110.大爆発
「皆さん……」
弱々しい声だ。精一杯の笑顔で話そうとしているが無理はしないで欲しい。
「何があったんですか?」
「ちょっと、しくじりまして……魔力切れです」
かなりの魔力量を保持しているメリアが魔力切れになるとは。僕の少ない魔力を分けてあげよう。
「すみません。お手数おかけしました。このまま誰にも発見されなければ死んでしまっていたかもしれません。助かりました」
正常に回復を始めたようで弱々しい声に生気が戻る。
「な、何があったんでしょうか?」
初対面のミリアナが質問する。
「人型の魔物と戦闘していました。屋上で膨大な気配を感じて急いで医務室から駆け出したんです」
「人型?」
「正確に言えば盗賊のような人間でしょう。二人の女子生徒を担いでどこかへ連れ去っていました。顔は何かに覆われていて視認できませんでしたので不明です」
人型の魔物と形容したのはなんだったのだろう。
「ですがあれは人ではないような気がしました。複数の加護に機械的な声を発して……まるで人を型どった魔道具のようでした」
その特徴に当てはまるのはダミー人形しかいない。しかし奴らは集団には絶対に近寄らない。100を超える生徒の中に入ることすらできない。
入れるとすると人間の皮を被ったダミー人形だけ……。あ、そう言えば首斬死体になった生徒がいたんだっけ?
「初めて聞きますね」
ダミーの容姿はほとんどの人が見たことがないだろう。情報を持ち帰る人がいないから。
「攫われた生徒はどうなったのかわかりません。聖騎士団が追っていると良いのですが」
「多分ですが把握していないと思います。14人いなくなっても朝まで騒ぎになっていないので」
「大変なことになりましたね。わたくしがあそこで仕留めることができれば被害は抑えられたのかもしれません」
自分の失態を責めるが、ダミー人形相手に殺されなかっただけでも十分に凄い。
「魔力が万全になり次第追いかけるつもりです。聖騎士団にはこの事は秘密にしててください」
「自分を責めないでください。一人で行くのは危険過ぎます。せめて仲間を連れていきましょう」
「今のわたくしには頼れる仲間がいません。貴族の方々は信用できませんから」
治療中に貴族クラスで何かあったようだ。
「それでも一人は危険です」
「──あなたはセリア様と似たようなことを言いますね。容姿も酷似していて、魔力の雰囲気もどこか近しい。一瞬、諦めようかと思ったんですが……あなたはセリア様ではない」
「むむ……だったら私たちも連れて行ってください。戦力にはなると思います」
荒事にはとことん突っ込みたくなるのはマリアの悪い癖だ。初めからついていく気満々だったくせに。
「嬉しいお誘いです。ですがわたくし個人の身勝手に付き合わせるのは悪い気がします」
「そうですか。ではこの事は聖騎士団に情報提供という形でお伝えしなければなりません」
残念そうな表情を作る。貴族相手によくこんな賭けにでられるな。
「ふふ……度胸もあの方と一緒ということですか。保険をかけて伝えたのは間違えでしたね。……わかりました、丁度魔法剣と接続できそうなので何かあればお守りいたします」
「あ、ありがとうございます」
「ですが危険だと判断したら直ぐに撤退させます」
「はい!」
勝手に話が進んでしまった。多分これ僕たちも入っているよね?
「レインくんとあとは……」
「ミリアナです」
「ミリアナさんは無茶しないでくださいね。とくにレインくんは魔力量が少ないので」
「あ、はい」
まあこのメンバーなら無事に帰ってこられる。ミリアナを連れている時点で安全に帰ってこられるだろう。
「ミリアナ、大丈夫そう?」
念の為彼女の加護に変化はあるか確認しておく。
「特に変化はありません。体調も普通です」
死ぬようなことは起きないようだ。
「恐らく本日は講義自体なくなりそうです。そうなれば聖騎士団に怪しまれることなく学園外にでる事ができます」
警備の強化である程度制限はされるだろうが、それでも完全な拘束はできない。
「本日中に解決できればよいのですが……」
ただし心配をさせたくないのなら門限までは必ず帰らなければならない。
「ひとまず医務室に戻りましょう」
詳しい話はそこで行うことにしよう。
「そうですね」
それに医務室にいなかったらフレイグセンセーに怒られそうだ。
◇◇◇◇◇
メリアの予想通り、今日の講義は中止となった。聖騎士団の集合会議と事件解決へ全力を尽くすようで生徒たちは休日を与えられた。
特に学園外に出ることは制限されておらず、門限までに必ず帰って来れば良いとのこと。
「聖騎士は大慌てです。警備の意味がなかったんじゃプライドが傷つきますもんね」
メリアの魔力が回復するまでの間、僕とミリアナは校内を散歩することにした。
「攫われたのが僕じゃなくて良かったよ」
ぶっちゃけ爆睡してたから昨夜に何が起きたのかわからなかった。
「私もです」
そんな感じで雑談を広げていると、人気のない校舎裏でクルスとフェンが抱き合っているのを目撃した。
「野蛮ですね」
彼女は静かに貶した。
「ねえクルス。あたしまだ諦めきれないの」
「なにを?」
暇だった僕たちは悪い顔をして二人の会話を盗み聞くことにした。からかうネタはいくらあっての腐らないからね。
「宝石採集。あの時は方角間違えちゃってたけど、今なら見つけられる気がするの……」
「危ないよ」
「でもクルスがいれば安心でしょ? ちゃんとあたしを守ってくれる」
「フェン……」
ここからは様子を確認できないが、恐らくチュッチュしているのだと思われる。
ミリアナは笑うのを必死に堪えながら二人を小馬鹿にする。
「校舎裏で……くふっ……!」
「このままおっぱじめたらやばいぞ」
頼む、18禁になるのは避けてくれ。
「だからね、今日の休みを使って宝石取りに行きたいの。だめ?」
「わかったよ。フェンのためなら何だってする」
「いいの!? やったわ! じゃあ今からでもいきましょう。行きだけでかなり時間かかりそうだから」
二人の声が遠ざかる。残念だ、安易な気持ちで西の森に入るとは。
「宝石を取りに行くとはどういうことなんでしょう? あの二人いつの間にか結婚したんですか?」
「多分違う」
「それにしてもとんでもないバカップルが誕生しましたね」
「それに関しては僕もそう思う」
西の森は普通にバカである。まったく、安心して成仏してくれ。この世は賢いやつだけが勝利するのだから。
「ん……?」
いや、なんだろうこの偶然は……?
最近やたら西の森だとか、未開拓地だとかそれ関係の話しかでてこない。ついさっきのメリアの話もそうだ。もしかするとこれから向かう場所は未開拓地の可能性だってある。
「どうかしたんですか?」
「ふと思ったことがあって。オルンジジュースとリンドウジュース、どっちが人気なのかなって」
全然関係ない話である。
「私は圧倒的にグロープジュースです」
この世界の果物の名前どうなっているんだ。多分ぶどうみたいなやつだと思うけど。
「甘酸っぱいのがいいよねー」
「ですです、あの二人みたいに甘々な味は胃が疲れそうですもん。ああいう奴らはみんな爆発すれば良いんです」
「あはは……」
自爆寸前の爆弾が一番おもしろい……とは口には出さないでおこう。




