118.また逢おうね
温かい光は初めからあたしにはなかった。生まれた時から両親が他界して地獄のような日々を送っていた。幼いときに頼れる人を失うと、これから先の事がどうでも良くなる。
父の弟に引き取られた時、あたしは本当に終わったんだと思った。初めは良かったんだ。でも日が増すごとに父の弟の健康状態は悪くなっていた。
そしてあたしのいないところで息を引き取った。
またあたしは一人。頼れる人はみんな死んでいった。次第に周りから悪魔の子だと石を投げつけられて王都を彷徨うようになった。雨の日も、雪の日も、強い日差しの日でも。
そんなあたしの噂を聞きつけたのか、孤児院に目を付けられ引き取られた。あたしなんて人と関わっちゃいけない存在なのに。
でも、孤児院はそんなあたしでも懸命に育ててくれた。なんて優しく温かい光なんだろう。両親のような温かい愛情をあたしにも分け与えてくれる。孤児のみんなは幸せそうだった。
そこでは不幸な別れは起きなかった。日に日に孤児は減っていったけどそれは幸せの別れだ。愛は里親が受け継ぐ。あたしもしばらくすると里親が見つかった。そのときは不幸な別れなんて意識してなかった。幸せだけがそこにあった。
だけどそれは大きな勘違いだった。里親が見つかって二年後……義母が両親と同じような亡くなり方をした。果物をよく食べる元気な母親だったのに。
そこからあたしの心は完全に閉ざされた。義父は失ったものを取り戻そうとあたしの相手はしてくれなくなった。あたしは呪われているんだって。本当に人と関わっちゃダメなんだって。
自分が憎かった。こんな風に生まれてしまった自分が。いつも窓を眺めて、騒がしく遊ぶ子供を見ては腹が立った。苦労や濁りも知らない純粋で幸せな顔をしている子供が。
「なんで……あたしだけ……」
悔しかった、苦しかった、辛かった。あたしもそんな人生を──。
「何泣いてるの?」
「え……」
「お友達いないんだろー。いいよ、僕についてきて!」
その子に泣いているのを見られた。恥ずかしいと言うより怒りが湧いてきた。でも、彼の純粋な瞳に魅了されて言い返すことができなかった。そこでもあたしは弱かった。
気持ちに負けたあたしは、せめてこの子も不幸に巻き込もうって思った。悪い子だった。とことん仲良くなって、空になった幸せを偽って分け与えた。一番幸せなときに、この子が最も嫌がることをしようって。
あたしは吹っ切れていた。この子一人のために死んでやるって。
「ははは……ははははは……」
三年、三年我慢した。この子の幸せを奪えるって考えると痛みに鈍感になれた。あとは死ぬだけ。それだけで彼は、悲しんで嘆いてくれる。手に持った包丁が喜びで震える。
「……なんで」
でもあたしにはできなかった。怖いんじゃない、ただ今ある幸せを失うのが恐ろしかったんだ。もうその時にはあたしは普通の人間だった。
空っぽだった幸せはいつの間にか溢れるほど満たされていたのだ。分け与えていたのはあたしだけじゃなかった。彼は、クルスはあたし以上の強い思いで接してくれていたんだって。
自然と包丁を掴む手が緩んだ。あたしは我儘で悪い子なだけだったんだ。
「クルス、聖騎士にならない?」
「僕のかっこいいところが見たくなったのかー。いいとも、ようやく夢を持てたフェンを讃えよう」
変な人だったけど、それが楽しかった。
気づけば周りを不幸にすることはなくなっていた。女神様から天命の導も授かって学園に入学することもできた。楽しいことばかり。今までの不幸を取り戻すように大きな幸せを得られた。
いや、クルスと出会ったことが一番の幸せだった。
「宝石を取りに行く? そんな事できるのかい?」
あたしは日頃の感謝を伝えるために貴重な宝石を採取しに西の森へと出かけた。質のいい宝石から稀に魔法剣という万能の武器が出来上がるらしい。あたしはささやかな気持ちで少しでもクルスが強くなればと考えてた。。
だけど今思えばその選択は間違えだった。
ああ、これって走馬灯ってやつなんだ。なんでいきなりこんな事を思い出したんだろうって不思議に思って──。
「ガガガガガガ……皮ヲヨコセ!!」
あたしの大切なものが溢れる音がする。生暖かくて、鮮やかな……痛みはない。ただ最期にクルスに好きと言えなかったことが悔いだ。悪い子でいたから、あたし女神様に見放されちゃったんだなあ。
もう遅いか、あたしの口から謝ることなんてもう……。
「はっ……!」
首を伝う不快感はなくなっていた。あたしは今青空を見上げている。そよ風が心地良い。緑の芝生のベッドから見渡す世界は透き通っていて壮観だった。
「ここは……天国?」
なにもない、魔力が生み出せない。
「終わったんだわ。あたしの人生は……」
「いいえ、終わりではありません」
背後から聞こえる美しい声。振り返るとこの世のものとは思えないほどの美しい少女が立っていた。ここがこの世であるかはわからないけど。
「終わりじゃない? どういうことよ。それにあんたは誰」
「水の女神、フルリエルと申します。太古の昔に残像思念としてここに留まりました」
「残像思念? 水の女神? 何言ってるのよ! ここはどこなの?」
「詳しいことはお伝えできません。ですがここへ来る人間は我々の希望であり貴方がたの希望でもあります」
「どういうこと──」
「時間のようです」
体が軽くなった。よく見ると体が透けて浮いていた。
「あちら側の世界では死ぬことはありませんがここへ戻ってくることはないようにお願いします」
「全く意味がわからないわ。まるであたしが蘇るみたいに話すわね」
「これも運命です。初めにやるべきことは現地の人に聞くのが一番でしょう。女神一同あなたのご武運を祈っています」
世界が暗転する。何がどうなっているのかあたしの足りない頭では理解することができなかった。