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16.幾人を斬り裂いた剣

 ──夜。


 今夜は月が出ておらず完全に暗くなった村を見ることができる。家々から漏れ出る光で僅かに道を照らしていた。


「んー美味しい」


 ミミは口いっぱい広がった肉の味に頬を落としそうになる。ネペルが言うに南の国の肉らしい。豊富な栄養で育った魔獣の肉は柔らかく食べやすいのだそうだ。


「エルフはお肉食べない文化があるって聞いてどうしようかと思ってたけどよかったー」


 美味しそうに食べる耳を見て安心する。


 しかし両手を擦り合わせて微笑む彼女は最初の一口だけで、残りの肉に手を付けようとしない。


「どうしたの? 食べないの?」


「あはは。ちょっとお腹が痛くて。この歳になると女の子特有の時期が来るんだよね。それで少し……」


「大丈夫なの?」


「生理現象だから死にはしないよ。ただ落ち着いたときに食べようかなって」


 冷や汗が流れる。


 ネペルはずっと自分のお腹に魔法を掛け続け痛みから逃げているようだった。


「つらそうだよ? 私が魔力の肩代わりしようか?」


 近づくミミから逃げるように首を振る。


「いいよ。それに近づいちゃうとニオイが移っちゃうかもしれないし」


「……血のニオイがする」


 そのセリフにネペルは表情を強張らせた。自分が大怪我をしているのだと悟られてしまった。そう思ったのだ。


「女の子特有の時期ってそういう事だったんだ」


 しかしミミの反応は普通だった。


「そうだよ〜」


「ごめん、そういうのお母さんから言われてたんだけどからかっちゃだめって……」


「全然気にしてないから。さあいっぱい食べて。あ、私の分は残さなくてもいいから」


 彼女はひょいと2、3枚皿に取りペロリと平らげる。もう満足したみたいだ。


「私も今日はそんなに食べれない……」


「大変なことになってたんだっけ? 何があったの?」


「信じられないと思うけど一本道で迷っちゃって」


 一本道で迷うはずがないのにミミはおかしなことを言う。


「確か農場から倉庫までの道だよね? まよ……迷わないよね普通は」


 迷うよねーと肯定したかったが一本道で迷うことがあり得なかったため会話が詰まる。


「なんか変な偶像があって、本に触れたら少女の声で『違う』って言われて気を失ったんだ」


「偶像? もしかして神様の類いかな。大昔この地に現れた神様がいてそれを祀った像だったのかも? 村長が言ってたんだー。本に関してはわからないけど神様の物だとしたら神道書かもしれない」


「──神道書?」


「神々の神道書。神は神道書通りに行動しているんだよね。福音書の神様バージョンみたいなものだよ。それに他の人が神道書に触れると死ぬって噂が……」


「え!?」


 濁った声でミミは自分の手を見た。触れてしまった右手がビリビリとしびれる。


「あ、触っちゃったんだっけ? でも死んでないってことは神道書じゃなかったんだよ」


「そ、そうだといいなー」


 二人はしばらく会話をしながら食事をしていた。しかしネペルはどうやら落ち着かないようだ。


「どうかしたの……?」


「あいや、ごめんちょっとトイレに行ってくるね」


「うんわかった」


 そう言うとネペルは部屋の外へ飛び出していった。




 ◇◇◇◇




「遅い……」


 ネペルが出ていって数十分後。すぐに戻ると思われた彼女は一向に戻ってこなかった。それどころか外が騒がしい。


「なんの音だろう」


 叫び声のような、悲鳴混じりの雄叫びだ。静かだった村は騒がしくなり始め隣の家も騒がしい。


 木窓の隙間からは木が焼けたような香ばしいニオイがしている。外は何故かオレンジ色に明るい。


 今夜は月が出ておらず明かりがないはずなのに。


 ミミは恐る恐る戸を開けて外の様子を見るが……。


「なに……これ」


 彼女が見た光景は家々が焼け、燃え盛っている光景だ。


 脳裏に浮かぶエルフの里の焼かれた場面。フラッシュバックする光景はミミの精神を抉るには十分だった。


「なっ……なんでっ。そ、そうだネペルは、ネペルはきっと無事で……」


 彼女が向かったと思われるトイレに向かう。


 震えた足で向かうトイレには鍵がかかっておらず中には誰もいなかった。


「どこにいったの……!」


 火の手がだんだん広がり始める。燃え尽きた家は倒壊をはじめ大きな音が鳴る。


「なんで……なんでなんでなんでぇっ!」


 次々に崩れる家をただ見ていることしかできなかった。


 後退り。だが彼女は何かに足を取られて転んでしまう。


「ひっ……!?」


 彼女を転ばせたのは村人の生首だった。ミミと一緒に作業した農民の生首。


 苦しむ間もなく一瞬で絶命したのか安らかに瞳を閉じていた。


「あ……あぁ……うぇぇぇえ……」


 周囲を見渡しても転がっているのは死体だけ。逃げようとして外で殺されてしまったのだろう。


 ミミはフラッシュバックする光景にさっきまで食べていた肉を全て戻す。


「そ、そんなわけがない! なんでなの……! なんでぇ!」


 その時、土を踏む誰かの姿があった。


 メラメラと燃える火の向こうで誰かが歩いていた。その人物は体を燃やしつつも優雅に歩いていた。


 小さく、顔が見えない少年。ローブを被って禍々しい魔力を纏っている人間。


「あい……つは!」


 忘れるわけがない。彼は、あいつは、あの少年はミミを檻からだした人物でもあり、あの日罪なき人間を殺すと言い切った人間だ。


「なんでぇぇぇぇええ!」


 ローブの子どもは血濡れた銀色の刃を見せる。


 斬ったんだ。たくさんの人を。


 あの剣には何十人の血がついている。


「その声……僕は言ったはずだよ。たとえそれが罪なき人間でも殺す、と。僕は思うんだ、加担は同罪だよね、そんな風に」


 彼が空を斬ると血糊が周囲に飛び散る。


「せっかく……せっかく第二の人生を歩めると思ったのに!」


 二度目は存在する。だが三度目はどうかはわからない。


 だからこそ二度目を大事にしておきたかった。


「今回も運がなかっただけだよ。三度目はきっと存在するはずだ」


「お前が私の二回目を壊したんだろう!」


 その言葉を聞いて少年は愉快に嗤った。


「壊す? 僕は無意味な殺生や破壊活動は行わない。全ては依頼や任務のために行うことだ。君の意見など知ったことではない」


 火の向こうで少年は剣を逆さに構える。そのままストンと剣を地面に突き刺すと村人の叫び声が聞こえた。


「いぎゃぁぁぁぁああ!!」


「また1人死んだ。いや、殺した。最期の断末魔にしてはいい響きだよ……なんて言ったら君は怒るだろうね」


「やめろぉぉぉぉお!!」


 叫び声と同時に魔力が膨れ上がった。


 魔法。無属性特有の飾らない魔力ではない。神々しく光周囲に輝きをもたらす魔法。


「光属性か」


 ミミの種の一つである光属性が開花した。


 輝かしい光の塊が鋭利な形となって少年を襲う。


 ひし形の礫。重量はあまり感じられない軽快な動き出しだ。


 量もかなり多く過剰に出した魔法は地面を抉り激しい音を出す。


 砂が舞い上がった。


「ライトランスだね。出会ったときには光属性は開花してなかったようだけど。もしかしてこの土壇場で開花したのかな? 凄い、凄いじゃないか。ここのゲス共と違ってなんて君は努力家なんだ」


 嬉しそうな少年の声。


 舞い上がる砂埃の向こうであの子どもが喋り続ける。ミミは声が聞こえると顔をしかめその場を睨んだ。


 ──足りなかった。


 そう言葉を漏らしても過ぎたこと。さっきの倍の量で攻撃を仕掛ければいいだけだ。


「いいや足りてたよ」


 砂埃が晴れたそこに少年は平気な顔をして立っていた。


 そして右手にあったのは……。


「── 一人殺すぐらいは」


 ライトランスの残骸を体中に埋め込んだ村人の死体だった。


 それをミミの前に放り投げる。


「どうだい初めて人を殺した感想は」


「なっ……わ、私がころ……殺した……?」


「そうだよ。君が『殺した』」


 少年は囁くようにそう言う。


「──ち、違う……」


 気づくとミミは死体に治癒魔法を掛けていた。高度な治癒魔法なのか傷は簡単に塞がる。


「凄いね。僕が王都で会った女の子は劣化版だったのに。腹に空いた傷すら治せず今も苦しんでいるんだろうね」


「治れ治れ! 治れ治れ治れ!」


「無駄だよ、もう彼は死んでる。君が殺して君が葬るんだ。新しく手に入れたその光の力で──」


 少年の横を光の玉が通った。


「随分と僕に恨みがあるみたいじゃないか。理由は殺人犯だからかな?」


「当たり前! 私の居場所を奪っておいてなんなのその態度! 散々人のことを弄んで、殺して、奪って!」


「ぷっ……まるでこの村みたいじゃないか……」


 少年は手を広げて呆れた。


 なぜそんな態度を取れるのか今のミミには一生理解できないだろう。


「それに居場所? ここが? なんの冗談だ。ここが君の居場所と言うのなら君も彼らのように首を斬らなくてはいけないな。それでも居場所というのかな?」


「うるさい! もう二度も失わないってそう決めた! だから失う前にお前をここで殺す!」


「話が通じないなあ。それでも君は僕の理想の……。いやいいか」


 期待の視線を外し、そして殺意の目に変わる。


「僕の邪魔をするならどんな人でも許しはしないよ?」


 周囲にある炎を全て掻き消す勢いの黒い魔力。


「ま、魔力……!? ただの魔力でこんなにっ……!?」


 少年はゆっくりと歩きミミの目の前で剣を構えた。


「これが力だ。ここにいる骸たちとは何が違うのだろうな」


「くっ……この!」


 光の槍が少年の前で崩れる。


 濃度の違う魔力はまるで薄氷のように簡単に崩れる。


「どうして……。うぅ! そうやって力あるものは常に弱いものいじめをする! クズだ!」


「当たり前のことを言われても困る。この世にはクズが必要なのだ。百の純粋で生きている人生なんて馬鹿らしくてしょうがない」


 少年は誰かを思い出して言い放った。


「僕としてはここで殺すには惜しいけどね。残念だ、今度は運に恵まれた人生になるといい」


「──絶対にお前を……!」


 そしてその無慈悲な剣が振り下ろされた。ミミは憎んだ目でそれを見続けそして……。


「ほう……」


 なぜか甲高い金属音が鳴り響く。


 いつの間にかミミの目の前にはレイピアで守る彼女がいた。


「ぐうぅぅぅううっ!」


「ネペル!」


 ネペルは危険を承知の上でミミを庇う。


「なるほどなそのレイピア。腹の傷は塞がったか?」


「まさかあの時の!?」


「今度は全ての内臓をぶちまける方が先かな?」


 ガンッと鈍い音が重なるとネペルは弾かれる。


「ぐっ……ミミちゃん村長を! 私が時間を作るから!」


 再開早々すぐに別れることを言う。


「でもっ!」


「二人で相手してたら誰も助けを呼べない。だから早く行って!」


 少年は二人の会話を見守る。


 この数日間で良くここまで友情が芽生えたのだと、少年は少し驚いている様子。


「ごめんっ! すぐに村長を連れてくる! 絶対に死なないでよ」


 ミミは涙を払って駆け出した。


「いいのかな? 君一人じゃ僕は止められない。この時間稼ぎも直に終わるさ」


 軽く剣を振るうと夜が斬れる。


 リーチ無視でネペルの耳が削ぎ落とされた。


「……それでも村長を呼べば私たちが勝つ。9種を持つ村長には誰も勝てない!」


 それでも強気で構えるネペル。


「それは困るなぁ。僕は無傷で勝利したいし今回はこの辺にしておくか。準備ができたらまたこの村にやってくるよ」


「にっ……逃げるの! ここまでやって!」


「なんだ、死にたいのか? 見逃されるのは君の方だと理解できないのか?」


「ここで足止めして村長にお前を殺してもらう。みんなを殺したやつを逃すわけには──」


「そうか……」


 その言葉を最後に少年は消え空に鮮血が舞った。

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