プロローグ 〜特異点〜
真っ暗だ。音と光とすべての情報がシャットアウトされた虚無に意識だけが置き去りにされる。
しかし、虚無の世界に“小さな少年”は確かにそこに立っている。
少年の顔は霧がかかっていて、はっきりとは見えない。
“小さな少年”はその世界に、理を無視し音の情報を一方的に与えてくる。
「ボロボロな割には存外、元気そうだな小僧」
自分よりも小さい少年に“小僧”呼ばわりされるの意外と癪に障るな...と少年に伝えてやりたいが、もちろん音を出すことはできない。
言われてみれば痛みも感じる。両腕と両脚、右脇腹と特にお腹の真ん中が痛い...
そして、一番の疑問はここがどこかということだ。
意識しかなく、声は出せないが“小さな少年”は心の声を理解し続けて答える。
「身体など、ただの器にすぎん。年齢は小僧と変わらんのだからな。お前は自分の"意思"で俺と話をしに来たんだろう?」
そうだ、俺は自分の意思でここに来たんだ。だが、なんで来たんだっけ...?誰かが待ってるような...
「ここは"特異点"。お前は自ら進むことを選んだのだろ?」
進むってどこに?身体が痛い、少し休ませてほしい...なんで俺が知らん子どもなんかのために。
少年は静かに、そっと答える。
「約束したのだろう。やつらが待ってる。」
そうだ、約束したんだ...俺はただ、みんなに追いつきたい。全てを思い出した。
お前にも謝りたい。1人にしてごめん...俺の弱さが...
俺の弱々しい懺悔とは反対に少年は呆れた表情をしている気がした。
「小僧貴様はドがつくほどのお節介だからな。ここまで楽しませてもらったのだ、むしろ感謝をするのは俺の方だ。ただあるべきところに帰るだけだ。」
ああ...楽しかったな。ここまでの道のり色々なことがあった。俺は前に進めたのかな...
「俺は貴様の"眠れる衝動"にすぎん。小僧の弱さそのものだ。お前は弱いが、それ以上にバカみたいに優しい。人の心とは脆弱で繊細で力だけでは救うことはできん。お前のちっぽけな優しさで救われた人間も大勢いるだろう。胸を張れ、俺もその1人だ。」
自分のことは自分自身が1番分からないものだな。
そうか...安堵か嬉しさか笑みがこぼれる。
そして、小さな少年の顔から霧が消えていく。そこに立っていたのは、"俺"だった。
小さな俺は寂しそうに、そして嬉しそうにそっと笑みを浮かべ消えていった。
「行こう」