144.崩れ去る身体
レインは状況を理解して直ぐに戦線離脱した。上に残っている2人を呼びに行ったわけではなくただ見つからない場所で傍観していた。
「これが妙な気配の正体か。まさか完成された女神がいるなんて想像もつかなかったや」
激しい戦闘音が響き渡る。
「急に動き出したのは結界を解除したから。囚人の日記通りで行くなら信仰数は相当だろうね。本体は強くないけどガ◯ダムみたいなゴーレムが強すぎる。2人で勝てると良いけど……」
レインは隙間から様子をうかがい戦闘を感染し始めた。
「逃げてばかりじゃつまんないよ、ぼくの聖女！」
マリアを追い込むような巧みな光線。追尾するレーザーに追われながら彼女はゴーレムに接近する。
「体術でぇっ！」
細い脚を、アーマードスーツの火力を合わせた拳で衝撃を与える。
「甘い！ ぼくの聖女よ！」
振り上げた脚をマリアへ向けて振り下ろす。
「──神牙足」
地響きのような轟。マリアは宙に浮き上がる。
「まずいっ！」
「──真天針」
4本の槍をマリアの近くに突き刺し、結界で捕らえる。
身動きの取れない彼女は空中で静止し、球形の結界に護られる。
「これで終わりじゃないよ。ぼくに一撃を与えたんだ。ぼくだってやり返す権利はある」
「この高強度の結界……何をするつもり！？」
左腕全ての腕を一本に束ね魔力を纏わせる。
「──天邪鬼」
マリアの結界目掛けて4本の腕が襲う。女神お手製の強力な結界は薄氷のように簡単に砕け、マリアは数倍の威力に跳ね上がったアッパーを直接受ける。
拳がマリアの骨や内臓を変形させると音速で壁に叩きつけた。数メートルは埋もれただろう。メリアは顔を青くして彼女の名前を叫ぶ。
「マリアさん！」
砂埃で状況を確認できない。アーマードスーツの破片が少女の前に散らばっており、拳の威力を物語っていた。
「殺したかもしれない。『天邪鬼』は相手の防御技術が高い程威力が高くなる。ぼくの攻撃でも破れない結界の威力だ。凡人に手加減するのを忘れてたよ」
「なんてことを……！」
「次は君の番だよ？ まだまだ見せたい力があるから、彼女みたいに簡単にくたばらないでよ？」
「マリアさんは死んではいません」
「言うは安し、ぼくの一撃で耐えられるならそれはそれで嬉しいけどね。あなたは……そうだなあ。絶対に無理だ」
少女の姿が消えた。直ぐにメリアの背後に現れて高く上昇した。
「ハエを仕留めるには少しばかりここの空間は大きすぎる。凍結の末に行き場を失うといい」
天井に魔法陣がいくつを無造作に現れる。
「フォールの魔法……地盤を崩すつもりですか！」
「これより下に行っても何も無い。ぼくが一番知っているよ」
「防ぎ切れるでしょうか……」
「防ぐ必要はないよ。こんな神聖な魔法をあなたごときハエには贅沢すぎる。ハエはハエらしく手で叩き潰されるのがお似合いだ」
魔法陣からはいくつもの岩石が青白い顔を見せていた。周囲の温度は下がっていく。
「──青将群」
荒々しい岩石が冷気を放ちながら着弾する。着弾点には刺々しい氷が生まれ場を圧迫していく。
「これで逃げ惑えない。ぼくが最も好む天から愚民を見下ろす構図の完成だ」
「寒い……彼女に潰される前に凍え死にます……」
白い息を吐きながら魔力で体を温め始める。
「無駄な消耗を。ぼくの顔に一撃すら入れられないのに、無理して楽しいの？」
「この状況を打破できればどれほど楽しいか、あなたには理解できないでしょうね」
「なに？」
「あなたは女神。それを出し抜いて私たちが勝利すれば、女神はハエにすら勝てないことになりますね」
メリアは余裕のない表情で煽り散らかした。
対照的に余裕のあった少女は煽られた途端頭を真っ赤にして怒り狂った。
「何だと小娘！ 矮小なる存在！ ぼくからしてみればハエも同然のクセに！ よくもまあそんな口が聞けたなっ！」
拳を振り上げメリアに振り下ろそうとしたその時、何かが少女のゴーレムを斬り裂いた。
傷ついたボディーからは魔力が漏れ出る。大きく仰け反ったゴーレムは転移で即座に距離を取る。
「なんだ！？」
「よくもぶっ飛ばしてくれたね。こんなダサいところレインに見られなくて良かったよ」
「マリアさん！」
ガッツリと見られているのはマリアにとっては大事ではない。ゴーレムに傷が入ったのだ。彼女はアーマードスーツを脱ぎ捨てており、魔素を直接取り込んでいる。
「ぼくの聖女！ 魔素を堂々と吸い込むなんてバカだね！ 頭に回るのは血じゃなく毒だよ。立つのでさえやっとだろうに」
「うるさい！」
バチンとマリアの電撃魔法がゴーレムにヒットする。
「私は頑張らなくちゃいけないの。なのにこんな機械に負けるなんてあり得ないよ。機械に負けるのは前回まで」
アーマードスーツに付属していた剣を持って彼女は構える。
「練習台にする」
「何を練習台にするって？ ぼくは女神だぞ！ そんな暴挙が許されるなら女神は必要ない！ 自惚れるのも大概にしなよ！」
4本の腕で魔力の剣を練り上げるとマリア目掛けて振り下ろす。少女の剣は地面を叩き割り電撃を発生させる。
「だったらそのオモチャから出てきなよ！ 私とタイマン張れやクソ女神」
「ああん！？」
「出てこれないでしょ。あんた自身には女神の力なんてないからね。ざーこ！」
「ぐぬぬぬぬ……コロスッ！」
空いた腕で地面を叩く。マリアは砂埃に紛れてメリアと合流する。
「メリア大丈夫？」
「マリアさんこそ血だらけじゃないですか」
「気合でなんとかなってるよ。それで作戦なんだけどね」
マリアはメリアに作戦を話した。
「そんなことが？」
「相手はただの機械だよ。生身の人間でもなければ悪魔でもない。ダメージを与え続ければ勝機はあるよ」
「しかしどうやって動きを止めるんですか。先程の話はあまりにも現実的じゃありません」
「頭脳があればいける。あの女神モドキの攻撃を見てれば分かるよ」
「……二手に分かれるのですね」
「うん。私が攻撃を引き付けるからメリアは下半身から破壊して」
彼女らは互いに頷き、氷を物陰に移動を始めた。
「急に静かになったと思ったら氷の隙間に逃げ込んだねぇ？ ハエじゃなくてゴキブリだったか」
「こっちだよ女神モドキ。私がその巨体とタイマン張ってあげる」
「いいよ。後悔する暇もなく一撃で消し去ってあげるから」
2人は睨み合い、やがて少女が火蓋を切る。
少女は主に雷魔法と物理攻撃の組み合わせを用いて派手な全体攻撃を仕掛ける。
縦一列に雷撃と衝撃波を放つ「昇突撃」から始まり、広範囲の地面を薙払う「刀千魔」。
マリアは攻撃を受けるわけでもいなすわけでもなくただ回避に集中した。
「あの女神は攻撃されていることに気づいていない」
メリアの魔法剣が何度と脚にヒットしているが少女は気づいていないようだ。
「ダメージを与えた時、アイツは私を見るまでは攻撃を認識してなかった。痛覚は共有してない。痛いのが怖いんだ」
「──雷核放」
ゴーレムの胸部辺りにエネルギーを集約させ直線上の全てを抉り取る。ゆっくりな動きでマリアを捕らえるが瓦礫やホコリを巧みに利用し回避する。
「避けてばかりじゃぼくは倒せない。様子見なら誰でもできるんだ。遠距離攻撃ばかりで悪いけど、体力を消耗しているのはそちらの方だよ」
マリアは少女が脚で攻撃しないよう常に高度を保っている。それにも狙いがあったが本命は別にある。
新しく得た雷の才能で周囲にある機械に電力を送る。それが何をするのか彼女自身は理解していなかったがとある確信があった。
「──雷砲拳」
4対あった腕を全て分離し、メリアの魔力を追いながら拳を突き刺す。ロケットパンチである。
突き刺さった拳は自力でゴーレムのもとに向かう。
「攻撃が当たらないとこんなにもイライラするんだね」
火力は女神と同格とも言えるだろう。ただ戦闘歴が浅く、戦い慣れしていないのか扱いはお粗末なものだ。当たらない攻撃はどんなに強気でも効果はない。まさしくそれを体現していた。
「もういい。ここら一体全て破壊し尽くせば流石に避けられないよねぇ！ ──終焉の呼び声」
龍のように天井に雷の柱が登る。周囲の空気に電波しながら共鳴する。マリアがコツコツと貯めてきた機械の電力がマックスになった。
「メリア！ お願い！」
「任せてください！」
氷の陰から戦闘を見守っていた彼女は魔法剣をしまい、装置を作動させた。
「なんだ……？」
周囲の機械は青白い光を放ちながら衝撃波を起こす。
「ぬがっ！？」
甲高い音がゴーレムから聞こえると制御を失い地面に落ちた。その際にボロボロになった脚は折れ二度と立てない脚になる。
「いつの間に！？ それにこの電光……体が過負荷した！？」
大勢を崩して上半身でなんとか復帰を図る。
「この程度の攻撃でぼくの力を抑えることなど……」
片手に魔力を集約させ近づいたマリアを吹き飛ばす。そしてエネルギーをゴーレムに巡らせ過負荷を直し始める。
「マリアさん！」
「私なら大丈夫！ でもせっかくのチャンスを逃しそう。一か八かもう一度過負荷させてみる」
電力が僅かに溜まっていない機械に全力で魔力を注ぐ。
「足掻いても無駄だと言うことを教えてあげよう。復帰したらもう一度災害を実現させてやる！」
「はあっ！」
メリアは魔法剣で攻撃を再開した。
「ぐっ！ 防御力を活かせない……邪魔だ！」
「メリア離れて！ もう一度やってみる」
「ちっ……ふざけるなよ羽虫如きが！ ぼくの力をか封じるなんてあり得ない！」
復帰に使っていたエネルギーをマリアに向けて放つが既に遅かった。彼女は少女の攻撃に直撃したが機械は再び作動し始め衝撃波を放つ。
「クソがっ！」
再び甲高い音がゴーレムから聞こえると力なくその場に伏せた。
「うご……動かない！ 体が動かない……！ ふざけやがって！」
そのまま前に倒れ、地面の氷にぶつかって傷を増やす。
「──鉄鎚宝剣！」
7つの宝剣が輝き6つの刃がゴーレムの背に突き刺さった。
残りの1本の剣を手に取り、メリアは力強く横に凪いだ。
バキャッと横傷が入りエネルギーが漏れ出て大爆発を起こす。メリアは魔法剣で熱から逃れ、爆風を利用して遠くに着弾する。
「メリア、ナイス！ これで終わりだ！」
「やりましたね！」
砂煙からは音は聞こえない。宙に舞った瓦礫はゴーレムのものだった。
