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出会いと別れと旅

王都近郊の廃墟――


リリィは薄れゆく意識の中、かすかに歌声を思い出していた。クララがよく聞かせてくれた穏やかな歌、風や川のせせらぎ、そして時折通り過ぎる吟遊詩人の鼻歌。それが今では遠い昔のように感じられ、耳にはただ冷たい風の音しか聞こえない。彼女の目は、クララのかけた魔法によって閉ざされていたが、空腹と疲労でそれさえも感じる余裕がなくなっていた。


リリィ

「クララ……どこ……?」


震える声で彼女は呟いた。だが、返事はない。クララのぬくもりを感じられなくなってから、もうどれほどの時間が経ったのかもわからない。彼女は、弱った体を抱え、暗闇の中で一人ぼっちになったことに気づく。


――その時、遠くから足音が近づいてきた。


騎士団二番隊――


廃墟と化した街に、ダリルとその部下たちが到着した。瓦礫が散乱し、建物は崩れ落ち、かつてこの場所に人が住んでいた痕跡だけが残っている。街には不気味な静けさが広がっていた。


ミケル

「なんもねえっすね、アニキ。無事なやつは誰もいないみたいだし、早いとこ帰りましょうよ。腹減って仕方ないっす。」


ダリルは周囲の異様な静けさに目を細めた。瓦礫の中に何かが潜んでいるかもしれない、そう感じ取っていた。


ダリル

「まだ生き残りがいるかもしれん。全域をしっかり探せ。見逃しは許されん。」


ミケル

「はいはい、アニキには勝てねえっすねー。」


ミケルは軽く頭を掻きながら指示に従うが、その瞬間、ダリルの耳に微かな音が届いた。廃墟の一角から、かすかな息遣いが聞こえる――それは、まるで命の灯火が消えかけているかのような儚い音だった。ダリルの眉が一瞬動き、彼はその方向へとすぐに足を向けた。


廃れた家の瓦礫の下、彼は痩せ細った小さな身体を見つけた。瓦礫の一部をどけると、その中には幼い少女が横たわっていた。頬はこけ、服はボロボロで、息をしているかさえも怪しい。


ダリル

「まだ……息がある!」


少女の体は冷たく、もう限界が近いことがわかる。それでも、ダリルはすぐに声を張り上げた。


ダリル

「ミケル!こっちだ!早く来い!」


ミケルはのんびりとした足取りで近づいてきたが、少女を見た瞬間、その軽い態度が消えた。


ミケル

「その子……まさか……」


ダリル

「いいから、早く回復魔法を使え!」


焦るダリルの声に、ミケルは神聖魔法の詠唱を始めた。手をかざし、少女に向かって光を注ぐ。だが、その光は少女に届くことなく、彼女の命の灯は弱まっていくばかりだった。


ミケル

「アニキ……ダメっす。この子はもう……」

この子は、生きることを諦めている

ミケルは振り返り、ダリルに冷静な声で伝えようとしたが、ダリルの瞳は必死だった。


ダリル

「頼む……続けてくれ、ミケル!」


その言葉にミケルは驚いた。いつも冷静で頼れるダリルが、こんなにも必死な声を出すのは初めてだった。ミケルはその瞬間、彼の真剣な思いを感じ取り、自分にできることを全力でやろうと決意した。


ミケル

「わかりました、アニキ!俺がやります!」


再び手をかざし、今度はさらに強く神聖魔法を注ぎ込んだ。リリィの体は光に包まれるが、彼女の意識はもう限界に達していた。


リリィの内なる世界――


リリィの心の中では、すべてが静まり返っていた。もう、クララの温もりも感じられず、歌も聞こえない。彼女は暗闇の中で、自らの命が尽きていくのを受け入れようとしていた。


リリィ

「もういい……クララもいない、歌も聞こえない……これで終わりにしよう……」


だが、その時、遠くから誰かの声が聞こえた。


ダリル

「生きろ!お前はまだ生きられるんだ!」


その声は、彼女の意識をわずかに揺さぶった。薄れゆく意識の中、リリィの手がかすかに動く。その微かな動きを、ミケルは見逃さなかった。


ミケル

「いけます、アニキ!この子、まだ生きる気持ちを捨ててない!」


ミケルはさらに集中し、全力で魔法を注ぎ込んだ。ダリルはミケルの肩をしっかりと掴み、共に耐え続けた。


そして、三日三晩の戦いが続いた。ミケルは限界を超えて回復魔法を使い続け、ダリルは二人を守り、支え続けた。そして、ついにその努力が実を結び、リリィは一命を取り留めた。


ダリル

「よかった……ありがとう、ミケル……」


ミケルは疲れ切って地面に崩れ落ちたが、微笑みを浮かべていた。


ミケル

「俺……もうダメっす……アニキのために、できてよかった……」


ダリルは、目の前に倒れ込んだミケルを見て、心からの感謝を感じた。彼の手は優しくミケルの肩に置かれ、その温かさがミケルに伝わった。


リリィの命が救われた瞬間、ダリルとミケルの絆はさらに深まり、彼らは新たな仲間を迎え入れることになった。リリィの未来はまだ見えないが、確かに彼女は新たな一歩を踏み出したのだった。


廃墟の中――


ダリルは、倒れている少女を見つめながら、心の奥底で何かが動くのを感じていた。少女は痩せ細り、そのか弱い体は今にも崩れそうだった。近くに横たわっていた亡骸は、彼女の家族であったかもしれない。少女の目は見えず、彼女がここでどんなに苦しい日々を過ごしていたのか、ダリルには痛いほど伝わってきた。


彼は自分の過去、戦争孤児として過ごした苦しい日々を思い出し、目の前の少女の姿がかつての自分と重なった。あの時、自分を救ってくれたベルトとルシールのように、今度は自分が彼女を救わなければならない。彼は深く息を吐き、心の中で固く決意をした。


ダリル(心の声)

「この子を一人にさせるわけにはいかない。俺が、あの時両親が俺にしてくれたように……今度は俺が、この子の家族になるんだ。この子が幸せになれるように……」


ダリルは決意を固めると、リリィに向けて回復魔法をかけているミケルに声をかけた。彼の声は低く、しかし強い意志が込められていた。


ダリル

「ミケル、この子の目……治せるか?」


ミケルは魔法の光を手にかざしたまま、少し困ったような表情を浮かべて言った。


ミケル

「うーん、ちょっと難しいっすね……どうも闇族の固有魔法の影響みたいっすよ。」


ダリルはその言葉にうなずいた。彼の顔には一瞬の迷いもなかった。


ダリル

「そうか、わかった。」


ミケルは驚いて目を見開き、さらに質問を投げかけた。


ミケル

「わかったって……先輩、どうするんすか?」


ダリルは静かに少女を見つめ、その答えを簡潔に言い放った。


ダリル

「この子は俺が育てる。」


その言葉に、ミケルは驚きのあまり声を上げた。


ミケル

「え、えええっ!?マジっすか!?先輩が!?」


ダリルは短く「ああ」とだけ答え、静かにリリィを抱き上げた。その大きな手に包まれたリリィは、無意識のまま少しだけ体を反応させた。


ミケルは少女の顔を見ながら、再び口を開く。


ミケル

「お、目が覚めたみたいっすね。」


リリィは自分が誰かに抱えられていることを感じ、その大きくて暖かい手に触れて、かすかな安心感を覚えた。彼女はまだ視界がなく、何も見えなかったが、その手のぬくもりだけは感じ取れていた。力なく、彼女は小さな声を絞り出した。


リリィ

「……クララ……?」


ダリルは彼女の名前を知らず、彼女がどれほどの絶望の中にいるかもわからない。だが、彼はその小さな声に優しく答えた。


ダリル

「名前は?」


リリィは少し迷いながらも、自分の名前を口にした。


リリィ

「……リリィ……」


ダリルは静かにうなずき、その名前を繰り返した。


ダリル

「リリィか……いい名前だ。」


彼の声は穏やかで、まるで自分の娘に語りかけるかのようだった。彼はそのままリリィをしっかりと抱きかかえ、立ち上がった。少女の小さな体は軽く、今にも消えてしまいそうだったが、ダリルはその命の重さをしっかりと感じ取っていた。


騎士団の屋敷――


その日から、ダリルとリリィの新しい生活が始まった。ダリルは毎朝リリィを肩に乗せ、彼女を連れて騎士団へと出勤した。まだ幼いリリィは、ダリルの広い肩の上にちょこんと座り、その小さな体は彼の大きな背中に包まれていた。


騎士団内でも、リリィを肩車したまま歩くダリルの姿はすぐに注目の的となった。彼は昼食時にはリリィを膝に乗せて食べさせ、彼女が眠くなると自分のベッドに連れて行き、寝かしつけた。騎士団の仕事をこなしながらも、彼は常にリリィを気にかけ、その面倒を見続けた。


ある日、騎士団での業務中、リリィはダリルの肩に乗ったまま、いつの間にか眠ってしまった。彼の頭の上に小さな顎を乗せて、静かに寝息を立てている。ダリルはそれに気付かないまま、作業を続けていた。


ミケルがその様子を見て微笑みながら近づいてきた。


ミケル

「先輩、ちゃんと寝てますか?。」


ダリルは少しだけ上を見上げ、彼女がぐっすり眠っているのを確認してから静かに答えた。


ダリル

「ああ、そうみたいだな。」


ミケルはリリィの寝顔を見つめてから、ダリルの方を向き、次の言葉を発した。


ミケル

「いやいや、先輩が寝てますかって!最近休んでないじゃないですか!」


ダリルは少し首を傾げて困った表情を見せ、答えた。


ダリル

「まあ、気にするな。」


その時、騎士団の門が開き、フィーネが現れた。彼女はすぐにダリルに向かって大声で声をかけた。


フィーネ

「ダリル様!いい加減にしてください!一人で子育てなんて無理です!だから、私が……」


彼女は恥ずかしげもなく宣言した。


フィーネ

「私が、リリィちゃんのお母さんになります!」


その突然の申し出に、ミケルは呆れたようにため息をつき、肩をすくめた。


ミケル

「はぁ〜……しつこいっすね、ホントに。」


ダリルは首を傾げ、少し困惑した表情でフィーネに尋ねた。


ダリル

「お母さん?」


フィーネは顔を少し赤くしながら、気を取り直して話を続けた。


フィーネ

「だから!私が、あなたの妻になってあげますわ!」


ダリルは短く「大丈夫だ」とだけ答えた。彼のあっさりとした返答に、ミケルは必死で笑いを堪えたが、結局堪えきれずに笑い出してしまった。


ミケル

「ぷぷ〜!先輩、ウケますよそれ!」


すると、その笑い声でリリィが目を覚ました。彼女は寝ぼけながらも、ダリルの頭の上から静かに声を漏らした。


リリィ

「んあ……?」


フィーネはすかさずリリィに向かって声をかけた。


フィーネ

「ねぇ、リリィちゃん、お母さん欲しいよね?お母さんがいたら、もっと楽しいわよ?」


リリィは少し寝ぼけながらも、ダリルにしがみつき、はっきりと答えた。


リリィ

「ダリルがいるから、いらない。」


その言葉を聞いたミケルはついに笑いを堪えきれず、爆笑してしまった。


ミケル

「ぷぷふははは!最高だリリィちゃん!」


フィーネは顔を真っ赤にし、怒りを込めてミケルに向かって拳を振り上げた。


フィーネ

「黙りなさい、ミケル!」


ミケルはそのまま拳を受けて倒れ込み、リリィの無邪気な言葉とダリルの優しさが、騎士団に笑いと温もりをもたらした。リリィにとって、ダリルがいればもう何も怖いものはなかった。


リリィはダリルの膝に座りながら、彼が優しく差し出すスプーンを嬉しそうに口に運んでいた。彼女の小さな手が、ダリルの大きな手に触れるたびに安心感が広がり、心がほっこりと温かくなった。食事の度にこうしてダリルが一緒にいてくれることが、リリィにとっては特別な時間だった。


リリィ(心の声)

「ダリルのそばにいると、私も安心できる……。大好き……。」


リリィは鼻歌を歌いながら、ダリルに向かって微笑んだ。彼女の無邪気な笑顔は、ダリルにとっても何よりの癒しだった。


ダリル(心の声)

「リリィの笑顔を見ると、心が温かくなる……。俺も、リリィが大好きだ。」


ダリルはリリィの頭を優しく撫でた。その手の感触にリリィはほっとしたように目を閉じ、鼻歌の音はますます楽しそうに響いていった。


ダリル

「リリィ、よく食べてるな。偉いぞ。今日はもう少ししたら、街に出てみようか?」


リリィは口いっぱいに食べ物を頬張りながら、嬉しそうにうなずいた。彼女はいつも、ダリルと一緒に街を歩きながら、彼の説明を聞くのが楽しみだった。目は見えなくても、ダリルの声があれば、世界は彼女にとって生き生きと感じられた。


リリィ

「うん、行きたい!ダリルと一緒に、いっぱい歩こう!」


食事を終えた後、ダリルはリリィを肩に乗せ、外へと出た。風が彼女の頬に優しく触れると、リリィは少しだけ背筋を伸ばし、鼻歌を再開した。ダリルはその歌を聞きながら、街の風景を彼女に伝えるために、ゆっくりと歩き出した。


ダリル

「リリィ、今日はいい天気だよ。空は青くて、雲がゆっくり流れてる。さっき、鳥が大きな羽を広げて飛んでいたんだ。その音が風に混ざって聞こえただろう?」


リリィは目を閉じたまま、ダリルの声に耳を傾け、笑顔で答えた。


リリィ

「うん、聞こえた!鳥が羽ばたく音って、風と一緒に踊ってるみたいだね。」


ダリルはリリィのその想像力に感心しながら、さらに続けた。


ダリル

「あの角を曲がると、犬が飼い主のもとへ走って行くんだ。しっぽを振って、嬉しそうに飛び跳ねてる。」


リリィはその光景を頭の中で思い描き、さらに明るい声で答えた。


リリィ

「その犬、きっとすごく嬉しいんだね!私も、ダリルに撫でられると嬉しくて飛び跳ねたくなるよ!」


その言葉に、ダリルは笑いながら彼女の頭をそっと撫でた。


ダリル

「お前も撫でられると嬉しいか。じゃあ、もっと撫でてやるよ。」


ダリルの手が優しく彼女の髪を撫でると、リリィは幸せそうに目を閉じた。彼の温かさに包まれ、心の中は安心感で満たされていた。


二人は肩車のまま街を歩き続け、ダリルは市場の賑やかな様子や、広場で遊ぶ子供たちの姿をリリィに伝えていった。彼の説明を聞くたびに、リリィはまるでその光景を目の前で見ているかのように感じ、満足げに頷いた。


その日も、騎士団に戻ると、ダリルはリリィを膝に乗せて昼食を食べさせた。リリィは楽しそうに鼻歌を歌いながら、ダリルが差し出す食べ物を嬉しそうに口に運んだ。


リリィ(心の声)

「ダリルと一緒だと、どんなことも楽しい……。ダリル、大好き……。」


二人の間に流れる穏やかで温かな時間は、何にも代えがたいものだった。リリィにとってダリルは、世界のすべて。ダリルもまた、リリィがいることで毎日が豊かで幸せなものになっていた。


ダリルはリリィを抱えながら、王都の城内を歩いていた。彼の足取りはいつもより重く、これからの決断に対する責任の重さが全身にのしかかっていた。それでも、リリィをしっかりと抱きしめる彼の腕は少しも揺らぐことなく、力強く彼女を守るように包んでいた。


王の間に続く廊下は高く静かで、外の喧騒がまるで別世界のように感じられた。扉の前に立つと、フィンが待っていることがわかった。ダリルは深呼吸し、軽く扉を叩いてからゆっくりと開けた。


フィンが玉座の隣に立ち、彼の到着を待っていた。その表情はいつものように落ち着いていたが、どこか柔らかな微笑みが彼の口元に浮かんでいた。ダリルは一礼し、静かに近づいていった。リリィは、まだ眠っているのか、ダリルの胸にそっと寄り添っていた。


ダリル

「フィン様、俺は……リリィの家族になりました。」


ダリルの言葉ははっきりとしていたが、その声には深い感情がこもっていた。フィンはその言葉を聞き、しばしの沈黙の後、穏やかに頷いた。


フィン

「そうか。」


その一言には、全てを理解し、受け入れたような優しさが込められていた。ダリルはフィンの反応に少し安堵しながらも、次の言葉を慎重に選んで口にした。


ダリル

「リリィは目が見えません。でも、俺はリリィを幸せにすることが、俺の使命だと感じています。」


フィンは静かにダリルの言葉に耳を傾け、彼の顔をじっと見つめた。フィンの表情は変わらないが、その目はどこか憂いを帯びていた。彼はゆっくりと視線を落とし、再びダリルに目を向けた。


フィン

「そうだな、ダリル。お前なら、きっとリリィを幸せにできる。」


フィンはそう言ったが、その目には感情の揺れが見えた。彼は瞬時に涙が浮かびそうになるのを感じ、眉間にしわを寄せて少し俯いた。ダリルはその様子に気づかないふりをしながらも、自分の胸にある感謝の思いを伝えるべく、もう一度深く頭を下げた。


ダリル

「フィン様に推薦され、支えられてここまで来れたこと、本当に感謝しています。それは決して忘れません。」


その言葉がフィンの心に届いた瞬間、彼は涙をこらえきれなくなり、軽く目を閉じた。フィンは大きく息を吐き出し、涙が静かに頬を伝うのを感じたが、それでも表情は崩さなかった。


フィン

「そうか……。ふー」


フィンは深く息をつき、震える声をどうにか抑えながら、ダリルにさらに聞いた。


フィン

「これからどうするつもりだ?」


ダリルはしっかりとフィンの目を見て、心の中で決めていたことを静かに伝えた。


ダリル

「リリィには人の多い王都での生活は難しいと思います。それに、俺が彼女を騎士団に連れて行けば、皆に迷惑をかけるかもしれません。」


フィンはその言葉を聞いた瞬間、感情が抑えきれなくなり、再び涙が溢れそうになるのを感じた。彼は慌てて目をこすり、手で涙を拭った。


フィン

「……ぞ、そうか……。」


彼の声は震えていたが、どうにか冷静さを保とうとしていた。ダリルは続けて、心の中で決めていたことを伝える。


ダリル

「リリィが暮らしやすい場所と、彼女の目が見えるようになる手がかりを探すため、俺は王都を出る決意をしました。」


フィンはその言葉を聞いた瞬間、全身に力が抜け、溢れ出す感情を抑えきれずに涙を流した。ダリルはその様子に気づかぬふりをしながらも、彼の前で深く一礼した。


ダリル

「今まで本当にお世話になりました。感謝しています。」


フィンは涙を拭きながらも、力強く頷いた。そして、ダリルの肩に手を置き、その温かい手でしっかりと彼を握りしめた。


フィン

「お前は……本当にいい奴だ、ダリル。誰よりもお前は人を思いやり、守ってきた。俺は……お前を誇りに思う。」


その言葉に、ダリルは胸が熱くなり、フィンの言葉の重さを深く感じた。そして、フィンとの別れの時が近づいていることを改めて実感し、彼の目を真っ直ぐ見つめて力強く頷いた。


ダリル

「ありがとうございます。俺なんかを……。」


フィンはすぐに彼の言葉を遮った。


フィン

「お前は ‘なんか’ じゃない。リリィを育てる、それは立派なことだ。お前は決して下を向くな、ダリル。リリィちゃんのためにも、ずっと上を向いて進むんだ。それだけは、約束してくれ。」


その言葉に、ダリルは胸を強く打たれ、涙が込み上げてきそうになるのを必死に抑えながら深く頷いた。


ダリル

「はい、約束します。」


フィンは涙を浮かべながらも微笑み、二人は固く握手を交わした。その瞬間、二人の間に強い絆が再び確認された。


その日、ダリルはリリィを胸に抱き、王都を後にした。彼の心にはフィンとの友情と、リリィへの強い愛情が刻まれていた。


ダリルは、リリィの歌声がただの音楽以上の何かを持っていることに気づき始めた。彼が旅を続ける中で、彼女が口ずさむ歌には、自然に対して不可思議な影響を与える力があることを確信していた。特に目を引いたのは、彼女が歌うたびに周囲の風景が生き生きと変わる瞬間だった。


リリィが楽しそうに歩きながら、無邪気に歌を口ずさむその姿を見守るダリルは、その歌声が音だけでなく色を伴う光となって広がるのを、彼の特異な魔力の視覚で感じ取っていた。その光は鮮やかで美しく、まるで彼女の周りに生命を吹き込むかのように広がっていった。彼女が歌うと道端の草花が一斉に咲き、木々の葉が風に揺れる――それはまるで自然界が彼女の声に応えているかのようだった。


ある日、ダリルとリリィが森を歩いていると、リリィが少し遠くにある小川のせせらぎに合わせて歌い始めた。彼女の無邪気なメロディーに、森の中の小鳥たちが共鳴するように鳴き声を合わせ、空気が静かに揺れる。その瞬間、ダリルは彼の視界に広がる光の粒が、リリィの歌に反応してまるで踊るかのように集まり、彼女の周囲で美しい模様を描き始めるのを見た。


ダリル(心の声)

「ただの歌じゃない……これは……。」


彼は瞬時にその光景に息を呑んだ。リリィが歌うたびに、自然が反応しているだけでなく、自分の中の魔力が活性化されるような感覚に襲われていた。彼女の歌声が彼自身にも影響を与え、体内の魔力が高まっていくようだった。それはまるで、彼女が魔力そのものを歌に乗せて放出しているかのような感覚だった。


ダリルは彼女に目を向け、何度か心の中で問いかけた。


ダリル(心の声)

「リリィ、この子は一体……?」


彼はリリィが自分の力を自覚していないことを悟った。彼女はただ楽しそうに歌を口ずさみ、その力が世界にどのような影響を与えているか気づいていない。だが、その無邪気な歌声に隠された魔力の存在を、ダリルは確信していた。


ダリル

「リリィ、お前の歌は特別だ。お前の声が世界に力を与えているのかもしれないな。」


彼は優しく彼女に話しかけたが、リリィは首を傾げるだけだった。


リリィ

「え?ただ歌ってるだけだよ。ダリルも一緒に歌おう?」


彼女はまだその力に気づいていないようだったが、ダリルの胸にはリリィを守りたいという思いがさらに強くなった。彼女の力がどこから来たのか、そしてそれが彼女の未来にどのような影響を与えるのか――その答えを見つけることは、ダリルにとって新たな使命となった。


ダリル(心の声)

「リリィは、ただの子供じゃない。この力を知り、その意味を理解しなければ……彼女を守るためにも。」


そう心に誓いながら、ダリルはリリィの手をそっと握りしめた。彼女の無邪気な笑顔に応えるように、優しく頷きながら、彼は旅の続きへと足を進めた。


彼の胸にあるのは、彼女を守る強い決意と、彼女の中に眠る力の真実を見つけるための探求心だった。







王都から少し離れた場所、静かな森の中にひっそりと佇む小屋があった。そこには山の民であるボルと、その妻ホロが住んでいた。ホロは不治の病に侵されており、ボルは彼女を治すため、少しでもその苦しみを和らげるために毎日薬代を稼ぎに出ていた。彼は山岳地帯の案内人として働き、旅人や商人たちの道案内を務めていたが、その収入は微々たるものだった。


ダリルとリリィが山を越えるためにふもとで彼を雇ったのも、そうした事情があったからだ。ボルは内心、ホロのためならばどんな手段も厭わないと覚悟していた。彼の稼ぎでは到底ホロの治療費には追いつかない。そんな焦りから、時には悪事に手を染めることさえあった。


ダリルは魔族と人間の混血であり、異常なまでの強さを持っていた。旅の途中で出会った魔物を次々と一刀両断するダリルの姿を見て、ボルは心の中で焦りを募らせていた。


ボル(心の声)

「ダリルとかいう男……こいつはただ者じゃない。俺なんかじゃ到底敵わない相手だ……。」


そう思いつつも、ボルはホロのために覚悟を決めた。彼の目はリリィに向いていた。リリィが身に付けている装備や小物は、見た目からしてかなりの高価な品物で、売れば相当な金になるだろう。ボルは心を鬼にして計画を進めることを決意した。


いつものように、ボルは普通の旅人では到底倒せないような強力な魔物がいる方向へ、ダリルとリリィを誘導した。リリィは不安げにダリルに耳を寄せた。


リリィ

「ダリル、こっち、なんだか怖い音が聞こえるよ……。」


ダリルは辺りを見回しながら、安心させるように答えた。


ダリル

「大丈夫だよ。ボルがいるから、心配いらない。」


その言葉に、ボルの胸には一瞬、良心の痛みが走った。自分が今まさに裏切り行為をしようとしている相手が、無邪気に信頼の言葉をかけてくる。だが、ホロのためだと自らに言い聞かせ、ボルは彼らを魔物の待つ危険な道へと進ませた。


突然、森の奥から巨大な魔物が姿を現した。それは鬼熊――ダリルの倍以上の体躯を持つ、強大な力を誇る魔物だった。その姿を見た瞬間、空気が張り詰め、リリィの体が震えた。


ダリル

「ボル!リリィを頼む!」


ダリルは一瞬の躊躇もなく鬼熊に向かって走り出した。彼にとって最優先はリリィの安全だった。ボルはリリィを抱きかかえ、安全な場所へと彼女を連れて行った。


ボル(心の声)

「今だ……。」


その隙を見計らい、ボルはリリィのリュックに手を伸ばし、ダリルから預けられていた金や小物を素早く抜き取った。彼はリリィが気づいていないと思い込んでいたが、実際にはリリィはその動作を感じ取っていた。


リリィは何も言わなかった。ただ、静かにボルの腕の中で抱えられ、ダリルが戻るのを待っていた。


しばらくして、ダリルは息を整えながら戻ってきた。鬼熊を倒した彼は、すぐにリリィの無事を確認するために近づいた。


ダリル

「リリィ、無事か?」


リリィは少し考え込んだ後、ボルの方を向き、微笑みながら答えた。


リリィ

「うん、大丈夫だよ。ボルがいてくれたから……。」


その言葉を聞いた瞬間、ボルの胸に強烈な痛みが走った。目が見えなくとも、彼女は気づいていた。自分が盗みを働いたことを。それでもリリィは何も言わず、あくまで彼を信頼してくれる優しい言葉を口にしていた。


ボル(心の声)

「リリィ……なんてことだ……。俺はこんな純粋な子を裏切ってしまったのか……。」


ボルの心は揺れ動いていた。ホロのために手を汚したはずだったが、リリィの言葉が、彼の心に大きな後悔と罪悪感を生み出していた。


ダリルがリリィを抱き上げ、安全を確認し、ボルに礼を言うその姿が、ボルには遠く感じられた。彼の心はその後も葛藤に苛まれ続け、ホロへの愛とリリィへの裏切りの間で揺れ動いていた。


ボルはリリィの優しさに胸を締め付けられながらも、心の中で自問し続けた。


ボル(心の声)

「ホロ……お前のためにこれでよかったのか……。」


この問いに、ボルは答えを見つけられないまま、深い苦悩の中に立ち尽くしていた。


王都から少し離れた静かな森の中にひっそりと建つ小屋に、ダリルとリリィはボルの案内でたどり着いた。リリィの目は見えないが、その代わりに彼女の感覚は鋭敏で、周囲の音や空気の変化、人々の感情さえも感じ取ることができた。小屋に近づくにつれ、リリィはその場に漂う重い空気にすぐに気づいた。足音の不安定さ、かすかな杖の音、呼吸の震え。それらすべてが彼女には痛いほど伝わってきた。


リリィ(心の声)

「この人、おばあさんでもいるのかな?すごく苦しそう……。」


扉が開き、で迎えてくれる、ボルの妻のホロ

ホロ

「いらっしゃいませ、どうぞ休んでいってくださいね」

その声は若く、弱々しく、覇気がない


小屋の中で、リリィはホロの姿を見ることはできないが、彼女の苦しそうな呼吸音が耳に届いた。ホロが病に苦しんでいることは、リリィにとって明らかだった。彼女はボルが盗みを働いた理由が、ホロを助けたかったからだとすぐに理解した。ボルが鬼熊から逃げる際、リリィを抱きかかえていたときに感じた彼の手の震え。その震えには、単なる恐怖だけでなく、深い葛藤が込められていた。

リリィは頭の中で、思い出す

ボルに連れられて小屋に入る時、病に侵されたホロが、わざわざで迎え、動くのも辛いはずのホロが、杖に体を支えながら彼らを優しくで迎えた。彼女の呼吸は重く、リリィはその場でホロの痛みと苦しみを感じ、ホロの優しさと、ボルのホロを思う気持ちが心に響く


リリィ

「わーん……えんえん……!」


リリィはその場で泣き崩れた。彼女にはホロの姿は見えなくても、その苦しみが強く伝わっていた。そして、ボルが自分たちを裏切ろうとした理由がすべて理解できた。彼はただ、愛する妻を助けたかったのだ。リリィは、その気持ちを知り、さらに胸が締め付けられるような感情に襲われた。


リリィ

「ダリル……お願い、ボルを怒らないで……。」


リリィの声は涙で震えていた。彼女の言葉にダリルは困惑し、まだ状況をすべて理解していなかったが、リリィの頼みに心が動かされた。


その時、ボルは震えながらリリィのリュックから盗んだお金やアイテムを差し出し、声を震わせて謝罪の言葉を口にした。


ボル

「ご……めん……。」


その声は深い苦悩と後悔に満ちていた。リリィは彼が抱えている葛藤を感じ取っていた。ホロを救うために盗みを働いたボルだが、その罪の意識が彼を苦しめていた。


ダリル

「ああ、なるほどな……リリィは本当にお人よしだな。」


ダリルは苦笑しながら言ったが、リリィは涙を流しながら震える声で答えた。


リリィ

「違うの……リリィがあげるって言ったの……!」

泣きながら、ダリルに言う、その姿に、

その言葉に、ボルは耐えきれずにその場に崩れ落ちた。土に顔を伏せ、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。


ボル

「すみません……すみません……俺は……。」


察したホロもまた、ボルの隣に膝をつき、涙を流しながら頭を下げた。


ホロ

「すみません……私のせいなんです……。」


ホロは薄々、ボルが危険なことに手を染めていることを感じていた。しかし、それでも彼を責めることができなかった。彼女もまた、ボルの深い愛情を知っていたからだ。


ボル

「俺は……ホロと離れたくないんです……。」


ボルの震えた声に、リリィはさらに涙を流した。彼の中には、どんなに困難な状況でも愛する人を守りたいという強い思いがあった。それが痛いほど伝わってきたのだ。


ダリルはリリィに優しく尋ねた。


ダリル

「リリィ、どうしたいんだ?」


リリィは涙を拭き、少しの間考えた後、優しく答えた。


リリィ

「大丈夫……怒らないで。ボルさんはホロさんを守りたかったんだもん……。」


ダリルはその言葉に微笑みながら頷いた。


ダリル

「リリィがそう言うなら……それでいい。」


その瞬間、ボルとホロはリリィとダリルに感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた。リリィの優しさが、彼らの心を救ったのだ。


その夜、ダリルとリリィはボルとホロの小屋で一晩を過ごした。ホロの病はまだ癒えないが、ボルはリリィの無邪気な優しさによって救われ、もう一度誠実に生きる決意を固めた。リリィは、目は見えないが、人の心を感じ取り、その優しさで人々を癒していた。その優しさが、この家に新たな光を灯した夜だった。


その夜、小さな小屋の中は、まるで時間がゆっくりと流れているかのような穏やかな空気に包まれていた。ホロが病を押して作った夕食が、簡素ながらも温かさに満ちた食卓に並んでいた。焼かれたパンと薄味のスープ、それに少しの野菜。決して豪華なものではなかったが、ホロの手料理にはボルへの愛情が詰まっており、食事を囲む全員の心に優しい温もりをもたらした。


リリィは、その温もりを感じ取りながら、静かにボルとホロに向けて口を開いた。


リリィ

「ボルさん、ホロさん……わたし、わかるよ、2人の気持ちが」


リリィは目を閉じ、心を込めてゆっくりと歌い始めた。リリィの声は、まるで夜の静けさに溶け込むように優しく響き、小屋の中を温かい空気で満たしていく。天使のようなその歌声には、どこか懐かしい安心感があり、ボルとホロの胸に静かに染み渡った。二人が互いを想う気持ちが、リリィの歌に乗せられて、言葉では表せない感情となって響きあっていた。


その瞬間、ダリルはふと目を見開いた。彼には、リリィの歌が単なる音ではなく、目に見える光として感じられていた。リリィの声が放つ旋律が、まるで温かな光の粒となって部屋中に散りばめられ、ボルとホロの体を優しく包み込むように輝いていたのだ。その光は、まるで癒しの力を持つかのように二人に降り注ぎ、二人の体が徐々に軽くなるような錯覚すら覚えさせた。


ダリル(心の声)

「リリィ……この子にはやはり特別な力があるんだ……。」


リリィの歌が続くたび、その光は一層輝きを増し、ボルとホロの表情が柔らかく、そして穏やかになっていく。彼女の声はただの歌ではなく、確かな力を持って彼らの心と体を癒していた。ダリルはその光景を静かに見守り、リリィの持つ力が、これからの旅にとってどれほど重要なものであるかを感じずにはいられなかった。


朝になり、ダリルとリリィは出発の準備を整えた。小屋の外には、穏やかな笑みを浮かべたボルとホロが立っていた。昨夜の重苦しさは、まるで夢であったかのように消え去り、二人の顔には安堵と平穏が広がっていた。


ホロはボルの腕にそっと手を置き、静かな声で語りかけた。


ホロ

「ボル……もう無理しないで。私は大丈夫だから、あなたが私のために苦しむ必要はないのよ。」


ボルは彼女の言葉に驚きながらも、ふと気づいた。ホロの顔色がいつもと違う。青白かった肌には健康的な血色が戻り、彼女の体は軽く、以前のような辛そうな姿がどこにも見当たらなかった。


ボル

「ホロ……君、本当に大丈夫なのか……?」


ホロは驚いた表情を浮かべ、少しだけ自分の体に触れてみた。体のだるさも痛みも、すっかり消え去っている。まるで長い眠りから覚めたような、そんな軽さがあった。


ホロ

「本当だわ……こんなに体が軽いなんて……。」


ボルは涙をこらえきれず、ホロの手を強く握りしめた。その目には、愛する人を失うかもしれなかった恐怖から解放された喜びと感謝の気持ちが溢れていた。


ボル

「ホロ……本当によかった……。」


その時、ボルとホロは二人とも気づいていた。リリィの歌が、彼らに奇跡をもたらしたのだと。彼らはダリルとリリィに心から感謝し、深々と頭を下げた。


ダリルとリリィは再び山を越えるための旅路に戻った。リリィはダリルの手を握りながら、何が起きたのかはっきりとは理解していなかったが、彼女の心には優しい喜びが広がっていた。ダリルは確信していた。リリィには人を癒し、救う力が秘められているのだ、と。


二人は、ボルとホロが見送る中、静かに森を抜けていった。彼らの旅はまだ続くが、昨晩の出来事は彼らの心に新たな光を灯し、その道を少しだけ明るく照らしていた。


2人は歩く、笑いながら、楽しく歌いながら、


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