166.戦術形態
「ルーツ団長!」
前線の部隊にルーツが合流すると騎士たちは一気に士気を高める。
「俺が居ない間よく耐えてくれた。まあまだ攻められてないだけかもしれないがな。それでデケェ魔力体の位置は変わってないんだな?」
「はい。我々のいる南門から離れた草原に居座っており……って団長!?」
「脅威の排除は先にしとくもんだろ! 着いてこい自慢のバカ息子たち!」
ルーツはそう言うと駆け出す。その頼もしい背中に団長と長い人たちは何も言わずに着いていく。
少しの森を駆け、見晴らしの良い草原に出る。だだっ広い平原には不自然なほどに音がしない。生物と言える生物はほとんど居ない。
だが代わりにただならぬ存在が中心で騎士たちを睨んでいた。
黒衣を纏ったその存在は人の形を成しており、女性のようだった。
「前方に巨大な魔力体を発見! 未発見の魔族です!」
「やつが魔将か? 随分と覇気のあるやつだ」
その時、魔力体の赤い瞳が輝くと地面が揺れる。
「地震……いや違うぞ! お前たち避けろ!」
何かが迫っていた。かなりの速度で飛んでくる物で地面が抉れる。
「空気が揺らぐ……まさか奴は拳だけでこの威力の空砲を放てるのか!?」
「避けないと危ないよ」
ふうっと耳元で誰かが囁く。ルーツは咄嗟に回避行動を取り攻撃を躱す。
「少しはやるじゃん。外に居た奴らはみんな仲間が倒しちゃったから退屈してたんだよねー」
ダルそうに腕を組み騎士団の中を堂々と歩く。
「お前は魔王軍の者だな。いやー今の一撃は危なかった」
「そうだよ。私は魔王軍が四天王……『ヤカン』のレオニクス。見ての通り体術で戦う。君たちも戦いやすいだろうねっ」
周囲に拡散する空砲の弾幕。見えない一撃には魔力が籠もっており騎士たちは空を認識して弾き返す。
「馬鹿げた威力の拳だ。こんなやつが後3人もいると考えると先が思いやられる」
「そもそも私を倒せるの? この数すぐに戦闘不能に追い込めるよ。二度と立てないように脚を粉砕しておこうかな?」
するとルーツの周囲が白く光り始める。魔力ではないこの気配にレオニクスは警戒をする。
「格上に勝つためには加護に頼る。良い判断、バカにはできない芸当だね」
「いいや俺はバカだからわかんねぇよその気持ち。俺は毎回初めから本気なんだぜ?」
「そう。だったら私もそれに答えなくちゃね」
レオニクスが一歩強く踏みこむと構えに入る。
「──戦術形態・速」
結界のような六角形のシールドが無数に宙に留まる。それがレオニクスの周囲に張り巡らされる。
「憑依・山猿」
レオニクスが素早く動く。宙に浮いたシールドを踏み台に素早く宙を駆け回る。移動中小規模威力の空弾が飛んでくる。
「厄介だな。どこが戦いやすいんだよ!」
「まずは数を減らして戦わせてもらおうかな」
「うちの騎士たちは甘い育て方はしてないからなあ。遠距離攻撃程度でくじけないぜ」
レオニクスの攻撃が止むと今度はルーツから攻める。彼女の拳とルーツの剣がぶつかり合う。
ザシュッと腕や拳に浅い傷を付けつつも精度は落ちることなく防御に専念している。ほころびが生まれるとしたらルーツの速さと技の威力だ。
「ぐおっ……この連撃に耐えつつあるのか!? それに……傷が……」
「再生しつつ攻撃ができる生物は初めて? ほら、技の精度が落ちてきたよ。もう全回復」
速度が落ちてきたルーツの腹に発勁を繰り出す。
彼はくの字に飛んで地面にすりおろされる。
「団長!?」
「甘く育ててなかったんだっけ? じゃあ割と本気で嬲らせてもらうよっ!」
神速。まさにそうとも言える速度で宙を駆け巡る。騎士たちはどこから攻撃が来るかそれすら予測できない。
「ぐっ……」
1人。
「ぐあっ!?」
また1人と簡単になぎ倒される。
「ほらほら! 君たちの正義はお飾りなのかな? 私に一撃も与えられないで!」
ルーツが目を覚ましたときにはほとんどの騎士が地面に伏せていた。
「お前たち!?」
「山猿の形態にこれほど醜態を晒すなんて。これじゃああいつらに対抗できない。もちろん君もだ、団長?」
レオニクスはニヤリと表情を浮かべながら拳を突き出すがルーツの腕に掴まれる。
「っ……!?」
「俺たちにも意地はあんだよ!」
捕まったせいで速度を活かしきれないレオニクスは彼の重たい一撃を肩から骨盤あたりを斜めにざっくりと斬られる。
「があっっ……!? ──やるねっ」
血を撒き散らしながら掴まれていた腕をへし折ろうとするとルーツは手を離して回避する。
「ぐふっ……結構ざっくりいっちゃったけど。しばらくすると……。ふぅ……この通りに元通り」
「速さを活かした攻撃形態。威力もそこそこだったが魔力防御力はないようだな」
「経験豊富な人は見極めるのが速いね。でもそんな単純に見破られるようじゃ四天王やってないから」
レオニクスは再び構えの姿勢を取るが、先ほどとは少し違った姿勢だ。
「──戦術形態・豪」
魔力の雰囲気が変化した。周囲の結界は砂のように溶け、代わりに中規模の球形結界が現れる。赤い結界は何かを指し示しているようでルーツに強く反応を示している。
「憑依・餓狼」
レオニクスはじっと彼を見つめる。かと思えば空に浮き上がり空中で静止する。
「なんだ……」
赤い結界の中心がルーツに近づき動きを止めるとレオニクスが容赦のない突撃をする。
地面は叩き割れ、瞬時に防御したルーツの剣は悲鳴を上げている。あまりの高火力に彼の腕は押し負けた。
「くっ……そお! 速度は落ちてきたが急に威力が上がった! どういうトリックだ?」
拳を突き出して空弾を飛ばす。弾速や発射間隔こそ遅いがどこかに攻撃が当たれば地面が吹き飛んで、遠くの木々にぶつかった音がすれば倒木を起こす。
「当たったら死ぬぞ。今までこの強さの魔物がどうやって姿を隠して来られた」
「素敵な言葉があるよ。強さを探求するものは進化するにつれて見えない強さを実感できる。これは言葉通り君がその段階に行けた証拠でもある。ただ、君が認識している強さとはかけ離れた強さを魔王様は持っていらっしゃる」
「ぐっ……」
砂煙から見えない不可避の一撃。避けきれないルーツは防御するが遠くに飛ばされる。
「団長にまで上り詰めた俺がこんなに簡単に……魔王軍は相当な手練の集団か……」
全滅するのは当たり前だ。誰のせいでもない。理不尽な強さが予測できないデータを持ってきてしまったのだ。
「やっぱり騎士団は聖騎士団の劣化版なんだね。流石はソリス団長……幹部の1人を追い詰めた。私はそっちの援軍に向かうから君たちはまた力を蓄え直してね。次はまともに戦えるといいな」
レオニクスは地面を砕くほどの踏み込みで姿を消した。
遅れてレオニクスが移動したであろう方向に風が流れ込む。
「……団長がこのザマになるとは。これでは何も信用できないな。おうわっ、やべ!?」
自分の傷をなだめている場合ではない。
「息子たち!? 生きてるか!」
「だんちょー」
「あれは無理っす。魔族と相性悪いですよ。生きてるだけでも奇跡なほどに格が違いました」
「そうだな。お前たちは連携を活かせないと強くないもんな。俺だってそうだ。化け物1人相手にするよりかは大量の魔物を相手にするほうが得意だ。ああ、決して俺たちが弱いなんてことはないわな」
「団長ださいですよ」
「そうだそうだ!」
「ええいうるさい! お前たちももっとしっかりしろ! 俺たちの仕事はなんだ、魔物を始末することだろう。そもそも魔王軍と直接戦闘できるほど戦力はないからな!」
「開き直んないでくださいよ」
攻めによる防衛は騎士より聖騎士の仕事だ。ただただ防衛に徹するのが騎士の務め。
ルーツは明るく振る舞ってはいるものの聖騎士団と騎士団の格差を感じずにはいられなかった。




