秋の虫売り 前編
9月、みずほちゃん通う小学校も始まり、みずほちゃんがまた学校へ通うようになった。
僕は初めてくる秋に、少しそわそわしつつも毎日を過ごしていた。
「虫や~虫、虫はいらんかね~♪」
秋の神社の境内に虫売りの声が僕達の耳に届く。お祭りの舞の練習を終えて、ベンチに座り人の姿で居た僕達の前に、彼は姿を現した。
時代劇で見るような物売りの衣裳に身を包んだ虫売りは、バーベルの様に大きな箱と大きな箱を木の棒でつなぎ、それを肩に乗せ歩いている。そんな虫売りは、ベンチに座る僕達の事を微かに見て笑った様な気がした。
「虫はいらんかね~」
おかしい、境内で他の参拝の人々とすれ違うが、誰も虫売りには気にも留めずに先へ急ぐ。
「おかしい……」あずき先輩は、そう言うと……。
「稲穂、お前は何もするなよ。俺になんかあった時はあった事をそのままお父さんに伝えろわかったな」
そう言って虫売りの方へ歩いて行ってしまった。境内の|手水舎《(ちょうずや、てみずや)》の隣にたたずむ虫売りの男に声をかけると、男は円筒で、先が球を半分にした形の鳥かごの様な虫かごを見せる。
「私は、良い声で鳴く虫を売ってます、これなんてそれは素晴らしい声で鳴くのですよ」
その声を聞くとあずき先輩はなんの疑いも無い様に、その虫かごの中を覗きみてしまう。そして虫かごの中に吸い込まれてしまった。
黒猫の姿に戻りニャンと一声鳴くと、中ですやすや眠ってしまった様に見えた。
「うぅん!」僕は驚いて、大きな声を出してしまいそうだったが慌てて、自分の口をふさぐ。男は、猫のあずき先輩の入ったかごを目の上の高さにかかげ。
「とっても可愛らしい声で鳴く虫だ、あっ素晴らしい、しかしここにはもう一匹は新しく虫が増えていたようだ。その子の為に素敵な虫かごを用意しなければ。いっひひ」
そう言って虫売りは、肩にしょう棒の部分の針がねに、あずき先輩の入った虫かごをひっかけると……。
「虫や~虫売りだよ~」
と言って、境内の外に出て行ってしまった。後を追ったが、いつの間にか居なくなってしまった。
神社に戻り、お父さんに伝えると――。
「大丈夫だよ稲穂、上神代の神社に連絡して応援を頼んでみるから、こういう事は彼らの方が詳しいからね」
その日はあずき先輩の事を、何度もお父さんに何度も聞いた。そのたびにお父さんは、「ちゃろちゃん、めろちゃんが来てくれるから大丈夫だよ」とかいろいろな言葉で、僕を励ましてくれた。
「いなほ、それ以上おとうさん聞いちゃだめ、あずきはおとうさんとずっと一緒に居たからお父さんも悲しいんだよ」
みずほちゃんが、見かねてそう言ってた。
あずき先輩が居ないと寂しいだろうと、今日はみずほちゃんの部屋で寝る事。
にゃ、みずほちゃんの部屋のカーテンの向こうには、空にまん丸な月が浮かんでいた。
明日は、あずき先輩は帰って来るだろうか? そう思うとあの暗い空の中に、あずき先輩が居る様にさえ思える。
にゃーん、鳴いている僕を、みずほちゃんが抱きかかえると、自分のベットに運んでいく。いつもよりゆっくりと、背中の毛をいつまでも撫でてくれ、やっと僕も寝る事が出来た。
夢の中で、あずき先輩の夢を見る。
「ここから出るにはどうすればいいんだ?」
「ここって?」そう言ったのは、昼に見た虫売りだ。でも、昼間よりずいぶん人間ぼいと言うか、普通だ。
「この鳥小屋だよ!」
「えっ……あ……」
男は、辺りを見回す。
「これは……私の虫かご! なんで、こんな所に……。思い出せる事と言えば……私は虫売りでした」
「で、なんで俺をこんな鳥かごの中にいれたんだ?」
あずき先輩が、大きなキュウリの入ったエサ入れの上に座り、片足を膝の上に置いている。
「はてはて?なんの事やら? ひとつずつ思い出すので待ってください」
そう言うと虫売りは、腕を組んでう――んとうなる。
「私は、こおろぎ、松虫、鈴虫、キリギリスなど売って生計を立てていましたが……なにせ、江戸では虫売りが多すぎて……売るのが少し難しくなった頃、鳥かごに似せて作られたこの形!この形で売るとすごく儲かっていたのですよ。私もうらやましくなって……真似て作ったら、すごく売れたんですよね。さすが私なのですが……風紀を乱すだったか、鳥類憐みの令だったかの理由で、虫売りが出来なくなってしまったのです。」
「で、俺が閉じ込められた理由はわかるか?」あずき先輩は、ちょっとイライラ事が声から伝わってくる。
「虫売りがしたかったのです。いつの時代も私の育てた虫たちで、秋の到来を知って貰きいたかった……。ある日長い眠りの中にあった私に、誰かがお前の夢を叶えてやると言ったです。貴方がここに居る事で、思い出せてきました。そうです。そうなんです。私の願いのピースは、待てさえすれば自然に揃うはずです。貴方ここに居てくれるおかげです。……話は変わりますが貴方、本当は猫ですよね? 猫は可愛いが私の虫ではない。私の願いは叶えられない、貴方は、 私の夢の為の下準備に入ってください。力を籠に吸収され……貴方私の虫になってくれませんか?」
彼が、そう言った途端あずき先輩は、ふたたび猫の姿に戻り……にゃーんと鳴きねむってしまう。 彼は、そんなあずき先輩をただ見つめていた。
−−だめ――!
僕は、そこで目が覚めた。夢なのだろうか? わからない。
でも、確かにあれはあずき先輩だった。彼は、本当にあずき先輩を虫にしてしまうつもりなの?
つづく
見てくださりありがとうございます。
またどこかでー。