114.侵攻
大量の魔物の進軍、戦争派遣された軍隊、聖騎士団など団体を成しているものはもれなく厄介である。ただ、群れる条件には単騎が弱く力不足であるという必要がある。単騎の実力が凄まじいものほど、群れるという行為には結びつかない。群れるからこそ強力になるのであって、単騎が強いわけではない。単騎が強ければ群れを成す必要がないから。
群れるというのは単騎最強にはない強みがあるのだ。それが数でカバーし合えば格上相手にも勝てるという点だ。しかし何をもって強さを判断しているのだろう。単騎でも厄介なダミーが群れを成して三人の少女を襲っているではないか。
「くっ……全然数が減らない。ミリアナ!」
敵味方関係無しに魔法を放ってくるダミー。加減知らずな戦い方に三人はまだついていけない様子だ。それと同時にマリアの攻撃がダミーに全く効いていないように見えた。彼女は手応えのなさに自分の不甲斐なさを感じる。
今まで通じた火力が、上位の存在には全く効かないと分かってしまったから。
「コイツの首は私のものだ!」
「いや俺の!」
数は多いが半分は同士討ちを始めている。個々が強ければこんな事にはならなかっただろう。メリアの容赦ない魔法剣が機関銃のごとくダミーたちを殲滅していく。ダミーの数を減らしているのは実質彼女だけ。二人はダミーの攻撃を捌くのに手一杯だ。
活躍するメリアの姿にマリアは嫉妬に近い感情が芽生える。なぜ彼女の攻撃は通用するのだろうと。
「魔法剣は厄介だがあとの二人はカモだ!」
ヘイトが二人に変わるのを感じる。一体捌くだけでも苦労している二人に攻撃が集中するのは、メリア自身が望むことではない。自分がついていくことを許可し、守ると約束した。今思えばバカな決断であっただろう。そうやって試験のあの日、痛い目を見たのだから。
……だったらどうすれば良い。どうすればこの数相手に二人を守り続けられるのか。メリアの考えには二人を助けることにしか残っていない。
「ぐうっ……」
ただ魔法剣を飛ばしているだけのメリアと、動き回っている二人とでは労力に差がありすぎる。動きが鈍れば鈍るほど致命的な隙を突かれる。サポートしたい。でもできない。力不足もこの戦いでの要因だがそれよりもあまりにダミーが強すぎるのだ。
彼らはなぜここまで力を手に入れたにも関わらず殺しに徹するのか理解できない。戦闘スキルも、加護も並外れた特別感を感じる。一体一体に個性があって違いがある。だが、求めるものは変わらない。
それだけがダミーたちの唯一の隙なのだ。
「はぁっ……」
激しい攻めのダミー。マリアが全て受けられている事が奇跡なほど激しい攻撃。三体に纏わりつかれ反撃もできない様子。彼女の変わりに魔法剣が一体を減らしさらに一体と削っていく。ダミーが減るとそのままの動きで強烈な一撃を振るう。それはどこか焦りを感じさせ、冷静さを欠いていた。
初めてダミー一体を破壊した瞬間だった。しかしマリアの表情は曇ったままでミリアナに視線を向ける。
ミリアナは地形を利用して巧みに数を操っている。彼女のサポートは最低限で留まっていた。あわよくば同士討ちを利用して体力を温存しているようにも思えた。
「なんでっ……」
食いしばる彼女へダミーが光を放つ。反応は遅れなかったが力の加減を間違えた。力の込めた斬撃がミリアナの方へ飛んでしまう。
「いっ!?」
彼女の頬を掠め、ダミーの体を斬り裂く。結果としてダミーを破壊したがかなり危なかった。
「なにしてるんですか。ここで初歩的なミスをしないでください」
「わかってる!」
言われなくても分かっていることだ。ただ焦りがそうさせているのだ。
「ガッガガガ!」
油断した彼女に刃。メリアが即座にカバーし、大事にはいたらなかった。マリアの視野が狭まっている。メリアがそう感じた時には、彼女の熱くなった感情は既に取り返しのつかないことになっていた。
「どうやら防御力はあまりないようです。全身に衝撃を加えると簡単に壊れてくれます。魔法剣が弱点なのがようやく理解できました」
魔法剣は接触時に剣に込められた魔力を一気にぶつける。それが簡単に全身を巡るためダミーからすれば死神の鎌なのだ。しかしそれをただの剣一つで再現するのは難しい。二人が苦戦するのも無理はない。
少し時間が経つとメリアの前にはもうダミーはいなかった。押し寄せる波をなんとか掻き消した。あとは二人を追いかけているダミーのみ。ミリアナは剣をダミーに突き刺し、魔力を爆発させることで綺麗に破壊した。
「条件はありますがうまく噛み合ったようですね。マリアさんの方は……」
青白い光線が森を切り拓いた。アーク光のような激しい音ダミーは蒸発させる。地面に転がっていた残骸もまとめて消し去る。
そんな大技を放ったのはマリアだった。
「はあ……はあ……」
明らかに疲弊している。
「なんとか守りきれました……」
押し寄せる波はメリアの奮闘あってか落ち着きを取り戻す。もうかなりの数を斬り伏せた。
息も絶え絶え。魔力の消費は気にすることはないが一度にこれだけの魔法剣を生み出したのは初めてだ。
「ありがとうメリアちゃん。悔しいけど、私足手まといだった」
実力不足はこの戦いでは誤差に等しい。本質的なのは集団を相手にする経験だ。だから彼女はダミーと戦って理解した。自分が強くなったと感じていたのは経験をしてこなかったからだと。メリアが魔法剣を持っていなかったら今ここで死んでいたかもしれない。
それが悔しくて顔を他人に見せられない。今はあの人形の顔が憎くて堪らない。複数という数の暴力で自身の実力を低くされる。
「落ち着いて捌いていけばなんとかなりそうです。マリアさんはよくやっていますよ」
経験の多いメリアに言われても恥ずかしくなるだけだ。マリアはその言葉を素直に受け止められなかった。
「まだやれるはず……」
虚勢だ。本当は体力に限界が来ている。震える手を残った力を使って無理に抑え込んでいるのだ。意味のない行動で無駄な消耗。その行動がより一層彼女を焦らせる。
いつしか自身に打ち付ける雨の存在を忘れる。木の根本からだいぶ離れた距離。冷たい雨を受けることに気がついたのはミリアナの顔を見たときだ。
「何してるんですか。そんなんじゃ風邪引きますよ?」
「……ごめんぼうっとしてた」
木の陰に隠れる。それでも直接打ち付ける雨を防いだだけで、濡れることに変わりはない。
雨の勢いは少し収まってきているようだ。それを確認した彼女は簡単な火属性の魔法で暖を取ることにした。魔力にはまだまだ余裕はあるが、無理に動かした体が魔力で沁みる。
それを見たミリアナも魔法で暖を取る。
「不思議なこともあるのですね。ここにいる三人が火の属性に恵まれているなんて」
メリアも手に炎を浮かばせる。不思議な縁に気が緩んだのかつい笑みが溢れる。
「ミリアナが火に適正があるとは思わなかった。てっきり基本だけかと……」
「私は基本とあわせて三つです。火だけある分まだマシな方ですから」
才能の種など開花した後に手入れをしなければ直ぐに腐る。持つだけなら三つのほうが丁度いいのだ。
「……レインは基本だけだよ。だから雨に打たれて衰弱してないか不安」
「ウォシュレットで良かったじゃないですか。これで清潔ですね」
そんな冗談を言っているが、彼女もレインが心配で時折背後を気にしたりしている。
「今は動かないほうが無難でしょう。今倒した人形が全てとは限りませんから」
不気味な気配はいまだ晴れぬまま。ねりあめのような独特な魔力の気配は、周囲を取り囲んでいるようで睨まれている状態に近い。注意深く生きた生命体を探し出しているようなそんな気配だ。
「あの恐ろしい頭痛は来ていないですか……」
人生で一番ピンチな状況であるのにも関わらず、メリアの加護は自身の危険を知らせてくれない。ましてや周囲にいる誰にもフラグは立っていない。加護が万能であるかどうかは不明だがピンチを伝えるまでもないということだろうか。安心と不安が交互に押し寄せる。
「……空気が変わった?」
そんな突拍子もないことを言うのはマリア。相変わらず霧の濃さは変わっていない。向こうに何かがいるわけでもない。ただの勘だ。しかしその鋭い危機管理能力は間違っていなかった。
「またこの気配です。大量の気配がまたこちらに向かってきています」
息をつく暇などない。ラッシュがこれしきで終わるはずがないのだ。
「それにこの感じ……屋上での戦いを思い出します。間違いなくわたくしが追っていた魔物です」
魔法剣はどこからともなく突然現れ、大量に空気中を漂う。
「やっと黒幕の登場ですか。メリアちゃんが勝てなかったということは相当実力があると考えたほうがいいですね」
「加えて大量の人形……魔法剣がどれほど持ちこたえるのか不安です」
大量の気配は一つに合流しながらこちらへ接近。カタカタと行進の音が遠くからでも分かるぐらい多く集まっている。その集団の先頭に感じる気配は屋上の時のダミー。
「厳しくなりそうです」
メリアが覚悟を決めた瞬間、霧のカーテンから顔が覗いた。
「ひっ……」
ツギハギしたような醜く崩壊した顔。デロンデロンに皮膚が爛れぎこちなく動くダミーに恐怖以外の感情が湧くだろうか。ミリアナはおぞましい姿に声を出して視線を逸らした。
「ギ、ギギギ……お前はあの時の魔法剣」
機械と人間の声が組み合わさったような声。皮を被り、人間としての機能を搭載しているようだが、不完全な部分が多くお世辞にも人とは呼べない見た目をしている。
「……混じった声ですが、その顔の特徴と立ち振舞いは彼女ですね。本当に酷い……御伽噺のように本当に人に化けるなんて」
「ギギ、化ける? そんな安っぽいものじゃない。私は本物だ。記憶と声、顔は本人のもの。だって新鮮な皮を被ったんだ、それでやっと人間になれたんだ。偽物だなんて許さない。それは私という人間に対して失礼」
「意味が分かりません。彼女は寮にて壮絶な死を遂げました。その存在は認めて良いはずがありません」
メリアは首のない状態で発見された女子生徒に面識があったようだ。詳しくは語っていないが相当腹を立てている。
「なんでなんで? 私たちとあなたたちどこが違うの? なんで認めてくれないの?」
優しい声でそう問われ、意識が煮え滾るのが分かる。その声に憤怒したわけじゃない、言葉に怒りを感じたわけではない。ただ生徒の皮を被って真似をしているだけの人形が気に食わなかったのだ。人の人生を奪ってまで自分の人生にしたがる醜い態度が。
「認めません。あなたは偽物です。あなたの人生なんて興味も沸かない。奪う行為は等しく悪なのです。ですからあなたが何者でもその人にはなれないのです」
「が……がが、そんなこと言うんだ。あ、そう。私たち失敗作の気持ちも考えられないんだ。人になれなかった私たちを。いいよいいよ。人間って所詮自分たちの利益しか考えないから。理解できないならせめてこの子たちの皮になってあげてよ」
ダミーは首を90度直角に曲げて自身の腕を外す。そこからは赤々しい血濡れた刃が現れる。
「無駄なく使ってあげるから」
静止していた周りのダミーたちが一斉に動き見せ始めた。
「まずい……」
マリアは完全に体力切れを起こしてまともに動ける状態ではない。ミリアナもさっきのようには動けない。
「意地の見せ所です。お二人ともわたくしを置いてレインくんを探しに行ってください」
何を思ったのか彼女は二人を守るように立ち塞がる。
「メリアちゃん、それは流石に──」
「マリアさん、足が震えていては踏ん張ることはできません。ここはわたくしにお任せください」
今のマリアに剣を振るう力はない。
「もしもの事があれば私たちでは責任を取る事ができない。一緒に戦わせて!」
「責任なんて感じなくて良いんです。既に見捨てられた貴族なのですから」
「そんなこと……」
「マリア、そこに正解はないです。今の私たちじゃ足手まといにしかなりません」
ミリアナは鼻から流血していた。
「ミリアナそれ……」
加護による副作用。彼女は状況を理解したのではなく、加護がその道しか示してくれなかった。残って戦えるのなら彼女だってそうしたはず。
「ここを立ち去るのが今回の正規ルートです」
それを聞いたマリアは悔しくて唇を噛み締めた。ついさっき親しくなった友人を戦地に置くことはできない。守ることを放棄するのは弱者しかしない行為なのだから。自分は強くありたい彼女にとって、誰も守ることのできない自分はいらないのだ。
「ガギギギギギギ……」
決断できない彼女にダミーの魔の手が伸びる。それを貫く赤いツルギ。
「ここは大丈夫です。さあ、行ってください」
「できないよお」
子供のように我儘を言う。その瞳には涙を堪えているのか潤んでいた。
「仕方ないです」
マリアの態度を見かねたミリアナは彼女の腰に手を回すとそのまま担いだ。
「なんでっ……ミリアナ、待って!」
暴れようとするも体が思うように動かない。ミリアナは何も言わずにメリアを背中に走り出す。叫ぶ彼女の声は次第に雨の中に消えていく。
「お別れはこれで終わり?」
「別れではありませんよ。わたくしは勝つためにここに残ったのです」
小賢しいダミーが二人のあとを追いかけようとするが……。
「ギィィ!?」
彼女の魔法剣がそれを許さない。
「絶対に追わせはしません。貴方がたはここで朽ち果ててもらいます」




