俺が見る世界
あなたはもし、色が見えない。そんなことになってしまったらどうするだろうか。
色が見えなければ信号はわからない。好きな色だって選べはしない。
この物語はそんな病気になってしまった一人の少年のお話だ。
俺は幼い頃から色が見えず、常日頃から目を開ける度に、まるで目が今この瞬間に無くなったかのような感覚に襲われていた。
幼稚園に通っていた頃、みんなが好きな色のクレヨンの話をしていた。
でも俺は色が見えないため、一人だけ会話に混ざれなかった。
その時、幼稚園の先生が「好きな色を選んで好きなように塗ってみよう。」と言った。
そんな先生の言葉でこの世界をとても窮屈に感じた。俺だけが見えるこの世界を俺は恨んだ。
病院にはもちろん行ったが、この病を治せる医者は今のところいないと言う。原因不明の難病。「そりゃそうだろう。」そう思うしかなかった。
ちなみに、この病気は世界中で俺が初めてだったらしい。
色が見えないというのは、目が見えない感覚とさほど変わりはしないだろう。
強いて言うなら、目が見えない人間と色が見えない俺とでは、社会からの対応はかなり変わっている。なぜなら俺は「治療する為」ということを口実にした、この病気の実験体として通院させられているからだ。
「ふあぁ…おはよう。今日もいい天気だな。」なんて一度でも言ってみたいものだ。
「はあ、学校行くか。」そう言い、重い体を操り人形を動かすかのようにベッドから起き上がった。
そして、ふと自分の手を見る。
「俺の手ってどんな色なんだろうな…。」そんなことを呆然としながら考えていると、突然ガチャっとドアが開いた。
「色兄、学校行かないの?」妹の〈中村 夏海〉だった。
「あぁ、行くよ。」
「私、先行くから。」そう言い、またガチャっと音を立て扉が閉まった。
妹は小学六年生だ。正直な話、今年受験生の俺よりもしっかりしていると思う。
そうだ。自己紹介が遅れたが、俺の名前は〈中村 色〉中学三年生だ。俺はよく、こんなことを考える。
〝みんなにはどんな景色が見えているのだろうか。〟
そんな思考がただ長く、ずっと長く長く続く毎日なのだ。
ひとまずベッドから立ち上がり、クローゼットの中から制服を取り出す。俺は、少ししわができた制服を見ながら俯き、こう呟いた。
「なあ、俺。お前は色が見えない世界で何を見てるんだ?」
気付くと大粒の涙が溢れていた。
「あ…?なんだよこれ。」
自分の手に淡々と落ちる雫の感覚に俺は内心驚いていた。
はっとして時計を見ると、時計の針は八時を過ぎていた。
「やべ、こんな時間だ。」
俺は服の袖で涙を拭い、家を出た。