168.片膝をつこうとも
戦闘は長引く。
レオニクスの魔力残量は残り僅かなところ。ソリスも全体加護や魔法で魔力の底が見え始めていた。
「──飛影」
レオニクスの分身技。残りの魔力の搾りかすでできるだけ多くの自分を模倣する。両者共に力は多く残っていない。そんな状況下でソリスは魔力を残す選択をする。
体術だけで増えたレオニクスの攻撃を受けるというのだ。
「これを防がれたら恥ずかしいにも程がある! ──乱鋭斬朱」
拳から放たれる赤い空弾が鋭い刃のように乱れる。それが分身から全て飛んでくる。ソリスは極限の集中の中正確に技を跳ね返す。
「ぐうっ……」
「だぁぁぁあっ!」
レオニクスはソリス含めた周囲の聖騎士たちを巻き込むように乱雑に打ち込む。他の聖騎士たちが吹き飛ばされる中ソリスは耐え続ける。
皮膚が裂けた。
だが関係ない。
肉がこぼれようとこの一撃を耐えきるのだ。
「はぁ……はぁ……相手側にもこんな化け物がいるなんて。今期の聖女は打たれ強いよう。全く、主の力を降ろしたってのにタフだね」
ソリスはまだ立っていた。流石に全てを防ぎきれなかったのか全身血でまみれ、純白の隊服は紅に染まっていた。
「もう攻撃するための魔力はないはずです」
「その通り。ただ、体術だけで今の聖女を戦闘不能にすることは出来そう」
「次はこちらの全力を受けてもらいます」
両手に剣を構え真っ直ぐ伸ばす。白き刀身は更に輝きを増すと空気の流れが変わった。
「まだそんなものを残していたなんて」
ここら一体をひっくり返せるような魔力量。
「これで終わりです」
ソリスがその刃を解き放とうとしたその時彼女の足元がぐらついた。
「くっ……出血多量……? いや……これは、毒……!?」
「油断しましたね。あなたも、レオニクスも」
「仕方ないよ。魔力全部出しきったんだから」
「あなたは……もしや『アサシン』!? こんな時に援軍とは……」
「決着を邪魔したことは謝罪します。が、これは生死をかけた戦いですので。手加減はいたしません」
ソリスの残存魔力ではこの強力な毒を分解できない。
「状態異常に耐性がある聖女をこんなに簡単に苦しめるとは。『アサシン』の秘技でも使ったのかな?」
「ここで簡単に使うわけがありません。レオニクスが耐性を下げてくれたのでしょう」
「そこに気づくなんて。まあ、初めから真正面にぶつかるつもりはなかったからね。それにしても結構耐えられたな。割と本気だったのに」
ソリスは片膝をつきながらも立ち上がろうとする。
「今までセイントイータが近づかなかったことだけはありますね。もはや同格以上に戦うことができるのでは?」
「はあ……はあ……」
力強く立っていた彼女だが毒のダメージに耐えられず遂に気絶する。遠くで隊員がソリスの名前を叫び集まってくる。
「逃げるよ」
「レオニクス、ソリス団長を回収しないのですか?」
「こんなのあの集落に持っていくなんてやばすぎるでしょ。それにジョーも負傷しているし、今の格好じゃあ聖騎士を振り切れない。ソリスの治療に専念させたほうがよっぽど時間を稼げると思う」
「あそこに倒れてるのがジョー……担げますか?」
「仕方ないなあ」
脅威が去ったレオニクスは優雅にジョーの下へ歩くと彼女を担いだ。
「ほら逃げるよ」
『まて! 今度は俺たちが相手だぁぁあ!』
逃げると悟った隊員たちは走って距離を詰める。
「逃げる時間は稼ぎます。ジョーを魔王城に」
「すまないね」
『アサシン』は軽く頷くとクナイのような武器を持って応戦する態度をみせる。
「さて、ここに倒れているソリスを持って逃げるか、この私と戦うか。どちらが賢い選択か、理解できるとおもいますが……」
アサシンは鋭い目つきで隊員たちを睨んだ。
────
「私たちいつになったらここをでられるのかなあ……」
集落で寝泊まりを繰り返していたマリアがそんなことを呟く。夜空には何も浮かんでいないぐらい空間が広がっていた。降っていた雨は落ち着き、今は小雨程度にまで弱くなる。
「出ていった聖騎士たちも戻ってきませんしね……もしかすると戦闘が長引いているのかもしれません」
メリアはそう言う。
「やられちゃったとか考えないあたり凄く信頼してるんだね」
「ソリス団長の元右腕のルイスさんがいるのですから。よっぽどのことがない限りやられたりはしないでしょう」
「騎士団が弱ければ話にもなりませんしね」
ミリアナとメリアは聖騎士の実力を信じ切っているようだ。
だが一方のマリアは聖騎士のことをあまりよく思っていない。対価に見合った仕事をしているのは分かるが、ベルタゴスの聖騎士だと考えるとどうしても疑問の目を向けるのだ。
「ベルタゴスの貴族ってどうしてあんなに裕福なんだろう」
「突拍子というわけでもありませんね。何か思うことがあるのですか?」
「いや……単純な疑問なんだけど、数年前から戦争がなくなってベルタゴスが裕福になったのは分かるけど、それでも裕福になり過ぎというか……裏がありそうで怖いんだよね」
「マリアは警戒心が強い臆病者で有名です。貴族や王族に権力がいくのがそんなに心配ですか?」
マリアはとんでもない不敬すぎる発言に変換されたことに焦りを見せる。
「違う違う! でも王族や貴族の人たちって本当に民たちを守るために活動してるのかなって。聖騎士団とかその他の組織って民や国のために活躍しているけど……」
「人によりますね。産まれながら貴族の方たちは民のことを道具や金のなる木としか思っていないのかもしれないです。実際貴族による犯罪も多いですし」
そのたびにもみ消される事実。
「ソリス団長も貴族側の人だしなんか信用できないんだよね。聖女とか、女神だとか。この世界の理がなんだか怖く見える。何のために私たちって生かされてるんだろうって」
「それは時間を使っても完璧な回答をすることはできませんね。未来は未知数。これから起きることの全てに意味や答えがあるのですから」
マリアは黙った。ミリアナはアマガエルを観察していて話に興味がないみたいだ。
「今いる女神はここ数年降臨してない。亜神を警戒してるのか最近は強い加護持ちが出現しているって噂だし」
「女神の警戒。マリアさんは今後の心配をしているんですね。確かに外で何かが暴れているのは確実ですし、私たちに確実な朝がくる保証はありませんのでそう思われるのも無理はありません」
メリアは瞳を閉じた。
「英雄……学園の一般生徒が剣を引き抜いたとの話がちらほら聞こえてきます」
「レイン探すのに夢中で誰が抜いたのかわからなくなってたもんね」
「ゲロブサイクな英雄が生まれたと周囲の生徒たちが話していましたよ」
ミリアナはアマガエルをつつきながらそう言う。
「心配になってきた。英雄とか聞いた途端この状況をどうにかしてくれると思ってたけど顔がゲロブサイクなんだ……。人相は顔に現れるって言うし」
会話はそれ以上続くことはなかった。
「さて、もう寝ましょう。夜が開けなければきっと気持ちも閉じたままです。実力者たちの腕を信じてゆっくり休むことにしましょう」
「メリアがそう言うなら寝ようかな。ミリアナ、絶対に手を洗ってからこっちに来てね」
「カエル苦手でしたっけ? 一緒に寝かせようと思っていたのに……」
「絶対にやめてよね!」
そう言い彼女は敷布団の上に寝転がる。
「はあ……不安と心配で眠れないかも。レインはまだ見つかってないし。もしものことがあったら……くがぁぁぁ……」
マリアは一瞬で眠りに入った。
「えぇ……」
逆に不安や心配を感じるのはメリアの方だった。




