12.優しい村の住民たち
──時は少し遡る。
あれからエルフの少女は村の娘に手助けを受けて村の一員として暮らすことになった。
村の住民は優しかった。みんな顔色が良く気前も良かった。貧困で悩んでいるという様子もなく争いもない。
いろんな種族が手を取り合っている村はまさに楽園。多様を極めた村であり工夫がとても多い。新しくやってきたエルフのためにも配慮がしっかりとしている。
彼女は心に決めた樹木に祈りを捧げ今日も生きていることに感謝する。
「母なる大地の神よ、私は今日も感謝を」
村に来てからはこれで3日目。いろんな人に出会い打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。
「ミミちゃーん」
ここではエルフの少女はミミと呼ばれている。本名でもなく偽名でもない。名前を思い出せないのだ。
そして声をかけてきたのは村の前で倒れたミミを助けた少女、ネペル。
「どうしたんですか」
「敬語やめようって言ったじゃん」
「そうだった。それでどうかしたの?」
「聞いてよミミちゃん。今日聖騎士団の人が来てこの村の税金を回収したんだって。大切な資金源なのに四割も取られちゃった」
「四割? それってどれだけ大きいのかわからないなあ……」
やや困った反応を見せるミミ。税の仕組みがなかったエルフの里では当然のことだ。
「簡単に言えば村が得た収益の半分が取られちゃったようなものだよ。かなり稼いでいるから村人全員が暮らしていけるだけの金額は残ってるけどさ」
半分近い資金を税として回収するベルタゴス聖騎士団に良い印象はないようだ。それにしても掛けられた税が異常に高い。
一割も満たない税を掛けるのが普通であり、税がない村さえある。領地としてはベルタゴスのものであるが管理などあまりされておらず、月一に聖騎士団が税金を巻き上げに来るだけだ。
「あれさえなければ私たちの村はもっと大きくなるのに。何でだろうねー」
「私には何もわからないかな……へへ」
ここに来て数日の彼女には国のルールなど覚えている暇はないのだろう。生活することで手一杯のうちは。
「もうここには慣れた?」
ミミの困惑した顔を見てか話題を変えて話を広げる。
「だいぶ。色々な物を育てたり、村人たちが一体となって作業している姿を見てすぐに馴染めた」
エルフにとって植生のある自然、対人関係は大切なものなのだろう。
ネペルはそれを聞いて安心したように笑顔を見せる。
「それと気になったことがあって……」
ミミは少しだけ遠慮しながら話そうか迷った。
「聞きづらいこと? 別にこの村にミミをとって食べる人なんていないから遠慮せず話して」
「それじゃあ聞くけど……」
ミミは顔を強張らせたまま質問した。
「ここにいる人たちはもしかして全員凄い人だった……?」
思いがけない質問にぽかんとした表情を見せるネペル。すぐに顔を戻すと言われたことの意味を理解した。それを理解した上で質問返しをする。
「確かに凄い人ばかりだよー。なんでそう思ったの?」
「その……村の人たちみんなからは並ならぬ力を感じて。特に種を沢山持った人たちが多くて」
エルフだからこそ魔力に敏感。村人に潜在する沢山の種に気づいたのだ。
「そうだよ。みんな種をいっぱい持っているかな。それを忌み嫌う人たちから追い払われたのが私たちだから」
ネペルは暗い表情で言った。
「それが集まってできたのが私たちってこと」
するとすぐに明るい顔に戻る。
「あの……」
「大丈夫だよ。むしろ今聞いてくれなかったら大変なことになってたかもしれないからね。このことは私以外に話しちゃだめだよ。気にしている人がここには多くいるし」
ネペルの表情からも自身もその身であることだろう。ミミは気まずそうに視線を逸らして自分の失態から逃げ出す。
「ミミちゃんはその……種はいくつ持ってるの?」
「私……!? 私は……四つ」
不自然な間があった。
単に忘れている可能性もあったが魔力に敏感で常に意識している彼女が覚えていないはずがなかったのだ。
偽りの数。それより多いか少ないかは明白だった。
「そんなに!?」
ネペルの種の数が見えている分ミミにとってはそれが嫌味でしかなかった。
ネペルが内包する種の数は七個。明らかに規格外である。と同時に魔力量もとんでもない。
ミミが調べた限りこの村の平均の種の数は六。最大は九で最低が五つと言ったものだ。
世界を平均しても3以上5未満に収まるはずだ。異常に才能あるものがこの村に集まっている。それだけでも不思議なのに魔力量すらエルフのミミとは桁が違っている。
「って私の数も見えてるんだったよね。四つ以上から凄いって言われてるから本心ではあるよ」
「何も言ってないのに……」
慰められたことに対する不満が漏れた。
「あはは……そういえばアクベンス村長さんには会ったよね? いい人だったでしょ?」
「獣人だった。第一印象は荒っぽく見えたけどとても丁寧な人でした。穏やかな声で……」
「虎の獣人だけど結構穏やかな人なんだよねー」
アクベンスはミミが感じるに九つの種を保有していた。あと一つ保有していれば全属性の使い手だっただろう。
「そろそろお仕事の時間だ。私は今日も王都に押し売りだから頑張らないと。ミミちゃんも気をつけてお仕事頑張ってね」
「うん」
ネペルが去ると同時にミミは立ち上がる。
「この村凄すぎる……でもあれだけの力があればこの村に留まらず王都で活躍すればいいのに」
ベルタゴス王都の噂は良い印象であった。この村と同様人種による差別はないみたいで力があれば貴族にも簡単に認められるらしい。
質素ではないにしろこの村に残るメリットが一つもないのだ。実力を評価してもらい貴族になって贅沢する方が一番いいはずなのに。
ミミは心の中で様々な考察をしてみるが考えるだけ無駄だった。
力はあれど仲の良い人を捨てて貴族になることを嫌っている。そう考えてこの話は終わりにした。
「確か私の仕事は作物を倉庫に運ぶ仕事だっけ……?」
アクベンスから渡された仕事は農民と共同作業することだった。収穫された作物を王都へ売り出すために倉庫に保管するのだろう。
物腰が柔らかい農民に挨拶をして任された仕事をし始めるミミ。
「大変な仕事じゃないとても楽な仕事……」
周囲を見渡すと広大な畑で村人たちは各々動いていた。
まだ子どもであるミミからしてみれば楽な仕事を任されるのは当然のことだった。
そして昼前、彼女は一度収穫された作物を納品しにいくところだ。
「それにしても広い村……」
街と同等の広さ。それよりも大きい畑。二つを合わせるとそれはもう村とは思えない広さだ。
「迷うなあ……」
入り組んだ樹木の並ぶ森に迷い込んでしまったミミ。引き返そうにも既に来た道すら分からない状況。
だがここはまだ村の中。樹木の間には柵で整備された道がある。道なりに進めばきっと……。
そう考えたミミであったが突然道は途切れ、自然に放り出された。押していた荷台がガコガコと揺れここが村の外であることを理解する。
「しまった……本当に方向音痴なんだから……」
だが意味ありげに見えた柵の道が途切れるのもおかしい。迷うのは当然だろう。
「周囲に目印っぽい物は……」
一歩歩んだところで苔を踏んだのか盛大に転ぶミミ。スルリと足が流れると地面の味が舌に広がった。
「ぺっぺっ! もうなに!」
不快なものを吐き出して顔を上げる。
「──え……」
するとミミはまるで見ちゃいけないようなものを見たと言わんばかりに目を逸らした。
目の前にあったものは……。
「偶像……」
苔むしており形がいびつな人型の小さな偶像が置いてあった。背後には幹すら緑の巨木。下の祭壇は質素な石造りのようで相当な年月が経っているように見える。
「古代文字……それに相当古い文字だ。見たことがない」
グニャグニャとした文字。どうやら文字が初めて現れたときに彫られたもののようだ。巨木の様子からも相当な年月ここに存在しているようだ。
そんな大昔に祀られるほどの偉大なものがここに眠っているのだろう。ミミはそっと近づいて物珍しそうに偶像を見た。
「なんの偶像かわからない……」
形は人であるが苔むしている上に頭部の一部が欠けている。不気味な姿、不気味な雰囲気だ。
「ん……なにこれ……」
すると偶像の下に何かがあるのを発見した。
まっさらで飾りのない表紙を表にしていたそれは何かの書物のようだった。
不思議に思った彼女はそれに触れようと手を伸ばしたその瞬間。
「あっ……がっ……」
突然込み上げてくる謎の恐怖と謎の目眩。
鼻から脳を突き刺すような激痛が襲い彼女は頭を押さえた。
「な、なに……これ……」
『違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う』
「な、なんて……」
彼女を否定するような言葉がミミの頭を巡る。気持ちの悪い感触にミミは頭を地面に打ち付けた。
『違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う』
「ぐっ……だ、誰か……」
何かに取り憑かれたような鈍重な足。感覚が鈍くなりながらも冴えているような。
前を見たくても左右の目がそれぞれ違う方向を向きたがる。
視界が二重に。
「あ……脳に何かが……」
ミミの意識はそこで途切れた。
だが途切れる前に誰かが手を差し伸ばしていたようで彼女は柔らかい光の中で意識を失った。




