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130.第三位

「おかしいですね」


 単独行動をしていたメリア。彼女は周囲の看守がやけに少ないのを疑問に思う。


 学園側の試験なら3年間延々と行っていた。そんな彼女からすると今回の試験はぬるいと感じているのだ。


 すでに夜更け前。これといった看守の動きはなく独房に2人、見回りをしている看守には一度も遭遇していない。


 地図は探索できる部分は完成させた。残りの未探索の部分は、鍵や警戒が厳しい心臓エリアのみ。途中ミリアナと出くわすこともあったが進捗はあまりなかったようだ。


 次はどうすればいい。そんな考えがよぎっている。学園側の用意したヒントが1つもない。外に繋がる通路はあるが結界が邪魔をして抜けられそうにもない。


「独房エリア、作業エリアのみの探索を終えてやるべきことがなくなった……となればミリアナさんを待つしか道はないと思われますが……」


 あの様子じゃ彼女もほとんど進展がないだろう。


「中庭には監視カメラもあって立ち入れそうにもありませんし、裏庭は雷雨が邪魔をして入れませんね」


 本当にこの試験は行われているのかすら怪しい。そう思考してみるが、学園側には何のメリットがあるのだろうと考えたとき何も浮かばなかったので結局のところそこから思考が進むことはなかった。


「やはり可能性があるのは鍵付きの部屋でしょうか」


 懲罰房もまだ探索はしていない。何人もの生徒が送られていったが帰ってくるのには時間が掛かるだろう。


「侵入は厳しいようですし……」


 唯一安心して入れるのは懲罰房行きになったとき。しかしそれは本末転倒。良心ポイントを下げるうえに試験期間が長くなってしまう。


 懲罰房行きの人に聞くのが一番だろう。


 今後の計画をどうすべきか考えていると廊下の向こうで看守が倒れているように見えた。


「……? どうしたのでしょうか」


 倒れた看守を囲うように他の看守たちが救護をしているようだ。


 ここからでは遠い。


「……う……なっ……」


 何かを叫んでいる。


「緊急のようですね。心臓エリアに繋がる廊下ですからこの混乱に乗じて侵入してみるのも良さそうですね」


 だが安易な行動はしない。ギャンブルに手を出すのはまだ早すぎる。彼女は何が起きているのか聞くために慎重近づいてから耳を澄ませることにした。


「身体の筋肉が全て麻痺している。ショックを持って来い! ったくどういうことだ、この荷電量は。雷雨の影響で人体に光も影響を与えるのか?」


「避雷針の故障で強い雷が落ちれば地面に流れてしまう。運悪く先程の落雷で強い衝撃を受けたのかもしれん」


「避雷針の故障だと? なぜそれを早く言わない! ここには試験生もいるのだぞ!」


「いやいや、避雷針の故障はつい先程のこと。ここら一帯の帯電量はすでに許容範囲を超えている。じきに結界による完全防御が行われる」


「結界を動かすのか? だが制御は完全じゃない。解放してしまったらどうする! 本試験の妨害をするつもりか!」


「署長の命令だ。お前に口出しされる程度では誰も動かん。それに結界が完全防御に移行すれば内部どころか外部からの一切の侵入も許さなくなる。あと8日分の食料はあるが、それ以内にこの雷雨が去ればいいな」


「ちぃっ!」


 懸命に蘇生活動をしている彼を立ったまま何もしようとはしない看守。彼は鼻で笑ってあきれたように言う。


「もう亡くなっている。魔力回路がすでに溶け始めているのだ」


「冗談だろ?」


「私は元々医学に精通している。魔力回路が溶けるということは瞳孔に反応がなくなるのと同じだ。ゆえに亡くなっていると断言できる」


「信用できん。俺はこいつを救うまで救助は諦めんぞ」


「勝手にすればいい。それでは私は業務に戻る」


「見捨てるのか?」


「効率的な選択を取ったまで。医学の一柱として見捨てる行為は三流も三流だからな」


 そう言うと1人の看守は立ち去った。


「落雷……その影響で亡くなるなんて……」


 騒ぎからしてつい先程のこと。魔力で守られている体が感電程度で即死は考えにくい。


「まるで図ったかのような必然の雷雨。止む気配もなければここに滞在し続けているようにも思えます」


 これも試験の一環なのか? そう考えるがあまりにも不自然だ。こんな危険な状況、学園側が想定しているとは考えにくい。


「いざとなれば魔法剣にダメージを受け流しますが……」


 魔法剣は他の武器と違って格納式。身体検査では検知できず、レインと同じような方法で武器を隠し持っているのだ。


 だが存在感の大きい魔法剣をここで出すのにはリスクが高い。結界にも引っ掛かるリスクがある。


「──何をしている?」


「ッ……!?」


 突然彼女の背後から声が掛かる。


 振り返るとそこには先程立ち去ったはずの看守が立っていた。


「くっ……!」


「脱獄計画犯か……あるいは好奇心で檻を抜け出したか……。どちらにせよ看守に見られたからにはそれ相応の罰を受けるべきだ」


 帽子を深く被っており、口元の表情しか確認できない。しかしその口はニヤリとつり上がっている。


「いつの間に……」


「先程からチラチラと視線を感じたのでな。どんなネズミがいるのかと思えば……なるほど。お前は優秀な生徒のようだ」


「優秀……?」


「その魔力実に興味深い。まるでこの間誕生したかのような純粋な魔力。回路も非常に安定しており、まるで芸術のような魔力だな」


 何を言われているのかは分からない。ただこの看守、どこか変だ。


「意味がわかりません……」


「天然ものか、あるいは自己覚醒なのかは分からないと言うことか。だが確実に言えることが1つある」


 看守は見えない表情で覗き込む。


「お前は一度死んでいる」


「ッ……!? どういう……ことですか」


「深く考える必要はない。一度魔法剣から見捨てられたお前が理由を考える必要はなかろう」


 何故か看守はメリアの持つ魔法剣を持っていた。


「いつの間に……!」


「いい魔道具だ。使用者がお前しかいないのも感じ取れる。完全に定着しているようで何よりだ。だがこの魔法剣に刻まれている魂は1つでも情報は2つある。前のお前と今のお前だ。昔より今の方がこの魔道具が手に馴染むであろう?」


「……」


「答えないという選択を取るのは実に愚かな行為だ。仮にも今は看守と囚人。私の判断次第ではこの地獄からは50日も抜け出せないことになるぞ?」


 看守は地面に魔法剣を突き刺して屈む。


「地獄……?」


「勉強は嫌であろう。一度で良いことを周りとのレベルに合わせて2度も3度も教えられる。実に無駄で非効率なやり方だ」


「私は試験クリアを目指してこの勝負に挑みました。50日になろうと必ず野望を果たします」


「それを看守の目の前で宣言するとは……。あまり頭は良くないのかもしれん。いや、もしや注意を自分にだけ引かせて仲間を脱獄させるのが目的か?」


 仲間の存在を見見抜いているというよりは想定しているということだろう。


「言うわけがありません」


「そうか。ただ残念なことにお前たちを1人も逃すわけには行かない。私の調整が終わるまではここから誰も逃れはしない」


「何をっ……!」


 看守は唇に手を当ててしーっと合図をする。


「面倒事は避けたい主義だ。周りの看守も私のことを不審に思っている。脱獄計画には大いに賛成派ではある一方、お前たちは誰一人逃れることはできん」


「まさか結界……?」


「そのまさかである。私はここの結界の管理をしていたのだが……まさかお前たちのような学生がこの場に来ることは想定できなかった。優秀な魔力が一箇所に集中してしまえば、抑え込んでいた魔力を制御できなくなってしまう。この雷雨もその影響だ」


 稲光が大気を揺らして轟く。


「今は緊急事態でもある。加えてそれを学園側に報告できない。優秀な生徒であればなぜだかわかるな?」


「あなたは正規の看守じゃない」


 その言葉を聞くと看守は満足したように立ち上がる。


「半分正解だ。この事故を起こしたと知られれば私が学園側に訴えられてしまう。間の悪いタイミングでこの試験を実施した学園にも非はあるが、優秀な生徒たちを無下にはできない。お前たちは役に立つのだからな」


 不気味な笑顔。それが本当のことかどうかは分からない。


「交渉といこうか」


「交渉?」


「お前たちは脱獄したい。私はこの結界をあるべき姿に直したい」


「一体何をすればいいんでしょうか?」


「簡単な話さ。脱獄計画をするにあたって結界の排除は必然。であるなら結界の元となる装置を破壊すればいい」


 信用できない。


「破壊してしまえば困るのはあなたの方では?」


「いやいや、元々ここの結界は作り直さなければいけないものでね。破壊するというのなら手間が省けてこちらも助かるというわけだ」


「この場を見逃す代わりに結界の破壊をしろと言うのですか? あなたにメリットがあるのは分かりました。しかし看守が手助けして良いのですか?」


「先程もお前が言ったように、私は正規の看守ではない。手助けするのになんの躊躇いもない。それに破壊が済んだら私の用もすぐに終わる。これ以上にないメリットしかない関係だ。──さあどうする? この場で提案を飲めば心臓エリアへの道を開いてやろう。無論バレるような誘導はしない」


 看守は何かの鍵をぶら下げながら話す。


「信用できるのですか?」


「当たり前だ。今この状況では私も皆も外には出られない。一度破壊されることになんの躊躇もしないさ」


 看守は鍵をメリアに放り投げると背を向けた。


「なぜ……?」


「もはや時間の無駄だと感じた。どうせお前はこの提案を飲むのだ。選んでいる時間もなければ道は1つしかないのだからな」


 夜が明ける。雷雨は一段と激しくなりこの音で目覚める生徒も少なくないだろう。

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