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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り head out
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head out Ⅶ

 ゼピュロス騎士団本部に着くと普段は立ち入ることがない棟へ案内される。少し寂しげな雰囲気にあまり見ることがない景色。敷地内に花が植えられている場所はここだけだ。その小さな建屋に入ると足元からひんやりとした冷たい空気が流れてくる。ベルブラントから転移して静かな廊下を進むこの時まで誰も口を開くことはなかった。両開きの扉がある部屋の前で案内係が足を止める。

「ここです」

 少しだけ間を置いて扉を開けると中へ入るよう促す。

「行きましょう」

 セレナを先頭に順に中へと入っていく。それほど広くはない部屋の中央には棺が置いてある。そばにはファウオーとフラム、ルクソリアと数人の騎士がいた。

「お前たち来たか……見てやってくれ」

 フラムに促されてゆっくりと棺に近づく。

 そこには穏やかな表情のカウコーが眠っていた。

 グーテスやソルフィリアは声を出して泣き出し、セレナも立ち尽くしたまま涙を流す。

「綺麗な顔……」

 シエルはカウコーの顔を見て呟く。それにフラムが答える。

「後ろから心臓を一突き……傷はそれだけだからな」

 この二人は何を言っているのだろうとファウオーとルクソリアは驚きを隠せない。ルクソリアは怒りが湧いてきて声を上げそうになったところをフラムが制止する。

「悲しみ方は人それぞれだ。こいつも悲しくないわけがない……大切な人の死は……感情を狂わせるからな」

「……でも……だからって」

 ルクソリアもうずくまり泣き出してしまう。


「背中からってことは……一体誰に?」

 セレナは溢れる涙を止められずにいたが何があったのか経緯を問う。

「ボアレースの団長を転移室で見送ってこちらに戻ってくる最中にやられている。一緒にいた護衛二人は無事だったが後にいたカウコーが倒れる音がして振り返るとすでに血の海だったそうだ」

「その護衛がということは……?」

 仲間を疑うことに躊躇いがないわけではないが裏切りや暗殺者がスパイとして潜入していた可能性も十分にある。だがフラムはすぐにそれを否定する。

「犯人が懸命に救命処置をすると思うか? 二人とも回復魔法が使えた。それもかなり上位の使い手だ。だが傷は癒えることはなかった。何か特殊な攻撃を受けたようだ」

 いつものようにテコが突然姿を現すが、普段と違ってシエルを隠すように立っている。

「俺にその傷を見せてもらえないか? 何かわかるかも知れない」

 フラムたちは沈黙のまま顔を見合わせる。どうするか悩むが現状は手がかりに乏しく一つでも情報が欲しいことは確かだった。結局、今のセレナたちには刺激が強いだろうということでテコとシエルだけで傷を見る事になった。ファウオーがセレナたちに付き添うように一緒に部屋を出る。



 部屋を出てもソルフィリアは泣き続けていてセレナがずっと手を握っていた。その所為か部屋を出たあとは落ち着きを取り戻しつつある。

 ふとファウオーの顔を見ると左頬が腫れていた。明らかに誰かに殴られたような

 痕だった

「ファウオーさん……顔、どうして……?」

 思い出したかのように頬を押さえて困った表情をする。

「ああ、これは……」

 前日の出来事を思い出すと頬ではないところが痛み出す。

 ヘルマとアルドーレが到着した時のこと、イルヴィア以外の幹部が揃っていた。

「誰だよ、団長をやったのは⁉︎」

 犯人を見つけ出し仇を討とうと怒りをあらわにするヘルマに同調する団員がほとんどだった。

「落ち着け! まだ犯人の手がかりもないんだ。俺たちが冷静にならなくてどうする」

 ヘルマもフラムの言いたいことを察して大人しくなる。

「俺もこんな話はしたくはなかったが……次の団長を決める。団員にも動揺が広がっている今、騎士団の統制を保つためにも……カウコーの仇をとるためにも」

 最後が本音なのであろう。一致団結して仇を討つ――この指揮をとれる者が必要だった。

「皆も普段から聞いていただろう……カウコーが言っていた『自分に何かあった場合の次の団長』のことを。その言葉どおりに新たな団長はファウオーとする! これに異存あるものは居るか?」

 誰も発言することがなくフラムが決定を告げようとしたときファウオーが発言する。

「ま、待ってくれ! 私に団長など……兄さんの代わりが務まるとは……」

 この発言に多くの団員が怒りの目を向ける。そして代弁するかのように声を上げるのはヘルマだった。

「お前ふざけんなよ! 団長が指名しとったん知ってるやろ⁉︎ 俺やフラムや他でもないお前が選ばれてたんやぞ?」

 自信なさげに俯くファウオーに次々と言葉を投げつける。


 普段のファウオーは側近としていつもカウコーの側についていた。兄弟ということもあってほとんどの時間を一緒に過ごしていてカウコーのことは誰よりも知っていた。知っていたからこそ団長としての有能さを肌身で感じていた。


――私には兄さんのようには振る舞えない。今の騎士団を同じようにまとめることは不可能だ


 飄々とした性格に反して団長としての指揮ははっきりとしている。何もかもを見通しているかのような言葉も彼がもつカリスマ性の一つだった。


――私のような堅物では、皆はついてきてくれないかも知れない


 人を使うのも上手かった。個人の長所や短所を把握しているからこそ任務の難易度を上手く調整して指示が出せる。


――私と会話が続くのは……兄さんぐらいしかいない


 優しく諭すような叱り方のカウコーに対し、厳しい言葉で圧があるから叱責のように感じられるファウオーは鬼上司のように云われる。これは見た目の違いもあるかも知れないが。


 色々なことを思い出しながら自分に団長の役は向いていないと考えていると胸ぐらを掴まれて立たされる。

「聞いてんのか、おい⁉︎」

 相手はヘルマだった。側にはアルドーレもいる。今回ばかりはヘルマを止めるつもりはないらしく、止めに入ろうとするフラムの腕を掴んで近寄らせなかった。

 この二人が暴れるならば止めるには全員がかりになる。頼みのフラムがアルドーレ一人に捕まっている以上、全員が止めに入るタイミングを図っている。

「お前は何をやっているのだ……今はそれどころでは……」

 ファウオーの言葉に全員がハッとするがヘルマとアルドーレだけは動じずにいる。

「お前のいうとおりなんよ。こんなんしてる場合じゃない。さっさと新団長として指示を出せいうとんや!」

「ファウオー……悪いがお前の気持ちは汲んでいる暇はない。新団長襲名はカウコー団長の命令だと思え」

 アルドーレも珍しく怒気を走らせている。そしてそのまま続ける。

「俺たちはお前にできないとは思っていない。カウコー団長が言うからだけじゃない……俺たちもお前を見てきたからだ」

 他の幹部たちもアルドーレと同じような言葉を口にする。フラムも抵抗をやめて視線を向けてきたファウオーに頷く。

「な? 俺らはお前やから任せる言うてんねん。だからしっかり頼むでファウオー団長」

 胸ぐらを掴んでいた手はいつの間にか肩に置かれている。解放されて襟を正したファウオーが言葉を放とうと口を開く。そこにいつもの咳払いはない。

「私は兄のようにできる自信がない……」

 言葉を切った刹那に左頬に強い痛みが走る。吹き飛ばされて壁に身体を強い打ちつけたが痛みは感じない。ただ、なぜか悲しい気持ちになった。

 見上げると息を荒げているヘルマと冷たい眼差しのアルドーレが目に入った。

「ふざけんな! 新団長はお前しか認めんからな!」

「……ヘタレが!」

 二人は捨て台詞を吐いて退出してしまう。その足で外で待っていたテコと共にベルブラントへ戻ってしまった。


「と、まあ……そういうことがあって…………」

 兄を亡くしたショックで落ち込んでいたのかと思っていたが、予想外の話に驚く。セレナたちも普段は厳しい態度のファウオーと真逆の姿に困惑した。

「団長になるのが嫌なんですか?」

 セレナの問いに首を振る。

「……私は兄さんのようには振る舞えない。騎士団を率いるためのカリスマ性もない。私では荷が勝ちすぎる」

 テコとシエルたちが部屋から出てきて再び全員が揃う。

「何の話?」

 先ほどと違う雰囲気にシエルが尋ねグーテスが小声で経緯を話す。

「団長をしたくないわけではないけどできない……ううん、自信がないだけ?」

「あたしはファウオーさんが適任だと思うわ」 

「うん、だって……カウコー団長の真似なんて誰もできないからね。一番ちゃんとした人が団長なら安心できるかな」

 シエルの言葉にファウオーが目を丸くする。それを見てセレナが言葉を繋ぐ。

「ファウオーさん、カウコー団長と同じようにしようと思ってたでしょう? 多分みんなそんなことを望んでなんかいないと思うわ。ファウオーさんが率いる新しい騎士団でいいのよ。カウコー団長もきっとそれを望んでいるはずよ」

 ファウオーはしばらく黙ってしまうがこれまでの暗い表情は少し晴れたように見えた。

 沈黙を破ったのはセレナの通信端末とイルヴィアの登場だった。

「みんな、団長はどこ⁉︎」

「この奥だ」

 フラムに連れられて部屋へ入るとイルヴィアの大きな泣き声が響いてきた。それを聞いたソルフィリアはまた泣きそうになっていた。

 一方で通信を受けたセレナは端末を見つめる。相手はルゥからだとわかり少しためらう。

「ルゥ先輩からだ……団長のこと伝えなきゃ」

 意を決して通話を開始するとルゥが早口で話しだす。

「セレナか⁉︎ 今すぐゼピュロス騎士団を出してくれ! カウコー団長を殺したのはカイ……ボアレースのカイ団長だ!」

 情報の整理が追いつかず思考はしばらく止まったままだった。


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