17.誰もいない村
ここは村の中心に位置する場所。ここには村の重要な役割を持つ役人たちが住まう場所だ。
中心からでも向こう側が赤く染まっている。
ミミは背後をチラチラと見ながら村長の家まで走る。
「なんで誰も気づいてないの……今外側にいる村人たちは全員……」
人の気配がまったくしない。それどころか明かりのついている家は一軒もなかった。寝ているわけでもなく襲われたわけでもない。
ただあまりにも静か過ぎたのだ。
しかし彼女にとってそれはどうでもいいこと。村長さえ呼べれば後の問題など気にする必要がないからだ。
「村長! アクベンス村長!」
やっとの思いで見つけたアクベンスの家。何回か訪れたこともあったのか見つけるのには時間は要さなかった。
だがやはり村長の家も明かりがついていない。
「どうして……」
戸に手を掛けるが鍵は掛かっていない。
ミミはもしかしたら村長も死んでいるんじゃないかと不安を胸に戸を開けた。
「すみません入ります」
ゆっくりと開いた戸の向こうには特に異常は見られなかった。生臭いニオイもしていないようで死体が転がっているということもなかった。
靴を脱いで明かりをつける。
村長のらしい部屋の装飾というわけではなく一般的な様式。床にはアクベンスの抜け毛が一本、二本と見えていた。
「村長いないんですか! 私です、ミミです。いたら返事をしてください!」
しかし返ってくるのは静寂と雫の滴る音。
ぴちょんと滴る音がするのは瓶に水瓶落ちているからだろう。
「し、静か……なんで……」
ここは村の中心であり人口もかなりある。それに外側はほとんど壊滅している状態。そんな場所に逃げ場なんてありはしないはずだ。
ミミはここにいても無駄だと思ったのか外に飛び出して人を探し始める。
次の家にも入った。
しかし誰もいない。
ここも、隣も、目の前の家も全て。
もはや断りを入れずに戸を開ける。
そんな失礼な行動を誰も咎めはしなかった。
「どうして誰もいないの……」
どの家も水の音がするだけでそれ以外は無であった。
その時戸から向こう側へ続く濡れた足跡が確認できた。
水は乾ききっていたが固まった土が足跡を鮮明に浮かび上がらせていた。
足跡は騒ぎが起きている反対方向の森へと向かっていた。
「みんなこっちにいるの?」
よく見ると他の家も同じような足跡があり奥の森へと続いていた。安全のためにみんなが逃げていたのだとしたら納得がいく。
ミミの足は奥の森へと誘われ、どんどんと深く奥に走っていく。
集合した家屋を抜け、まばらにある家々を過ぎると畑や果樹園を抜けた。足跡はないにしろみんながこちら側に来たということだけは確実。
しかし村の端に来ても誰の姿も見えなかった。
村を囲う柵だけがそこには存在していた。
フェンスはガッチリと締めてあり森の向こうへは行けない。
「どこにいるの……」
周囲には背の高い果樹園が広がる。かくれんぼをするには最適の場所なのはわかるが本気で隠れるのだとしたらここはあまりにも見渡しが良すぎる。
ミミは柵の内側を伝って走り出し音を聞く。
風に靡かれ葉同士がこすれ合う。じわりと額に汗が滲み始めると辺りの空気が重くなった。
「こんなときに……!」
ジメジメとした空気が一斉に流れ込むとポツポツと雨が振り始める。
雨は集中的に強くなり始め、彼女の体に打ち付ける雨粒の一つ一つが威力を持つ。彼女の体に穴を開けるように。
村の奥の明かりはだんだんと弱まり、ミミが近づく頃には真っ暗になっていた。
柵の周りを走り続けているうちに元の場所に戻ってきた。ネペルが叫んだあの場所に。
炭となった家からは白い煙が立ち昇る。暗闇にはただ一人。雨に打たれ続けるエルフの少女がいるだけ。
「うそ……そんな……」
この村には今は誰もいない。それは死者を含めてもだ。全ての死体は完全に燃え尽き、灰となった肉や骨は雨によって全て流された。
そこでミミは見てはいけないものを見てしまう。
「うっ……!?」
長細く見事な刀身のレイピア。
その柄には手が繋がって……そこから先は存在していなかった。
「あ……あぁ……あああ!?」
間違いない。あの時守ってくれた彼女のものだ。そして醜い断面からは生々しい生き血が流れている。
「いやぁぁぁぁあ!!」
ミミは彼女の腕を抱いて泣き叫ぶ。
冷たかった。
見渡しても彼女の身体はなかった。
燃え尽きたのだろう。あの時間で、あの一瞬で、あの迷いで。
少年はいない。逃げた後のようだ。
「ネペルぅ……」
◇◇◇◇
何時間経ったのだろう。既に雨は止んで濡れた髪も乾いていた。水溜りには登り始めの陽の光が輝いていた。
雲はなく透き通った空。
ミミの心の奥に眠る感情とは真反対の清々しい朝だった。
「──ぁ」
周囲に光がもたらされると崩壊した村の悲惨さが一目でわかるようになっていた。
ただ少年が破壊したのは家と村人のみ。焼け落ちた家の後には小さな穴がいくつも空いていた。地面も抉れるようにへこんでいる。
それほど強い雨が降ったのかと思ったとき……ミミは思考するのすら止めた。
雨が傷つけたのなら今頃自分は──と思ったのだろう。
「何があったのだ」
ベチャっと水溜りを蹴って現れたのは黄金の毛並みを揃えたアクベンスだ。
自分一人ではないと安心した一方で彼の言葉に引っかかった。
数時間前に来て欲しかった人物が今になって姿を現したことにミミは軽い怒りを覚えたのだ。今までどこにいたのかと。
それが他人事のように『何があった』と言い放つなら尚更だろう。
「探していました……」
ミミは掠れるような声で言った。
乾ききった目からはもう涙はでない。
「探していた……?」
「村長をずっと! 助けを呼ぶためにあなたをずっと! 探してたんです!」
声にならないカスカスな声。
「……怒るのもわかる。だが私は用事があったので少し遠くにいたんだ。助けに行けなくてすまない」
「あなただけじゃないです。その周りの家に助けを求めても、返ってくるのはいつも静寂です! おかしいですよ、村長のみならず村を放棄して遠出するなど!」
アクベンスは肩を落として蹲るミミを見た。手を差し伸べようとしたのだろう。彼女の胸にレイピアを見て心情を察した。
「ネペルが……死んだのか」
「わかりきったことをそんな風に……」
「私とともに行動していた村人たちは全員無事だ。しかし様子を見るに外側にいた村人達は全滅だろう」
「……襲撃者です」
「だろうね」
「……たった一人です」
「一人にここまでやられたのか」
「……しかも子どもでした」
「────」
アクベンスは何も言えなくなった。
「何をしてたんですか」
ミミからの問い。しかし彼は答えない。
「どこで何をしてたんですか!」
「それは教えられない。この村の命運に関わることだ」
「村の命運? 村長一人でもいたらこの結果は変わっていたかもしれないというのに! 今更遅いですよ!」
「……だが相手は子ども一人だろう。ネペルもいた、村人にも心強い方がいた。ミミ、君はそれでも私だけのせいだと言えるのかい?」
村長が言うには君たちが弱かったからこのような結果になったのだと。
遠回しに伝えたがミミには十分なほど突き刺さる言葉だったのだろう。
「だから村長を頼ったんですよ! 私たちじゃどうしようも──」
「ひとまずこの話は終わりにしよう。君は冷静じゃない。それに体が冷え切っている。このままでは君まで死んでしまう」
「ネペルがいないなら……もう……」
振り切ってどうでも良くなった彼女は脱力して腰を曲げる。
「二回目がきっとあるさ。今折れてしまってはその二回目も──」
「その二回目がこれです! ……しばらく放っておいてください」
ミミはこれ以上口を開かないようだ。
「……わかった。もし何かあれば私のところまで来てくれ」
「────」
アクベンスは目を閉じて息を吐いた後、その場を立ち去ることにした。




