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148.聖女を喰らう者

「聖女様!」


「聖女ナーベリカ様!」


 大勢の民が聖女の登場に興奮し歓声を上げている。


 今日はイルファムス帝国の聖誕祭。国の一大行事でもある式典には多くの民たちがその様子を見に来ていた。


 王宮へ続く道には華やかな馬車や護衛たち。それを囲うように群衆がとある人物に注目していた。


「皆さんが私に注目している……」


 そう視線を落とす彼女は聖女ナーベリカ。


「3年ぶりの聖女誕生ですからね。ここ最近は国の支えがなく、国民もみな不安に駆られていたのでしょう。ナーベリカ様が聖女の座につくということはその支えになるということ。どうか力強く、その責務を全うしてください」


 警護の1人がそう言う。


 民たちからの期待は物凄いものだ。


「ベルタゴス王国にはかなりの数の聖人がいると聞きました。皆さん聖女の座を争って自身たちを強くしているらしいです」


「不安ですか?」


「私なんてただ選ばれただけなのです。聖人になれるかは女神にどれだけ愛されているかで決まります。私1人を愛してもすぐにいなくなってしまうというのに」


「ディモギエル様には複数の愛人を持つ方が良いと? しかしそれは女神様の気分次第です。ここ最近までは聖女の死が続いて愛する力も失っているのではないでしょうか?」


 イルファムス帝国が建国してから145代目となる聖女ナーベリカ。ここ数十年でなんと40代ほど入れ替わっている。


「恐ろしいです。もはやこの式典自体、私の死を宣告しているようなものです。1年と続かない聖女の席を全うできるわけがありません」


 彼女は知っている。ここ数年だけ見ても聖女の死は異常なまでに増え続けている。


 彼女の存在があるからだ。


「セイントイータ。ヤツの異名はその名の通り聖女相手に特化した殺し屋。死体のほとんどは判別できないほど。彼女の残虐性は国民全体が周知しています。どうかナーベリカ様もお気をつけて」


 気をつけれるわけがない。何十人という聖女を虐殺した彼女に一体どう対策していいかわからないのだ。それに聖女が彼女と出会うことは死を意味する。


「どーせまたすぐに死ぬって」


「この式典毎回やるのかよ。俺らの血税どんな使い方してるんだって」


 とある集団の話がナーベリカの耳に入る。


 そうだ、どうせすぐに死んでしまう。ナーベリカの心は聖人時代から既に萎えてしまっているのだ。


「はぁっ……」


「ナーベリカ様!?」


 彼女は不安と動悸でその場に倒れ込む。


「大丈夫です……私が死んでもすぐに新たな聖人が聖女に成り代わります。ですからこのようなところで心配なさることはありません……」


 そう言ってすぐに立ち上がる。


「すみません馬車が揺れてしまって」


 自分のせいではないと取り繕う。自信のなさを国民に周知させるわけにはいかないのだ。


 すると宮殿に向かっていたはずの馬車がいきなり動きを止める。ナーベリカはふらつき国民へ向けていた視線を馬車の先頭に向ける。


「おい、今は大事な式典の最中だ! そこをどけ!」


 先頭の馬車からそんな怒号が響く。


「なにかのトラブルでしょうか?」


「……嫌な予感がします」


 護衛の言葉にナーベリカは剣を取る。


「ナーベリカ様!?」


 先頭馬車の先に誰かが立ちふさがっている。ボロ切れのローブを着ていてその全容は明らかではない。


 だがその体格から女性だということがわかる。


「早くそこを退け!」


「嫌だ」


「なんだと!? おい、やつを拘束しろ!」


 急いで護衛たちが前に出てきて女の前に立ち塞がる。


「こんな数じゃ足りないってー。でもあんたらは殺さないよ?」


 ローブの中から銀色の刃を光らせ、凶暴な瞳が護衛を睨んだ。


「ころ……今すぐ捕らえろ! こいつ武器を持って──」


 その刹那だ。


 護衛たちは一斉に武装を解除され、隊服は細かく斬り刻まれる。


「なっ……!?」


「殺しはしないって言ったでしょ? 私の目的は……そうね……」


 女の姿が消えた。


 その異常なまでの速さにナーベリカが即座に対応する。


「あんただよ聖女!」


 両者の剣がかち合う。一瞬の出来事に国民は理解するのに遅れを要した。


「私は聖女喰らい(セイントイータ)。あんたの命と顔も貰っていくね?」


「セイントイータ!?」


 ローブを脱いだ彼女はセイントイータと名乗った。その凶暴な顔からは前任の聖女の面影があった。


「その顔は……」


「イルファムス帝国144代目聖女のものだよ。次はあんたが私になるんだ」


「ひっ……!?」


 ナーベリカは恐怖で力強い一撃を込めて国民のいる方へセイントイータを吹き飛ばしてしまう。


「殺人鬼だぁぁあ!」


「逃げろぉぉぉお!」


 ことの重大さを理解した国民らは式典をしている場合ではなく、自らの命を欲して逃げ帰る。


「せっかく聖女の生処刑が見られるっていうのに勿体ないなあ。逃げるんだったら護衛たち殺してトラウマにすればよかったなあ」


「ググググ……」


 ナーベリカの手は震えている。


 殺されると本能で理解しているのだ。


「あはっ! そんなに震えちゃってどうしたの? 私ってそう言う子供っぽいところが好きで堪らないんだよね」


 その瞬間セイントイータから濃密なまでの魔力が波となって押し寄せた。


「なるほどね。聖女にしては1つだけしか貰えなかったんだ。哀れだよねー。聖女って女神の駒でさらに捨て駒だなんて」


「どういうこと……まさか私の天命の導を読まれた……!?」


「ゴニョゴニョ言っててわからないけど、奥の手が使えない聖女なんかはもう一般人と同等。私の前じゃ何も隠し事できないよ?」


 セイントイータがそう呼ばれるのは相手の加護を見破る力があったからだ。この力は加護の詳細まで見え透いてしまうため、複数の加護を有する聖女は圧倒的に不利になるのだ。


「少し強い一般人を相手にしても私あんまり自慢にならないんだよね。もう少し剣技とか磨けばいいのに、加護に頼りすぎていてつまんない」


 ナーベリカは歯をカチカチと震わせる。


「剣技も駄目なタイプ? はぁーまじで言ってるなら即位した聖女じゃん。つまんなー。じゃあ私剣使わないから」


 セイントイータは剣をその場に投げ捨てて拳を構える。


「久しぶりに殴り殺すのもアリかな」


 舌を啜りながら妖艶な顔で獲物を狙う。


「ひっ!?」


 一瞬で姿を消した彼女にナーベリカは驚いて剣を振るう。


 ブシュッとその剣はセイントイータにヒットするが骨で止まり、彼女はナーベリカの左腕を変形した顔で噛み砕いた。


「イヤァァァァァアアア!!!」


 ナーベリカは肘から下が無くなり発狂する。


 血が吹き出てその場にうずくまる。


「アーハッハッハ! ダッサイダッサイ。聖女であろう人がマヌケにもお漏らしだなんて!」


 失禁し、最悪な状況。彼女自身もまさか聖女になってすぐこんな状況になるとは思ってもみなかっただろう。


「ひぃひぃ……」


「光の種がないことは確認してるし回復も再生もできないよね? 今とーっても痛いでしょ? アッハハハ」


 彼女はナーベリカの頭を掴んで持ち上げる。


「ブッサイクな顔。何泣いてるの?」


「ひっぐ……おえ……」


「……あーやっぱり汚れてて被りたくないわ。前任が可愛すぎてただ殺すだけになっちゃう」


「こ、殺さないでください。聖女……聖女やめますからあぁぁ……」


「ブッサ。可哀想だから見逃してあげようかなー?」


「お願いします。本当に死にたくないです」


「まあ私に傷付けなかったから見逃してあげるね」


「あ、ありがとうございます」


「うふふ。どういたしまして」


 そう言うとセイントイータはナーベリカの首を跳ね飛ばした。


「あへ……?」


 身体が軽くなったナーベリカは首だけで宙を舞う。凶悪なセイントイータの表情が脳裏に焼き付いた。


 セイントイータの拳がナーベリカの顔にぶつかると、彼女の頭はスイカのように破裂して脳肉をばら撒いて酷い死に方をした。


 逃げ遅れた国民に血肉が飛び散ると、彼らはそれが何だったのかを理解して嘔吐する。


「苦しまずに殺してあげるってことだよ? 感謝してね?」


 ナーベリカの首から下は力なく倒れ糞尿を撒き散らしながら痙攣する。


「うっわー」


 鼻をつまむ彼女はニヒッと笑いながら宮殿の逆方向へと歩き出す。


「次はソリスを無様に殺して……ん?」


 突如として空が黄金色に光り輝いた。まるで何かが降り注いでくるような圧倒的な光だ。


「……がっ!?」


 セイントイータは空を見上げるや否や目を見開いて驚く。


「あ、あれは!?」


 凄まじい轟音が空を裂きながらとてつもない速さで横断する。


 国民たちも何事かと足を止めて空を見上げる。すると1人の人間が言った。


「勇者の剣だ……」


 その言葉にセイントイータは震えた。


「わ……わわわ……」


 凄まじい光を放つ放出剣はイルファムス帝国より遥か北部の位置に着弾したと思われる。


「あそこの近くはベルタゴス王国……ちっ、急ぐか」


 セイントイータは即座にその場を去って目標まで走った。

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