夢をお金で買った話
テーブルの上にたたずむコップ。そのとなりには、数じょうの薬がころがる。
なんでも望みの夢を見ることができるのだという。
「ほんとう、なのかなぁ……?」
にわかには信じられない話に、檜原千絵はなんども目をパチクリした。
月に一度開かれるバザーで買ってきた品物だから、ウソっぽいけれど。
でも、もし本当なら?
こんなにも夢がある話はない。
世の中はイヤなことだらけだし、何もかも思うようにいかないもの。
だけど、夢はちがう。もちろん、悪夢というのはあるけど、自分が主人となればどんな物語も思いのまま。
それを見ることができるのが、この薬、というわけ。
いわゆるじょう剤で、ラムネ菓子みたいな見た目。別においしくあるべきとは思わないが。
「ん~……」
注意書きに目を通すと、一回一じょうと記されている。
できれば水で服用してください、との注意もあわせて。
「えっと……ほかには?」
――とちゅうで夢が終わった場合、もう一度服用すると、続きが見られます。
「へぇ~!!」
世の中結構便利になったものだ、と感心してしまう。
技術の日進月歩はすさまじく、不可能だと思われていたことが実現するほどだもの。
期待してか、心臓がいつもより強く胸をたたく。
そしてゴクンとのどを鳴らし、薬をのみこんだ。
「……ここは?」
気づくと、ヘンテコな場所にいた。
カラフルなもようの背景に、キテレツな動植物たちが楽しそうに歌う。
そう、歌っている。
動物はともかく、植物たちまでもが。
「夢……なんだよね?」
当たり前だが、こんな現実があってはたまらない。
注意書きの説明を思い出して、ひきつった笑いがでてしまう。
薬で見る夢は、心の奥におしこめた想いが形になってあらわれるのだとか。
つまり最も願っていることが夢として出てくる。
「じゃあ、私が心の奥で考えていることって――」
何もかもぐちゃぐちゃ。カオスみたい、との言葉をのみこみ首をかしげた。
なにもかもよく分からない。
ジッとあたりを見つめ、千絵はため息をつく。
「ふつうは、かっこいい王子さまとかが白馬にのって登場するんじゃないの?」
白雪姫とか!
「あとは、かいちゅう時計をにぎりしめて、かけていくうさぎかな?」
しゃべる卵や、トランプの兵隊に追われて、夢からさめる!
「いやいや、まって? でもどうせなら、童心にもどって、妖精さんとふしぎの島で冒険、なんてのもいいわね!」
眼帯をつけたこわい海賊につかまった自分を、空飛ぶ少年が救い出す。
そんなことを想像してると……
「は?」
目がさめた。
そこにあるのはいつもの景色。つまり自分の部屋。
「え? もう……?」
にえきらない態度がいけなかったのか?
「私、もっと夢を見てたいのに!」
ムッとして、いやちょっとだけムキになり、千絵は薬を二じょう口へとほうりこむ。
ごくん……。
「もどってきました!」
またカオスな景色の中に立つと、つい叫んでしまう。
(うん、なんか分からないけど、たのしい?)
気分はウキウキ、心はドキドキ☆
現実世界はアキアキなのよ――と大の字でねそべってみる。
すると羽毛布団よりふわふわで、ビーズクッションよりやわらかいねごこち。
「なにこれ、すっごい!!」
手足が、こうつつまれるみたいで、ついついトロけてしまった。
ぷかぷかと海にうかんでるような感じ。
(ん~、なんか、しあわせ)
でも……たのしい時間はあっという間。
「……あれ?」
気づけばすっかり朝で、小鳥たちが目覚ましのアラーム代りにさえずる。
「ええ、どうしてぇ?」
千絵はほおをふくらませ、つまらなそうに口をとがらせた。
「私、もっと夢を見てたいのに!」
まるで小さな子がもっと遊んでいたい、とダダをこねるかのように。
「よおし!」
そして、薬を手にいっぱいつかみ、ごくんとのみこんだ。
「わぁい!」
けど、次にあらわれたのは、今までとはちがった景色。
「あれ……?」
夕焼け空が広がり、人気のない公園に千絵はたたずむ。
でも、どこかなつかしい。
「これって、もしかして、だけど」
小さいころに住んでいた街によく似ている。
ぼんやりしてると、誰かが呼びかけてきた。
「ねえ、あそぼ!」
ふり向くと、小さな子が二人。五つくらいの男の子と、少し年下の女の子。
「お姉ちゃん、何する? けんけんぱ? なわとび? 鬼ごっこ? それとも――」
女の子がいう。
「そうだね……かくれんぼかな? 私、けっこう上手いよ?」
自信たっぷりに、胸をはって答えた。
「じゃあ……」
との合図で三人とも手をふり上げて叫ぶ。
「「「じゃーんけーんぽん!!!」」」
カラスのなきごえとともに、あどけない声が笑う。
「お姉ちゃんの負け。だから鬼やってね!」
実にむじゃきで、ほほえましい。
(小さいころを思い出すなぁ)
数えながら、おもう。こうやって、みんなとあそんでいた思い出を。
(いつからだろ、こういう気持ちをわすれちゃったの……)
いろんなことにいそがしく、気を急いてばかりで。
(そっか、私……)
楽しんでいなかったんだ、ということに気づいた。
(だからいつもいつもイライラしちゃって。カリカリしても、いいことなんて一つもないものね!)
クスリと笑ってしまう。
(よぉし。とことん遊ぶぞぉ~!!)
かくれんぼで、二人をすぐに見つけ。
そのあと鬼ごっこをして。
けんけんぱに、ブランコに、ジャングルジム。
(たのしいな)
そして……時間はすぎていく。
目をさますと、やはり自分の部屋にいた。
「ん~まんぞく!」
大きくのびをして、千絵はつぶやく。いい夢だった、と。