105.犠牲となった者
「今の戦力じゃこの森を攻略する難易度は高いか」
連続戦闘は避けられないこともある。それ故に未開拓地というのはいつまで経っても攻略することができない。
ハードな戦闘が続く可能性がある危険地帯。力試しするにはあまりにも無謀な場所であるが資源が豊富。夢を見た冒険者や商人がこの地を訪れるのは珍しい話ではない。
それにそこは周囲に魔物全くいない。迷いやすい道でもなければ、気候が激しく変わるわけでもない。
しかし帰ってくれるのは運が良かった者たちだけ。その運が良かった者たちでさえ本物であるかどうかすら分からない。
「死体……首があるから単に殺されただけか」
木の根元に転がる一つの死体。まだ真新しい。血は乾いているものの腐敗は全く進んでいない。死後数時間と言ったところだな。
彼の手には貴重な宝石が握られていた。良質な魔道具を作るためには必要なものである。
装備から見るに冒険者の一人だろう。すべてに絶望しきったような表情で死んでいる。近くに仲間の死体でもあるのだろうか。
「首無しの死体。女性か……なるほど」
やはり女性が狙われやすい傾向にある。先ほどの冒険者も彼女の死を間近で見てしまったのだろう。首を斬られこと切れる瞬間を。
「銀のネームプレート。4人のパーティー腕前はB相当と言ったところか。パーティーでも太刀打ちできないほど進化を遂げたのか」
前に潰した生産機が活動を再開したのだろうか。それにしても良質な機能を持っている。ほとんどが失敗作だけど。
「今は女の身体である僕は最優先で狙われるだろうね。集団に囲まれでもしたらやばそうだ」
夢の未開拓地へ侵入してもう2時間以上は経つ。かなり奥深くまで入ってきたがダミーとの遭遇は一度もない。不自然なぐらい遭遇していない。
……そもそも冒険者がこんなところまで無傷でいられるのもおかしい。まるでここで初めて接敵して殺されたようだ。
西の森ですらダミーと出会う可能性がある。
「運が良かったのかな?」
冒険者が宝石を手に入れていることから洞窟に入っているはず……。
近くを見ると小さな洞窟があった。彼らはあそこで拾ってここで殺された。となると洞窟で待ち伏せていたダミーに殺されたのだろう。
「気配はなし、特段危険視する理由はない」
ここを訪れた冒険者が柱になってくれたからスムーズに入ることができた。洞窟の中は圧巻するほど自然で満ちあふれていた。
魔素の濃度も非常に濃ゆい。一歩踏み出すごとに地面の結晶が割れる音がする。これは宝石になれなかった鉱物たちの残骸だ。
綺麗なものは壁に埋もれてたりする。
「赤色……安物だね」
宝石の中では質も悪く、魔素も取り込めない。それでも他より質が悪いだけで使えないことはない。
「でも荷物を圧迫するし持ち帰らないよ」
色が極端に澄んでいるものが良質、色を透過しないものほど良質。どれも中途半端なやつは安物だ。
「放出剣にはそのどちらも必要だから見つけ出せるまで帰れないぞ」
それぞれ2つ以上必要である。
「……お」
見逃しなく歩いていると血の跡を見つけた。当たり前だが既に乾いている。辿ると奥深くまで続いている。
出血した状態から洞窟の奥深くまで潜ったとは考えにくい。この血の痕跡を作ったのはダミーだな。
おそらく奥に人が倒れていると思う。
「やっぱりいた」
先ほどの冒険者と同じ色をしたプレートだ。血だらけだがパーティー名も同じ。しかし死体の損傷が激しい。
頭は顎から下が欠けて、両腕は吹き飛んでいる。下半身はついていないどころかミンチである。
魔素にやられて随分と分解が進んでいる。結晶化もしてるしいずれこの死体は宝石に変わるだろう。
「その時はもう生きてないけど」
彼が大事に抱えていたドス黒い宝石は良質だ。残念だけど持ち帰ってしまおう。
4人居るはずだからあと1人がどこかにいるな。その1人が宝石持ってたらいいんだけど。
「もう少し奥まで進んでみるか」
しばらく探索すると微かに魔力反応がある道を見つけた。魔力の質的にダミーではない。だが逆に生体反応があるのもおかしい。
「……いた」
3人目の死体を見つけて数十分後、最後の冒険者を見つけた。出血は止まっているようだが意識はない。まだ息のある生存者、しかし脈が弱い。
ネームプレートは先ほどの冒険者のもので間違いない。
「この場で安らかに死ぬのがいいのかもしれない。生き残っても仲間はそこにはいない」
彼女の持っていた宝石だけを拝借してここは去らせてもらおうかな──。
「ぅぅ……」
瀕死の冒険者に腕を掴まれた。
「聞こえるの?」
返事はない。ただ奪おうとした宝石を取り返そうとしているだけだ。
それを持ち帰る場所も仲間もいないのに。
「ぅぅ……」
離してくれそうにないな。時間切れまで待つのは面倒だ。仕方ないから彼女の体ごと回収させてもらおう。
傷口を全て塞いだ後に魔力を分け与える。こうすれば自然と体内が再生を始める。
「ぁぁ……」
一応必要数宝石は集まった。ただ彼女を背負ったままこの森を脱出するのは自殺行為だ。せっかく助けた人間を置いて行くわけにもいかないし。
「そう言えばこの近くに魔女の家があったっけ?」
5年前に出会ったロリっ子魔女。流石に死んではないだろうけど、家が残っているなら彼女が目覚めるまでそこに居候させてもらおう。
帰り道に亡くなった冒険者のネームプレートを回収した後に、僕は記憶を頼って魔女の家に向かう。
懐かしい気分は半分ほどあるが行きたくない気持ちも半分ある。
「ダミーの気配……」
既にこちらに気づいているようだ。
「ギギギギ……!」
「真っ直ぐ飛び込んでくるだけならありがたいね」
品のない噛みつき。僕は容赦なく顔面に蹴りを叩き込んだ。
「ギギガガ……」
一撃で動かなくなった。よく見ると旧式のダミーのようだ。
「これは正真正銘生き残りのダミーだ」
今となっては珍しい過去の遺産。
新型と比べるとコアに質の悪い宝石を使っていること。完全なる量産型ダミーである。
「また新しいやつが研究所を支配したのかな? 面倒事になる前に早めに倒したほうがいいのかもしれないな」
そうこう言っているうちに見覚えのある建造物を発見する。探知を使うのはやめておこう。逆探知されると気まずくなるし。
僕は家から離れた場所で棒立ちして彼女が出てくるのを待つ。ノックするという手もあるが、ここには普段人間は来ない。ノックすると驚かせてしまうだろう。
まだ開かない。
「寝てるのかな?」
魔力感知で存在に気がついていると思うけど……気づいてない可能性を考慮してちょっと存在感アピールしよう。
魔力を放出し存在感をアピールするが部屋から物音すら聞こえない。生体反応は二つある。絶対にいるはずだが何故だろう。
埒が明かないのでノックすることに。
「アリアス僕だよ。人を抱えてるんだ、開けて欲しい」
すると部屋の中からガタッと物音が聞こえる。
「扉から離れてください!」
懐かしい声だ。だがかなり警戒されている。まあ無理もない。ここは大人しく指示に従って距離を取る。
その瞬間、杖を突き出したアリアスが現れる。それは僕の方に向いていていつでも攻撃できるようにしているらしい。
「人間……よかったです。懐かしい魔力に油断しそうになりましたけど、なんとか……」
昔と姿が変わらないままの彼女。
「その姿、女体化の秘薬を使用したのですね」
この姿に関して詳しく説明する必要はないみたいだ。僕が知る限り、最も魔力の扱いや知能などに優れている人物だ。
ただし、戦闘面は怪しい。
「お久しぶりです。アクトウ様。5年ぶりぐらいですかね」
「まだその名前で呼んでるんだ。今はドンを名乗っているよ」
仮面を付けてはいるものの、普通に名乗る。彼女が正体をバラすメリットはないだろう。
問題は……。
「ドン!? あの闇ギルドの支配人……だよな? なぜこんなところに!?」
僕を知っている人間がいることである。
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