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13.小さな違和感

 目を開けるとそこには金の毛並みを揃えた獣人が心配したような目で見つめていた。


「大丈夫かミミ!」


「あ……れ……?」


 森の道のど真ん中。荷台の前に横たわっていて何が起きたのか一瞬忘れるがすぐに思い出す。


「頭がおかしくなりそうで……それで……」


「よかった、無事そうだ」


 金の獣人はそう言って安心したような表情を見せた。


「村長!? あ、ああ、すみません」


 アクベンスを見たミミは勢いよく立ち上がり非礼を詫びた。


「いきなり立ち上がるのは良くない。頭を打っていたようだから治療したんだが痛みはあるか?」


 頭の隅でごチャつく何かがあったが彼女は平気と言った。


「何があったんだ」


 アクベンスは心配した表情を見せるが彼女自身も何が起きたのかは理解していなかった。そのため話せることは少ない。ただ近くに不気味な偶像があったのだけは覚えている。


 ミミは記憶を頼りにその場の風景を思い出す。


「近くに変な置物が……それで本に触れようとしたら……」


「置物……? それに本ってのはなんなのだい?」


 ミミは大きな木を指差して言い始める。そこの下には確か祭壇と置物があったはずだ。


「あれ……?」


 しかしあるのは巨木だけ。


 不気味な偶像などはそこには存在しておらず立派な巨木が凛々しく佇んでいるだけだった。


 おまけに巨木は柵の向こうに存在している。記憶の風景と今の風景が合わず頭の中は混乱する一方だ。


 夢なのか? はたまたこれが夢か?


 現実と夢の区別がつかなくなりミミは体を震わせる。それを押さえつけるかのようにアクベンスは抱きしめる。


「おかしなものでも見てしまったのだね。落ち着きなさい、ここには私がいる」


 現実の温もり、現実の感触。


「あ……」


 彼女は目が覚めたような感覚になり混乱していた頭はようやく冷静さを取り戻したよう。


「私、変な夢を見ていて……それで……」


「大丈夫さ。今は現実で私たちの村にいる」


「私はここで偶像のようなものを見て……」


「偶像……? さっき言っていた置物ことだろう。それがこんなところにかい?」


 ミミは頷き柵に手を掛ける。


「あの木の下に見ました。その時は柵がなくて手が届く位置にあったんです」


「ふむ、おかしいな。柵がない事自体がおかしいがこの村を作った時にはそんな物を見たという噂はない」


 アクベンスは唸って「しかし」と続ける。


「言い伝えではこの地には神々が祀られていたと聞く。これは歴史が霞むほど古い時の話だ……あまり参考にはしないほうがいい」


 古い話。あの偶像はただならぬ気配を漂わせていた。それがただの気のせいであるならこんなに緊張することはなかった。


 しかしアクベンスの会話を聞くにあの偶像はそれに近しい存在であったと。そう思った。


「その震え方は本当に見たということか。こんな辺境の地にそのような存在がいるなんて……」


 アクベンスは顔を逸らしてミミを見ないようにした。そして、


「なんて運が良い」


 そう呟いた。


「ひとまずミミが無事で良かった。何時間も戻らないって村人たちが心配していたよ」


「何時間も? 私はここに迷って数分しか……」


 その時彼女はハッと気がついた。


 日の色が茜色に染まっていたことに。


「えっ……どうして……!」


「もうみんな仕事を切り上げてゆったりとしている。ミミも今日はゆっくり休むといい」


 理解したくはなかったが理解するしかない。朝焼けにしては随分と暗かったからだ。


「あの……えっと……」


 ミミは仕事を放りだしてしまったことを謝る。


「そのことは気にしないでほしい。村人が一人欠けることと比べればなんてことないさ。無事で本当によかったよ」


 アクベンスはそう言うと道なりに歩き始める。彼女は荷台を動かしながらついていった。


「それにしてもこの一本道で迷うなんて……よほど何かに取り憑かれていたのだろう」


 嫌味ではなく本当に心配しているようだ。


 道はただの一本だけ。作物運搬用に作られた少し広い一本道なのだ。迷うはずがない。


「そんな……行きも帰りも一本道だったんですか?」


「ここは農場に繋がる一本道だよ。村人たちからは他の農場にも繋げてほしいと要望がある程だからね」


 ミミは確かに道が何本に分かれているのを見た。入り組んだ道という道を、広い道も狭い道も見た。


 だがアクベンスの言う通り複雑に枝分かれした道は存在しなかった。ただの一本道。


「私は何を見ていたの……」


 目の前には作物を納品する倉庫が。


「幸いにもこのリンドウたちは傷がないみたいだ。うん……納品し終えたら今日はもう上がっていいよ」


 そう言ってアクベンスは去っていった。


「怒ってはなかった。それどころか心配してた……」


 後でもう一度謝ろう。


 そうして倉庫に納品し終えると心配した表情のネペルが走って向かってきた。


「ミミちゃぁーん!」


 顔と膝に傷をつくっていたネペルは息を落ち着かせながら叫ぶ。何故か傷だらけ。目立つ怪我以外にも小さな傷がいくつも付いていた。


「ネペルそれ……」


 彼女は頬を押さえて傷を隠す。


「あはは、えっとこれは……いろんな場所に行ったからで……」


 自分を探していたんだと。傷だらけになりながらもいろんな場所で転んだのだと。


「ごめん私のために……!」


 二人は互いに抱き合う。


「いいって。友達や仲間のためなら私は何でもするよ」


 温かい言葉だ。来て数日の彼女は既にこの村の輪の中にいた。エルフの里でもこんなに温かく接されたことはなかった。


 相手が信用してくれている。自分も信用している。


「ミミちゃんも膝擦りむいちゃってるね。回復魔法掛けるからじっとしててね」


 水魔法で傷口を洗い、光魔法で傷を塞ぐと綺麗な肌が戻ってきた。


 そうして流れるようにネペル自身の傷も塞ぎ元通りになった。


「自分を先に治せば良かったのにどうして私が先だったの?」


「……一番初めに友達を治したかったからだよ? 特別な意味はないとは言えないけど……ううん、やっぱり恥ずかしくて言えないやっ!」


 ネペルは満面の笑みを見せる。


「なにそれー。それにしても凄いね、光魔法? 私はまだ開花してないから魔法は使えないよ。羨ましいなあ……」


「開花するのが少ないし、持ち手があんまりいないからね」


「そうだよね。ネペルは選ばれた人なんだなーって。すごい人だよ」


 ミミは褒めたつもりでいたがネペルの反応はいまいちで苦笑いするだけだった。


「あ、あれ……地雷踏んじゃった?」


「う、ううん大丈夫。それより今日は疲れたでしょ? 家に帰って待っててよ。王都のお得意さんから良いお肉を貰えたから一緒に食べよう」


「い、いいの?」


「……うん」


 心なしかネペルの顔色が悪い。それに妙な冷や汗を掻いていて目に少し生気がなかった。


「どうしたの?」


 先に歩き出したミミは歩こうとしないネペルを心配した。しかし彼女は直ぐに平常を装って歩き始めた。


「な、なんでもないよ! それよりほら、早く家に帰ってお肉パーティーだよ」


「ん……? じゃあ一緒に行こうよ。さっきからずっと倉庫の方見てるけど……」


「あ、ああそうそう。ミミちゃんを探しているときにお肉を預けていて、どこに置いたのかを思い出してたんだー、だから早く取りに行かなくちゃー。先に帰ってていいよー追いつくからー」


 早口でそう言う。


「え、そ、そう? じゃあ先に帰ってるね?」


「うん!」


 ザッザッと土を鳴らして家に向かう彼女を見送ると即座にネペルは倉庫の裏に隠れた。


「はぁ……はぁ……」


 息は荒く、汗が止まらない。


 着ていた上着を脱ぐとその辺に投げ捨てた。


 そして壁を背もたれに深呼吸すると腹に巻かれた血で滲んだ包帯を押さえた。


「強がって、いたっ、けど……心配、されるぐらい……顔色が悪かっ、たんだね……」


 腹部を押さえたまま顔を上げると夕日に染まった茜色の空が見えた。


「はぁ……塞がれ……」


 光魔法を自分の腹に掛けるが何も起こらない。


「塞がれ、塞がれ……」


 何度も光るが痛みは引かずに血が滲む。


「くふっ……なんでだよぉ……これじゃあみんなを……村長を……ミミちゃんを助けられない……。アケルナー村の野望が……王都を……世界を……」


 ネペルは苦痛に顔を歪ませながら傷を治療し続けた。

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