head out Ⅸ
突如始まったクーデターと外部からの侵攻。王都を中心に東と北、帝国と共和国の四方に対応する必要がある。各所の戦力がどれほどかもわからない以上は動きようがなくフラムは頭を抱える。
「クソっ……どうすれば?」
誰かが判断しなければならない。絶対的な指揮官がいない状況で誰もが考えあぐねていた。
長い沈黙を破るようにファウオーの咳払いが聞こえる。
「情報の真偽や王子の考えはわからない。ただ我々を邪魔と考えて二国を煽った可能性はある。確かなのはオストシュトラにボレアースの一軍が迫っている事。それならば近衛騎士団が動くはずだが……街は戦禍に巻き込まれるかもしれない。同時に東にも動きがあれば王都にも被害があるかもしれない。王子の意図しない動きが介入している……ならば事態はより複雑になるな」
ファウオーが独り言のように状況を整理していく。しばらく考え込んだのちに改まった顔でその場にいる一人ずつに目を合わせて口を開いた。
その言葉を聞いて全員が動き出す。
ベルブラント砦の回廊を歩いていたヘルマとアルドーレの前にテコがフラムを連れて転移し現れる。
「うおっ! なんや⁉︎」
「フラム……?」
「お前たちか! ちょうどいい、すぐに全員を集めてくれ」
「……は? 何を急に……」
「いいから早くしてくれ! 時間がない‼︎」
ただ事ではないがヘルマは何か期待してもいい気がして急ぎ召集をかける。
ギルドにも同様に連絡が入り、関係者は作業の手を止めて集まっていく。
準備は整ったが何の話か誰も検討がつかずにいた。団長の死に際してもこのように集められはしなかったのだから。
通信用の魔道具が反応し声が聞こえてくる。
「ゼピュロス騎士団並びに協力してくれる皆……副団長のファウオーだ」
「この流れ……絶対アレだよな?」
「うるせぇ、黙って聞け」
ヘルマとアルドーレが小声の掛け合いに周りの騎士が二人の口を押さえて黙らせる。
「皆も知っての通り団長のカウコーが亡くなった。その悲しみがまだ胸に残っているにもかかわらず新たな悲劇が起きようとしている。ボレアース騎士団がクーデターを起こした疑いがある。東も大きな争いが起きようとしているようだ」
聞いているものは声をあげそうになるが一様に言葉を飲み込み傾聴する。
「さらに帝国と共和国が動いているとの情報もある」
これには流石に声を漏らす者もいる。
「王国にかつてない脅威が迫っている。……今王国を守れるのは我々ゼピュロス騎士団だけだ!」
騎士の中には雄叫びを上げ、拳を振り上げる者がいる。
「……カウコー団長ならそういうだろう……だが……」
響いていた声は一斉に止み、再びファウオーの言葉に耳を傾ける。
「私は……カウコー団長のようには振る舞えない。愛想もなく、ただ厳しいだけしか取り柄がない……皆の変化に気がついてやれないかもしれない……。だが……団長の……兄さんの遺志は誰よりも理解している。ゼピュロスがどうあるべきかを示すことができる」
通信機の向こうから深呼吸をしていることがわかる。聞いている側も呼吸する事を思い出して大きく息を吐く。
「……私を……次の団長に認めてもらえないだろうか? はっきり言えば兄さんのように上手くはできない……だから私を……皆で支えてくれないだろうか!」
少しの静寂の後、砦も本部で聞いていた者も、ギルドにいる騎士ではない者たちまでが大声を上げた。
その声の全てが肯定だった。一つひとつは聞き取れなくともファウオーにはそれが伝わった。
「ありがとう……みんな…………兄さん」
いつもの咳払いで歓声がぴたりと止まる。
「早速だがこれから作戦を伝える!」
全員が姿勢を正し、いつの間にか砦も本部も騎士たちは整列し命令を待っていた。
「ヘルマ、アルドーレ他のベルブラント駐留部隊はフラムを指揮官に加えて共和国の侵攻を防ぐ。一歩たりとも新都市に足を踏み入れさせるな!」
「っしゃあ! 任せとけ! やるぞお前らぁ‼︎」
「ぶっ潰してやるよ」
「帝国はチーム・プロトルード単独で足止めをする。ただし、セレナ、グーテス、ソルフィリアの三人だけだ」
流石にこの采配に驚きの声が飛ぶ。帝国相手にたったの三人は無謀なのは明らかだ。
「この状況で帝国は簡単には動かない可能性が高い。もし侵攻してくるならば地形を変えても構わない。こちらも全力阻止だ」
「本気出して良いってことね。グーテスなら山ぐらい作れるんだから!」
「いや、流石に山は……でも、今回ばかりは負けられないですね」
「ええ、カウコー団長のためにも皆を守りましょう」
「これは王国を二分するかもしれない危機だ。王国全てを守る事は叶わなくとも……我々の目に映る大切な人たちだけは守りとおす! 総員……作戦開始!」
「おおっ‼︎」
掛け声と共に全ての騎士が動き出す。一人ひとりが何をすべきかわかっている。これまでの教えが思考と身体を動かす。ファウオーをはじめ全員の胸にはカウコーの笑顔が浮かんでいた。
セレナたちが決意を固めて動き出そうとしているとテコが戻ってくる。隣にはオリハが一緒についてきていた。
「オリハさん?」
「間に合ったか。お前たちに渡すものがあって連れてきてもらった」
「……こいつ街中で俺の名前を大声で呼ぶんだぜ?」
「お前だったら聞こえるかと思ってな」
「全く……イルヴィアみたいな事するなよ」
全員がイルヴィアに視線を集めるが当の本人は覚えがないのか首をかしげている。
「時間がないのだろう? 俺も子供たちの側にいてやりたい」
肩に担いでいた大きな荷を下ろして縄を解く。束ねられていたのは4つの箱でそれをシエルたちの前に並べていく。
「こいつの名は『グリカラ』……炎を宿す剣だ。かつて誰も扱えなかったじゃじゃ馬だ。セレナ……火の寵愛を受けているお前ならこいつを使いこなせるだろう」
炎がほとばしり全てを灼き尽くような意匠の鞘に収めた剣を手渡す。
「次にソルフィリア、お前にはこれだ」
翼が碧い宝玉を守るように包む杖で通常のものよりもやや短い。
「仕込み杖になっている。剣術も使うのであればこの『メリクリウス』は使い勝手が良いだろう」
柄に力を込めると刀身が現れる。その刃も碧く氷のような輝きを放っている。
「グーテス!」
手渡された杖は軸となる杖に2本の蔦が巻き付き翠の宝玉を支えている。
「大地の加護は守りの力でもある。お前の力に耐えられるのはこの杖ぐらいだろう」
「これ……あたしたちのために?」
「もちろんだ。俺を助けた子供たちを助けてくれた礼だと思ってくれ。さて…最後に」
箱の中から細身で少し反りがある二刀を取り出すとテコが興味を示した。
「これは……もしかするとカタナってやつか?」
「流石だな、その通り。こいつは俺の故郷の大陸で作られている世界最高に美しく……扱うものが扱えば最高の切れ味を引き出せる武器だ」
「強い人が扱えば何でも最強になりそうなのだけれど?」
シエルやイルヴィア、テコを見ながらセレナが感想を口にする。
「最強の武人と最強の武器をもってしても切れないものがある。この刀っていう武器は……使い手の力量しか反映させないのさ。刀に認められてこそ最強になり得る」
オリハは白と黒の鞘に収まる二刀をシエルの前に差し出す。
「『天照』と『月詠』……俺の最高傑作をお前に託す。たった2年だが俺はゼピュロスを気に入っている。この数十年の間で出会ったなかでも、本当にいい奴ばかりなんだ」
「わかりました。絶対に守って見せます」
それぞれが受け取った武器を携えて出発する。
シエルとイルヴィアは本部の主塔最上階で北を見つめてファウオーの指令を思い出していた。
『王都についての情報は引き続きルクソリアを中心に集める。残る北と東は……イルヴィアとシエルの二人で制圧する。ゼピュロスの<風神>と<雷神>の力を見せてやれ』
「準備は良い? 全力で行くけど、ついてこられるよね?」
「うん、大丈夫。東はテコ、お願いね」
「ああ! お前たちが来るまで足止めだけでいいんだな?」
「うん、それじゃあ行こうか」
二人はふわりと宙に身を預けると吹き抜ける追い風と共に北へ向けて飛びたった。




