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172.真価

「くそっ! 英雄の剣め! この俺に恥をかかせるなんてなぁ!」


 1人になったキノコンは放出剣を蹴り飛ばして怒り狂う。彼の頬や腕にはドクタージェイの猛毒で爛れた跡があった。


「女共も消されてよぉ! イライラすんぜ」


 幸いなことにキノコンの失態は彼女以外に誰も見ていない。休んでいる騎士たちからも遠く離れた場所にいるため見られた可能性は限りなく低い。


「ちっ……動いたら喉が乾いてきちまった」


 山の多いこの場所では川や滝があるため飲水には困らないだろう。彼は放出剣を担いで水の音を探した。


「勇者は貴族にはなれねぇってのがきついよな。まあ女や金は大量に手に入るし文句はねぇがな」


 しばらく静かな森を歩いていると滝の落ちる音が聞こえてきた。


「結構歩かせやがってよ」


 草木を乱雑に斬り刻み最短距離で滝は向かう。


「高えな」


 ザァっと落ちる大量の水は飛沫を上げ周囲に散っていた。その滝の下でキノコンは人の姿を捉える。


「あん? 誰かいやがるなあ」


 確認しようと近づくとそこには行衣を着た少女が1人滝に打たれながら修行をしているように思えた。


 その貫禄から思わず彼も息を呑むが、同時に彼女を汚したいと思った。何色にも染まらない白の衣を汚したくなる。


 彼は集中している少女に近づき話しかける。


「おい女。そんなところで何してる」


 少女は無視を貫くこともできたが片目を開けて男の存在を確認した。その者がくだらない者だと判断したのか再度目を瞑る。


「おいおい無視かよ。滝行やるやつはみんなそうなのか?」


 キノコンは結界を張り水に濡れないように少女へ接近する。


「あまり……近づかない方が良い」


「あ?」


「この魔力を洗い落とすためにぼくはここにいるんだ。邪魔しないでくれ」


「そう言われてもよお。ついさっき女を失ってよぉ。ちょうどいい女がここにいれば近づきたくなるのも当然じゃ……」


 キノコンは少女に夢中で気がつかなかったが、彼女のそばには自分と同じ大剣が突き刺さっていた。


 キノコンは驚愕して後退りする。


「おま……おま……はっ!?」


「現地の冒険者……ではなさそうだ。その物腰を見るに君も選ばれた者なのだな。だが教養や力の欠片もない英雄だ。努力しなければ剣に選ばれようと意味を成さない。だから今度こそぼくは(たが)えない」


「なんの話だ?」


 流石のキノコンでも油断できない相手である。自分と同じ存在の人間がこの様な場所にいれば警戒するのは強き者でも同じなのだ。


「知らない。だが広い世界をまた旅しようと思う。迷惑をかけた分ぼくは色んな人を救わなければならない。それが英雄の務めだ」


「随分とできた英雄だなあ。だが俺はこの力さえあれば欲しいものが全て手に入るからよお。人なんて救ってる暇ないんだわ」


「その馬鹿げた魔力……覚えがある。あの男だな」


 少女は彼の大剣から感じ取るあの時の気配を思い出したようだ。


「……? お前っていきなりわけのわからない話をするよな」


「気にするな。ぼくは彼のお陰で考えを変えられたんだ。もうさっぱり過去を切り捨てたよ。女神なんてものや死んでいった恩人にいつまでも縋るのはやめようと」


「ババアみたいな話だな。面白くねぇぜ。もし良かったら俺と一発どうよ。自身はあるぜ?」


 グヘヘと笑うキノコンに少女は軽く微笑みながら反応を返す。


「英雄同士か。確かにそれなら手加減はしなくて済みそうだ。どれだけ自分を取り戻せるか、試すとするよ」


 相変わらず言っていることはむちゃくちゃだが、キノコンはまさか応じてくれるとは思ってなかったようだ。


「物わかりの良い女だ。じゃあまずは脱ぐといい。冷えた身体を直ぐに温めて突いてやる」


「結構、いついかなる時でも対応できるよう、ぼくは集中しているんだ。ぼくの方こそ君を温めてあげよう」


 少女は大剣を両手に構えて息を整える。


「あ……なんで剣なんているんだ?」


「突き合うのだろう? 君も剣を抜くといい」


 ズボンを脱ぎおろしていた彼は呆気にとられ冷や汗をダラダラと流す。


「おいまて! まさかヤるってのはそっちの意味で……」


「他にどんな意味がある。英雄に手加減は不要だ。さっさとその汚いものをしまって剣を構えろ」


「待て待て待て待て」


「英雄と呼ばれる勇敢な者が臆するとは。今期の英雄は期待されてないのが思い浮かぶ。やはりやめておこう。君もその気はないようだしな」


 キノコンは放出剣を持って以降初めて焦っていた。自分と同じ種類の剣を持つ人間に刃を向けられては恐ろしくて仕方ないからだ。


 彼女には強気にはでられない。剣技もその他の技量も自分では勝てないのだと理解しているのだ。


「こ、今回はやめておくぜ。まさか一世代に2人の勇者がいるとは思ってなかっただけで……確認したかっただけだぜ」


 震える手で後退りをして逃げようとする。


「ふん、別に殺し合うわけではない。だがその精神では並の魔物で限界だろう。魔王を打倒し少しでも自信を付けるべきだな」


 キノコンはその言葉が耳に残っていた。水を飲むことさえ忘れてもなお逃げ出したいと思ったのだ。


 剣を抜いても臆病で傲慢なのは変わらない。それが勇者キノコンなのだ。


「クソクソクソクソクソクソクソ!! クソォォォォオオオ!」


 やっとのことで一番になれたと思っていた彼にとってはあまりにも屈辱的すぎる時間だった。滴り落ちるような脂肪を揺らしながら聖騎士たちのいる方へ走る。


「魔王だけは倒してやる。クソが! 自信なんて付ける必要もねぇ! 俺の剣がなんとかしてくれりゃあ一番だってのにどいつもこいつも待ってくれりゃしねぇ」


 当たれば一撃と考えているのだろう。だがその一撃は放出剣の全ての力を引き出すだけで使用者が上手く扱えなければ一撃必殺でも必殺ではなくなる。


 すなわちキノコンは放出剣を持ってはいるものの、放出剣の魔力をオンオフしているだけで本当の所有者ではないのだ。


 キノコンは放出剣の魔力を使用して自身に強固な結界を展開させる。


「へへ、へへへへへ! やっぱり俺の力だもんなあ。誰にも俺には打ち勝てない!」


 これも放出剣から出る魔力を自身に送り込んでいるだけで使用しているとは言えない。


 キノコンが剣に使われているのも同じなのだ。

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