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1.いつだって軟弱なのは脳である

『依頼は受けてやる。ただし金貨10枚だ』


 映し出される映像は古い映画。


 名前は知らない。


 この映像を初めて見たのが物心ついたときだ。


『なに、誰かを殺してほしいって? お安い御用さ』


 僕は映像に映る強面の男を真剣に見る。


 この男は裏社会の権力者……すなわちマフィアのドンということ。白黒の映像に映る葉巻がドンのカッコよさを引き立てる。


『貴族を殺すだってか? そりゃあお前さん……それだけの金持ってんだよなあ?』


「カッコいい……」


 どう考えたってカッコよすぎる。渋顔に深い彫りのある顔。そしてセリフ。


「ただし金貨10枚……だ」


 僕は幼いながらに悪の道へ憧れを抱いた。そのカッコよさ故に。


 誰もがそれはないだろうとか、子どもにしては道を外すのが早すぎるとか様々な意見が飛び交う……と思う。


『なんで俺がこんな事してるかだって?』


 映像の男は堂々とした趣きでソファーに構える。


 僕もドンの前をして深々とソファーに座る。僕にも悪の道に憧れる理由があるのだ。


 それは……。


『世界を変えてぇって思ったからだ』


 その後にドンは「それ以外にあるかよ」と付け加えた。


 そう、僕は世界を変えたい。


 いやっ! 世界に影響する人間になりたいとそう考えたのだ。


 世界に影響を与える人間……すなわち権力者。それも裏の権力者だ。だが権力だけあっても意味はない。


 色々な汚れ仕事や過激な仕事、汚職政治に関する仕事など、何でもできるような度胸と肉体を手に入れなければならない。


 誰かに守ってもらう権力者などただの役者にすぎない。それは真の実力を隠すときにしか必要ない。


 しかし、ただの役者でも相当な知識と力が必要である。何も考えず実行するだけなら無料(タダ)であるからだ。そこにリスクとリターンを見いだしてこそ真の役者と言える。


 うまく演技できればの話であるが。


 権力、知力、筋力……その全てを手に入れなければ世界を変えることはできないのだ。


 それに偽善や正義感だけでも世界は変えられない。悪に染り、目標に対して躊躇(ためら)わないことが必要不可欠だ。


 ただ……悪と言ってもチンピラの端くれのようなものは絶対に許さない。ドンのようなマフィアこそ正しい。


 それにマフィアになりそこなった半端な人間をカッコいいと言えるのだろうか。


 答えは──否。


 僕の目指したものにそんな半端な妥協は許されない。


『俺がどうやってここに上り詰めたかだって? そりゃあお前……まずは筋トレだよ』


 ドンの言うように初めは筋トレを頑張らないと立派な支配者、もとい世界を変える人間にはなれないのだ。


 うむ、彼が言うんだから間違いない。


 ヒョロヒョロなマフィアが支配者になれるはずがないのだ。よって僕は憧れに向かって毎日筋トレの日々を歩むことになった。


 家族、恋人、友人……ありとあらゆる無駄な時間を僕は全て筋トレに費やした。対人関係をしていては自己研磨に割く時間が足りない。


 人を見ている暇があるのなら筋トレをしろ。それがドンの教えだった。


『友人関係など後で取り戻せる。大切なのは努力を裏切る奴と付き合わねぇってこった』


 人間は裏切る。


 しかしいつの日でも筋肉は裏切らない。ジムにいるマッチョが筋肉を愛して止まない理由もここに詰まっていた。どれだけ愛のムチで筋肉を傷付けようと、いつでも筋肉は側にいた。


 ──家族は筋肉。


 ──恋人も筋肉。


 ──友人も筋肉。


 これでいいじゃないか。


 そうして僕はドンの教えを元に筋トレしまくった。




 ◇◇◇◇




 時の実りは残酷なものだ。気づいたら高校3年生。僕はろくに友達も作らずに執着するように筋トレに励んだ。


 お陰で僕の周りには人間は寄ってこない。


 完全にクラスから孤立した状態だ。だがそれでも関係ない。


 ──ムネチカという大胸筋。


 ──ニトウという上腕二頭筋。


 ──ライデンという大臀筋。


 それぞれ色々なお友達がいるからだ。多分僕より友達が多い人は世界を探してもどこにもいないだろう。


 それほど自慢できる友達ができたんだ。話せなくたっていい。僕には誰よりも密接に繋がっている友達がいるからだ。


「ベンチ250kg……世界には20kgと程遠いが確実に成長している」


 その他、世界記録に近い重量を上げれるようになったが記録を打ち破ることなんてことはできなかった。


 (しん)に筋肉を愛している者は並ならぬ努力をしている。僕も負けてられないな。


「おっと……筋肉が痙攣だ、成長を感じる……」


 それほど頑張った。だけど見返りはなんにもなかった。


 体育座りすらできないほど膨れ上がった体。


 学校でのあだ名は──霊長類の結晶……とか呼ばれてる。


 裏ではゴリラなんて呼ばれてるし、さらにゴリラだからって短小とか呼ばれている。男が短小であれば示しがつかないだろう。


 ちなみにしっかりと日本男児平均以上はある。


 とまあそんな話はどうでもいいのだ。今話をしているのは僕が支配者になれるかどうかの話だ。権力もないし知力もほどほど、筋力さえどうにかなれば先は見えてくる……と。


「ふぅ……」


 今日の筋トレは終わり。汗を流して制服を身にまといジムを出る。こんな日課を過ごしているんだが僕にはどうも不安になる点がいくつもある。


 それは活動場所をどこにするかだ。


 日本で裏社会を支配するとかロマンの塊ではあるものの難易度は……未知数。


 そもそもやることは暗殺や汚れ仕事の類だ。今の日本にそれが必要なのかと言われたらノー……いやイエスかもしれない。


 つまりだ……憧れを持つところまでは良かったのだ。でも実現できるのかという点で僕は迷っていた。


 はじめの一歩はどうすればいいのだろう。進路調査で進路を決める時に提出したあの紙……直ぐに破り捨てられたがやはり不可能なのだろうか?


「うーん、いったいどうすれば……」


 すると僕の背後で叫ぶ声が聞こえる。


「君、危ないぞ!」


 後ろを振り返るとビジネスマン風の男が慌てた様子で僕に叫んでいた。


 その時僕の筋肉は言った。


 ──トラックが来ている!


「なっ!?」


 考え事をしていて歩いていたからだ。見るからに轢かれたら一発アウトの大型トラック。


 僕の筋肉は即座に防御態勢に移行していた。


 しかし思うように力が出ない。


「しまった! 筋トレのしすぎだ!」


 そして僕と大型トラックは衝突して激しい衝撃と音が響く。


 しかし僕は防御態勢のままアスファルトを抉りながら耐えてみせた。


 大型トラックは僕を轢いた反動でその場に止まり、僕は数メートル飛ばされるだけで済んだ。


 犠牲になったのはトラックのバンパー部分とフロントガラス。運転手が心配であるがそれよりもアスファルトの抉れ具合だ。


 僕の足の跡に続いて抉れている。


「ふぅ……ふぅ……」


 この道路は補修しないといけないだろう。だが誰も死ななかった。よかった。


「き、君大丈夫かい!?」


 トラック運転手も無事なようでなによりだ。僕も骨折などしていないようで本当に……。


「大丈夫です。ただ筋トレの後だったので少々胸にキました。後でご褒美を上げないといけません」


「は、はあ……」


 少しヒヤッとしたが僕の筋肉は最強だということが証明できた。たまたま轢かれたから良かったけどこれをやろうとするなら相当な勇気がいる。


 僕は大丈夫アピールをして歩道に戻ろうとした。


 いくら双方が無事でも事故処理と言うものはしなくちゃいけないもの。いったんトラックのドライバーには連絡先を貰って……。


「しまっ──」


 その瞬間僕はアスファルトの凹みに躓きバランスを崩して頭を強打する。歩道の出っ張った部分に後頭部を打ち付けてしまったのだ。


「く、くそ……意識が……遠のく……」


 おそらくこれはヤバイ奴だ。運が良くても後遺症確定の打ちどころの悪さ。


「こんなところで……」


 僕には二つのミスがあった。


 一つ目は足元をよく見なかったこと。


 二つ目は脳みそを鍛え忘れたことだった。


 後悔してももう遅い。どうやら筋肉の神様が僕を迎えに来たようだ。


 じんわり頭が暖かく……筋……肉……。

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ただの筋肉バカになってんじゃねえか!
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