺されてしまった母親……セリアはそんな気もおかしくなるような不幸に耐えようやく聖女の一歩手前にきました。こんなところで死んで良い人物でも、誰かに穢される人物でもないです」
「彼女の記憶喪失はそんなつらい過去を忘れるためなのかしら?」
「……どこまで知っているかはわかりませんが、他人の情報をべらべらと話すわけにもいきません」
「まったく、あなたは真面目ね。魔の手はすでにあなたの心臓や、彼女の心臓にだって迫っているのに……」
セクレタリーは静かに呟いた。




