head out Ⅵ
ベルブラントにもカウコーの訃報が届き悲しみと動揺が広がっていた。
何かと足を運んでは建設に関わる人や住人に声をかけてまわり、彼の温和な性格もあって老若男女問わず慕われていた。それだけに建設の手が一時止まるほど街中の誰もが悲しみに暮れる。当然すぐに受け入れることができない人も多くいて、情報の真偽を確かめるためにギルドへ詰めかけてくる。トルネオやネーネは悲しむ暇もなく対応に追われていた。
ふたりは対応に追われながらも子供たちの反応が気がかりだった。
兄妹たちにとって自分たちを引き取ってくれたトルネオは厳しい主人であり年若い父親のような存在であるが、カウコーは甘えさせてくれる親戚のような存在だった。常に目線を合わせてくれる気遣いや誰に対しても公平に接する姿勢は尊敬できる大人としても見ていた。
声を出して大泣きしたのはソージとビシーの男の子ふたりだった。騎士としても人としても尊敬し、心のどこかでは目標とする人物だったのかも知れない。ディーレやエファたちも夜通し泣き続けた所為で疲れて眠っている。
アーラはカウコーと直接話す機会は少なかったが、トルネオと同じ信頼できる大人としてみていた。兄妹たちが辛い頃の記憶を思い出さないかとシドが心配していることに気がつくと悲しい気持ちに蓋をしてシドと共に片時も離れずに慰め続けた。
「何を考えているのか分からんが腹黒なのはよく分かった」
「はは、君は正直者だね。全部顔に出ているよ」
そう言い合っていたトルネオもいつの間にかカウコーとは仲良くなり、何でも話せる親友として、今はどれほど忙しくても時間を作って一緒に食事をするようにしていた。
「あいつが……信じられん」
ギルドでの対応や止まってしまった計画をどうするのか。昼間の目が回るほどの忙しさも夜遅くになってようやく落ち着きを取り戻す。一息ついて頭を空にすると色々なことを思い出す。
「子供たちも泣き疲れて今は眠っているよ」
後ろからネーネが抱きしめるとその腕にしがみつき震えていた。
プロトルードにも当然知らせが届く。知らせを受けたのはリーダーのセレナだった。聞いた瞬間に涙がこぼれそうだったが平静を装う。
いつもと様子が違うことに気がついたグーテスが通話を終えたセレナに尋ねる。
「何か……ありましたか?」
背を向けたまましばらく黙っていたが、それは気持ちを落ち着かせるためで、目をぎゅっとつむって大きく息を吐き出してから振り返る。
「落ち着いて聞いてね。……カウコー団長が亡くなったそうよ。何者かに殺害された……て」
次の言葉を待っても何も出てこない。誰もが言葉を失い胸に大きな痛みを覚える。ソルフィリアは大粒の涙をこぼすとシエルに抱きしめられる。セレナも気丈に振る舞おうとしていて表情こそ変わらないが泣き出したソルフィリアをみて流れる涙を止められなかった。
「あいつが簡単にやられるのか?」
テコも驚きのあまり姿をみせる。テコの言葉は誰もが思う疑問だったがセレナは涙を拭うと首を横に振る。
「詳細はまだわからない。騎士団内でもまだ混乱しているようなの」
「わたしたちは……わたしたちが今やるべき事はなんだろう?」
ソルフィリアはまだ嗚咽がとまってはいなかったがシエルの言葉を聞くと涙を拭い気持ちを奮い立たせる。
「フラムさんからの指令はベルブラントの防衛。ヘルマさんとアルさんは本部に招集がかかっているから、その代わりを務めるわよ」
3人は頷き砦へと赴く。道中でテコにお前たちは行かなくて良いのかと尋ねられる。
「すぐにでも行きたいわよ。団長にはたくさんお世話になったんだから。でも……信じたくない気持ちもあって……現実を受け入れたくないていうか……」
「僕は実感が湧いてこなくて……でも……はっきり言って、怖いんです」
正直な気持ちは皆同じだった。
「他国から来た私のことも快く受け入れてくれて本当に感謝していて……それなのに……まだ恩も返せていないのに……」
神聖国出身のソルフィリアは王国や騎士学校の情報を得るために留学させられていた。その事を後ろめたく思っていた彼女に何もかも知ったうえで学籍を偽造してでも騎士団入りを後押ししてくれた。シエルをはじめとした仲間のためでもあるのだが優しく受け入れてくれたことに素直に感謝していた。
ソルフィリアだけではなく騎士団員のほとんどがカウコーに何かしらの恩を感じている。テコも例外ではない。
刺客から狙われているシエルの身を守ることは造作もないが傷ついた心には何もしてやれなかった。それを仲間ごと救ったのがカウコーだった。やり方に気に入らない部分はあったが今では感謝している。なんとなく苦手な感じではあったが悪いやつではないとは思っていたし、天の声だからと特別視することもなく話しかけてくることに好感を持っていた。
――その程度の感情しか持っていないと思っていた
「俺はちょっと怒っている。殺されたっていうなら犯人がいるはずだよな? 騎士団はちゃんと動いているのか?」
「あたしだって腹が立っているわ! それに犯人探しなら大丈夫でしょう。きっとみんな仇を討ちたいに決まっているもの」
悲しんでばかりはいられないと砦へと急ぐ
砦ではすでに知らせが行き届いているのか動揺と混乱が入り混じって見たことがないほどに皆が取り乱していた。統制が出来ていないのはヘルマたちに何かあったのかもしれない。四人は急いでヘルマたちの元へと急ぐがどこにも見当たらない。
ようやく見つけた場所は砦で一番高い場所にある塔だった。合流して階段を駆け上がるごとにヘルマとアルドーレの怒号が大きくなって聞こえてくる。
「てめぇ、いい加減にしろ‼️ ガキみたいなコト言ってんじゃねぇ‼️」
「うるせぇ! 俺はいかねぇつったら行かねぇ‼️」
「この……」
アルドーレがヘルマの胸ぐらを掴んで殴りかかろうと腕を振り上げるとセレナがふたりの間に割って入って制止する。
「ちょっと! ふたりとも何してるの⁉️」
セレナのお陰でアルドーレの腕は振り下ろされることはなく、お互いの距離も離れる。興奮気味ではあったが徐々に落ち着きを取り戻すが、ふたりから口を開くことはなさそうだった。
「おふたりとも……団長のことは聞いていますよね?」
セレナの問いかけにも答えることはなく黙ったままでいる。どちらかが口を開くのを待っていたが埒が明かずにセレナがイライラをぶつける。
「聞いているから喧嘩していたのでしょう? 本部へ帰還することも知っていますよね?!」
かなり強い口調で言ったつもりだったが、ふたりは拗ねて互いの顔を見ないよう別々の方角を見ている。
「お二人とも早く本部へ……」
「俺は行かねぇつってんだ!」
グーテスの呼びかけにもヘルマは拒否の姿勢を見せる。
「なんで行かないんですか? 団長……待っていますよ」
シエルの言葉には拳に力を入れて我慢しているようだった。
「お前がいかないなら俺ひとりで行く」
「駄目だ! お前もここに残れ」
「はぁ⁉️ お前ほんとうにふざけるなよ?!」
再びヘルマに詰め寄ろうとするところをグーテスが止めに入る。
険悪な雰囲気のまま何故こんな時に喧嘩をするのかと困り果てていたが、不意に重たい空気を裂くようにシエルがもう一度問いを投げかける。
「団長に会いに行けない理由はなんですか?」
しばらく沈黙が続いたが、先程のヘルマとは打って変わって弱々しい声が聞こえる。
「俺達は……」
「はぁ⁉️ はっきり喋れよ!」
アルドーレの声に呼応するかのように声のボリュームが上がる。
「俺達は団長にここを守れって言われたんやぞ! 何があってもここを離れるわけにはいかん! それに……」
ヘルマは立ち上がると遥か西方を見つめる。
「ロージアは団長から受けた任務を続けとる。あいつはまだこのコト……知らんのやぞ? あいつを差し置いて俺等だけ……任務ほったらかして……いけるんか?」
「いいから行きなさいよ、バカヘルマ‼️」
セレナの叫びが塔の中に響く。
「団長の命令だからって言い訳して行く勇気がないだけでしょう⁉️ 団長がそこまでして命令に従えっていうのかしら⁉️ 絶対に言わないわ‼️」
「俺は……」
「さっさと行って! 何かあっても戻って来るまではあたしたちが代わりに街を死守する」
セレナの言葉にシエル、ソルフィリア、グーテスが頷く。
「あんたが行かないと……みんなが団長に……」
最後まで言葉を繋げることが出来なくなりシエルの胸で声を殺していた。
「行こう、ヘルマ。まずは俺等が行って確かめないとみんなが困る」
「ああ、悪かった……」
下を向いたまま怒りとも悲しみとも言えない複雑な心境が表情に現れていた。
「俺が送ってやるよ。転移なら一瞬で行き来できる」
「すまん……頼む。お前らも……ほんまに悪かった。すぐ戻ってくるからここは任せた」
ヘルマとアルドーレは砦の騎士を集めてセレナを部隊長代理にすると告げてテコの転移で本部へと向かう。
戻って来たのは翌日の深夜であったが全員がヘルマたちの帰りを待っていた。
その口から告げられたのは真実であるということ。そして新しい団長にはファウオーを推薦してきたと話した。
「セレナ、シエル、ソルフィリア、グーテス――お前らはすぐに本部へ行け。何か嫌な予感がする。本部に行ったらそのままファウオーとルクソリアのとこに居れ」
「こいつの嫌な予感だけは信用できる。あまりしたくはないが……」
これ以上何が起きるのかと不安になるが今は従うことにする。
団長殺害についてもわからない事だらけであり、仇を討つにしても情報が欲しかった。
何より一刻も早く団長の顔をみたい。
四人はゼピュロス騎士団本部へと向かった。




