クララとリリィ
彼らの残した小さな命、リリィ――彼女はクララの腕の中で新たな運命を歩み始めた。
クララにとって、エリスはただの主ではなかった。彼女は闇族として孤独に生きる中で、エリスという光を見つけた。エリスが、闇に覆われた自分を受け入れてくれた時、その優しさはクララの心を温め、彼女にとってエリスはかけがえのない存在となった。
クララの心の声
「お嬢様……あなたは私の光だった。闇に生きる私を、妹のように愛してくれた……」
エリスが孤独で悲しむ時も、戦場に向かい心が壊れそうになる時も、クララは彼女のそばに寄り添い続けた。クララにとって、エリスの歌声を聞くことが至福の時であり、その声がどれほど彼女の魂を救ったかは、エリス自身は知らなかった。
しかし、クララにとって最も耐え難かったのは、エリスが望まない戦争に駆り出され、心をすり減らしていく姿をただ見ているしかなかったことだった。
クララの苦しみ
「お嬢様を守ることが私の使命だったのに……私は何もできなかった。あなたが壊れていく姿を、ただ見ているしかなかった……」
エリスの最期の願いは、リリィを健やかに育ててほしいというものだった。クララはその願いを胸に誓い、エリスの代わりにリリィを守ることを使命とした。だが、闇族である自分がリリィを育てられるかどうか、不安が募っていた。
クララの決意
「私にできるだろうか……でも、エリスお嬢様が託してくれた願いを果たすことが、私の使命だ。」
それからクララは、リリィを抱えて闇の中へと姿を消した。彼女は身分を隠し、名前を変えて生きる決意をした。職業も吟遊詩人として、新たな人生を歩むことにした。クララは闇族として、夜の中でしか生きられない。日光に当たると皮膚は焼け、命が削られるため、彼女は夜の宿屋や食堂を巡り、エリスの歌を歌って日銭を稼ぐ日々が続いた。
クララの苦しみと願い
「本当は、リリィを日の下で育てたかった……でも、私は日の光を浴びることができない。あの子を、こんな闇に閉じ込めるなんて……」
クララは闇の中で暮らしながらも、リリィの未来のために必死に生き続けた。だが、その苦しみは日に日に増していた。ある日、まだ幼いリリィが、クララの鼻歌を真似して歌い始めた。クララが驚いてリリィの歌声に耳を澄ますと、不思議なことが起きた。日に焼かれていたクララの体が、リリィの歌声によって癒されていくのだ。
クララは驚愕し、リリィの目を覗き込んだ。すると、その目はエリスが魔力を込めて歌う時と同じように、金色に輝いていた。
クララの驚き
「まさか……お嬢様と同じ力が……」
クララは恐怖を感じた。この力が天使族に知られてしまえば、リリィもエリスと同じ運命を辿るだろう。彼女もまた、戦争の道具として鳥籠に閉じ込められ、自由を奪われるかもしれない。そんな未来を、クララは絶対に許せなかった。
クララの決意
「嫌だ……そんなこと、絶対にさせない……」
クララはリリィを守るため、当てもない旅を続けることを決意した。自分の生まれ故郷でリリィを匿うことを目指し、天使族の追手から逃れ続ける過酷な日々が始まった。吟遊詩人として身を隠しながら、クララはリリィを守るために、自らの命を削り続けた。
それでも、クララの心にはエリスへの愛と、リリィを守り抜くという強い決意があった。
とある廃墟にて
風が吹き抜ける廃墟の中、埃が舞い上がり、かつてここに人が住んでいた形跡はすでに朽ち果てていた。今、その静寂を破るのは、天使族の重厚な鎧をまとった戦士たちの足音と命令の声だった。何十人もの天使族の戦士たちが徹底的に廃墟を捜索し、隠れ場所を探し回っていた。
その指揮を執るのは、冷酷無比な天使族の幹部、アルテミス。彼女は鋭い瞳で部下たちを見渡し、その場を冷たく支配していた。彼女の白銀の髪が風に揺れ、純白の翼が薄暗い廃墟の中で神々しい光を放っていたが、その姿から感じるのは神聖さではなく、恐怖そのものだった。
アルテミスは歩みを止め、無表情のまま口を開く。彼女の声は静かだが、廃墟の中に冷たい響きを持って広がった。
アルテミス
「エリスの力は絶大だった。彼女の裏切りは粛清した。だが、もしあの血が受け継がれているのなら、その力も我々のものだ。」
冷たい目が部下たちを見据え、その視線だけで彼らを緊張させた。アルテミスの言葉には情けや慈悲の欠片も感じられず、ただ冷酷な計算が見え隠れする。
彼女はさらに続け、廃墟の上空を見上げる。
アルテミス
「その子供がいるなら、犬のように飼い慣らし、我々のために利用するのが正しい選択だ。」
その言葉に、天使族の戦士たちは互いに目を合わせ、敬礼して命令を受け入れた。アルテミスの言葉に逆らうことは、死を意味することを誰もが理解していた。
彼女は再び部下たちに命令を飛ばし、足音だけが廃墟にこだました。
アルテミス
「探せ!邪魔する者はすべて排除しろ!我々に逆らう者は容赦なく始末しろ!」
天使族の戦士たちはその言葉に即座に従い、廃墟の隅々までを捜索し始めた。破れた窓の下を覗き込み、倒壊した壁の背後を調べ、まるで隠された真実を掘り起こすかのように行動していた。
アルテミスの眼光は鋭く、どこか冷たい光を宿している。その背筋を正したまま、彼女は心の中で計画を巡らせていた。
彼女にとって、エリスの血を引く者が存在することは、天使族の絶対的な力を保つために不可欠だった。エリスの力、そしてその子供の力を取り戻すことで、天使族は再び無敵の力を手にすることができる。だからこそ、アルテミスはその血を絶対に逃すわけにはいかなかった。
アルテミスの心の声
「エリスの子供……その力を我々のものにすれば、天使族はさらに強大な存在となる。そして私の計画は完成する……」
彼女の目に映るのは、ただ冷酷な未来だけ。人の命や感情に興味を持たない彼女にとって、この捜索は単なる手段に過ぎない。エリスの子供――リリィが発見されることは、天使族の未来のために必要不可欠な一歩だ。
王都近郊森の片隅で、静かな夜が広がっていた。
クララは、木々の間から薄く差し込む月明かりを見上げ、胸の奥で強く疼く痛みを感じていた。
長い旅が続き、彼女の体は限界に達していた。闇族である彼女にとって、太陽の光は致命的なものだったが、リリィを守るため、昼夜を問わず数年間も旅を続けてきた。その代償として、彼女の体は日に日に弱り、立っているのも辛くなっていた。
しかし、今夜は特別だった。リリィが無邪気な寝息を立てて眠る姿を見ていると、クララの胸に湧き上がるのは深い愛情と、計り知れない無力感だった。
クララの心の声
「お嬢様……私がどれほどあなたを愛していたか……あなたを守りたかった……」
クララは拳を強く握りしめた。リリィの小さな体を守り抜くことが、彼女の唯一の使命だった。しかし、天使族がリリィを狙っているという噂を耳にした時、その胸には激しい怒りが込み上げた。
クララ
「天使族なんて……大嫌いだ!エリスお嬢様以外は皆、悪魔のように振る舞う。我々が正しい?我々が正義だと?何が正義だ!何が天使だ!」
彼女は怒りに震えながら、拳を地面に打ちつけた。天使族はエリスの力を利用し、彼女の心を壊した。クララはそれをただ見ているしかなかった自分を許せなかった。エリスが壊れていく姿を、助けることもできず、無力感に苛まれていたのだ。
クララ
「お嬢様……私は、あなたを守りたかったのに……」
体の震えが止まらない。クララはゆっくりとリリィの寝顔に目を向け、その愛らしい姿を見つめた。リリィがいなければ、クララはとっくに命を落としていただろう。彼女の小さな歌声が、クララを何度も救い、前に進む力を与えてくれた。しかし、その力も限界に達し、クララは自分の命がもう長くないことを悟っていた。
夜、森の片隅で、涙が流れる。
元々身体は強くなく、体力の限界がきていた、
クララは静かにリリィの顔を見つめ、愛おしさに胸を締め付けられる。彼女の小さな体に、自分の最後の力を捧げる覚悟を決めた。震える手でリリィの頬に触れ、最後にできることを考えた。
クララの決意
「最後に私ができること……それは、あなたの力を隠すために、あなたの目を閉ざすこと……」
クララの心は張り裂けそうだった。エリスの力を受け継いだリリィの金色の瞳は、天使族に見つかれば、すぐに戦争の道具にされる運命にある。クララはその未来を想像するだけで、全身が震えた。
彼女は震える声で囁いた。
クララ
「許して、リリィ……愛してる。お嬢様の大切なあなたを、守り抜くために……」
クララの手は震えながらも、リリィの目へと伸び、光を奪うための魔法が彼女の指先に宿った。心が引き裂かれるような痛みが襲ったが、彼女はその手を止めなかった。リリィの目を閉ざし、その力を隠すことで、彼女の命を守ることができると信じた。
クララの祈り
「どうか……この子が自由に生きられますように……」
魔法が発動し、リリィの目は静かに閉ざされた。クララは小さなリリィの手をぎゅっと握りしめ、最後の力で彼女を抱きしめた。命の灯火が消えかかる中で、彼女はエリスとの日々を思い返し、静かに息を引き取った。
クララの最後の言葉
「お嬢様ごめんなさい、リリィを託されたのに、無力な私を、お許しください」
一筋の涙がクララの頬を伝い、夜の静寂の中で、彼女は永遠の眠りについた。
リリィの未来は、クララが守ったその闇の中から始まる。
クララの愛と犠牲は決して消えることなく、彼女の想いはリリィと共にこれからも続いていく。
リリィの目は、クララの魔法によって光を失った。
それはクララにとって最も辛い決断だった。天使族から彼女を守るため、リリィの力を隠すために、視力を奪わなければならなかったのだ。リリィがエリスと同じ運命を辿ることを防ぐために、クララはその最後の力を使い、彼女を守った。
だが、その代償はあまりにも大きかった。クララがリリィの目を閉ざしたことで、リリィはまだ5歳という幼さで視力を失い、たった一人で生き抜くことを強いられることになった。母エリスや父アシュトンの記憶もなく、育ての親であるクララまで失った彼女にとって、これからの人生は想像を絶する過酷なものとなるだろう。
夜、静かな森の中、リリィはふと目を覚ました。
その瞬間、彼女は周囲の静けさと寒さに気づき、胸に押し寄せる孤独と不安に包まれた。いつもそばにいてくれたクララの姿が見えない。彼女の温もりを感じることもできない。リリィの小さな手が暗闇の中で震えながら伸びるが、その手を取ってくれる者はいなかった。
リリィの声は震えていた。
「クララお母さん?どこに行ったの……?クララお母さん……?」
呼びかける声は虚しく森の静寂に吸い込まれていく。リリィは周囲の冷たさに耐え切れず、涙がこぼれた。幼い彼女にとって、暗闇は恐ろしいものでしかなかった。目の見えない状況で、どこに行けばよいのか、何をすればよいのか、彼女にはまったくわからなかった。
リリィは泣きながら、暗闇の中で必死に考えた。
今までずっとクララがそばにいて守ってくれていた。クララの手が、クララの歌が、彼女をいつも安心させてくれていた。しかし、そのクララはもういない。今、自分を守ってくれるものは何もない。
それでも、リリィの胸の奥には、クララからもらった愛が残っていた。クララが彼女に聞かせてくれたあの優しい歌――その旋律が、リリィの心に微かに響き、ほんの少しだけ彼女を温めてくれた。
リリィの心には、恐れと悲しみが渦巻いていた。
けれど、その小さな体の中に、母エリスの力が息づいていることを彼女は知らなかった。クララが命を懸けて守ったその力は、リリィが気づかないうちに彼女を支えていた。リリィはまだ自分の持つ力を理解していなかったが、その力が彼女をこれからの運命に立ち向かわせることになるだろう。
未来は厳しい試練に満ちていた。
天使族は依然としてリリィを追っていた。彼女がその事実を知らないまま、暗闇の中で生き延びようとしている間にも、彼らはすぐ近くまで迫っていた。クララが視力を奪い、彼女の力を隠したことで一時的にその追跡を遅らせることはできたものの、リリィの中に眠る力が再び目覚めれば、天使族は彼女を見つけ出すだろう。
リリィの未来は、暗闇の中に包まれながらも光を求める旅の始まりだった。
クララの犠牲がリリィの命を守ったとしても、幼いリリィの命は風前の灯だった、視力を失い、一人ぼっちで残酷な世界に立ち向かうリリィ。だが、彼女には母エリスの遺した強さがあり、そしてクララの愛が、彼女の中に生き続けていた。
リリィはまだ知らなかった。これから彼女がどのように世界に立ち向かうのか、自分がどれほどの力を持っているのか、そしてその力が再び世界に波紋を広げることを。だが、幼く、目も見えず、生きる力もない、リリィの命も消えそうになっていく