head out Ⅴ
帝国の出兵が始まる頃、王国の南東では平民による大規模なデモとそれに紛れた過激派の掃討が行われていた。
「こちらは片付きましたね」
「デモ隊も解散したんで此処らはもう大丈夫ですね」
ノトス騎士団副団長デシテリアはバウトと共に丘の上から街を見下ろしていた。周りには此処まで追い詰められて一斉に取り押さえられた暴徒たちが喚いている。
「うるさいなぁ……静かにしなよ」
「「はい!」」
暴徒たちに話しかけたのはイルヴィアだった。余程恐ろしい目にあわされたのかイルヴィアの姿を見るなり青い顔をして黙ってしまう。
「さっきまでの口汚い言葉が嘘みたいだな?」
当のイルヴィアは何のことかわからずに首を傾げている。
「助かりましたよ、イルヴィア副団長」
「いいって。アタシたちも色々助けてもらってるんだから」
他国を巻き込む不正取引きで私腹を肥やし、その負債は全て王国の商人に負わせる事件が明るみになると各地で身分制度の撤廃や貧困を訴えるデモや暴動が相次いだ。特に東側の地域はイーリア教の影響が強く、暴動など過激な行動をとる者が多い。
「一応ですが教会も軽率な行動は控えるよう声明を出していますが……あまり効果はなさそうですね」
イルヴィアは捕えられた暴徒たちの前に行くとしゃがんで目線を合わせる。視界に入った数人は身を固くして動かなくなるがお構いなしに質問を投げかけられる。
「ねぇ、教会の言うこと聞かないの、なんで?」
バウトは確かにという表情で暴徒たちの答えを待つ。これまでも捕えて尋問はするが何故その行動をおこしたのかという理由を問うばかりだった。信徒であれば教会の命令で動いてもおかしくはないが、今回は明確に動くなと声明を出している。信徒であれば教会の出す声明を聞いていないはずもないが信仰の深さは人それぞれで一枚岩ではないのかもしれないと考えた。
口をつぐむ暴徒たちにイルヴィアは問い掛け続けるがすっかり怯えてしまい震えていた。
「まあまあ……あまり怖がらせたら話してくれませんよ」
「別に普通に聞いているだけなんだけど?」
「あんなにも簡単に吹き飛ばされて空中で身体の自由を奪われたら……流石に怖いですよ」
彼らを一網打尽にするために風を操って強制的に一箇所に集められると空中に浮かされ、もがく程に身体がぐるぐると回転し続けていた光景を思い出しアリスは苦笑いを浮かべている。
「もう一度アレやる?」
イルヴィアの脅しに囚われの暴徒は一斉に首を横に振る。
「わ、わかったよ。話すから俺たちの身の安全だけは保証してくれないか?」
「どういうことです?」
彼らが怯えているのはイルヴィアの脅しだけではなく別にもあるのではとデシテリアも身を低くして彼らの声に耳を傾ける。
「あの声明は一部分だけだ。長たらしいが要約すると『王国の貴族は許されざる愚行を犯し弱者を食い物にした。だから軽率な行動は取るな。よく考えて行動しろ』だ。動くなとは一言も言ってねぇ」
イルヴィアとデシテリアは呆れ顔を見合わせる。
「だからって暴れろとも言ってないじゃない。君たちの捉え方が間違っているんじゃないの?」
「わかってねぇな、ねえちゃん……一部の奴らにとってこれは行けっていう号令なんだよ。現に今ままで一度も本国から神殿騎士団は動いていないだろ?」
「当たり前でしょう? そんな事したら王国の騎士団が許さないよ」
「そうじゃねぇよ。メガゼリアに逃げた奴らは身柄の引き渡しどころか捕まってもいねぇんだ」
デシテリアは「なるほど」と呟くと、酷く納得した表情で口を開く。
「テロや暴動の主犯が逃げた際の捜査協力は口だけというわけですか……あまり期待もしていませんでしたが。けしかけていたのも……一部だと思いたいですが教会が関わっていたと」
「直接的ではないが圧力をかけられる派閥もあるって噂だ」
なんとも言えない表情のデシテリアを見てアリスがため息を吐く。
「真相が見えてきたのは良い事ですが……面倒なことになりそうですね」
「こいつらが言っているだけで証拠もないしな」
詳しい話は後で聞かせてもらうとして身柄の安全もデシテリアが約束。誤送用の馬車へと連行されていくのを見守った。
「結局、教会の言うことは聞いていたんだ」
「そのようですね。教義など関係ない思惑があるように感じますが……」
話題を変えようとデシテリアは一呼吸おいて話しかけようとしたとき、丁度イルヴィアが携帯している通信用の魔道具が着信を知らせる音を響かせる。
「あ、ごめん。……誰だろ?」
冒険者カードを改良した通信機は発光する色で誰からの連絡かがわかるようになっている。持っている人物はまだ限られていて、それぞれのイメージカラーで設定されているから事前に知らなくてもある程度わかるだろうとイルヴィアは思っていた。
しかしカードは白く発光している。すぐに思いつかなかったが騎士団本部にも設置していたことを思い出す。
――誰だろう?
そう思いながら応答すると聞き覚えのある低い声だった。
「イルヴィアか?」
名を呼ばれるとすぐに相手が誰なのかわかった。何度も呼ばれたことがあるその声は魔道具を通して聞くと暗く感じた。
「フラムさん? アタシだよ、魔道具使えたんだ」
いつものように軽口で会話を始めるが舌打ちどころか何の反応もない。
「……あれ? えっと……どうしたの?」
流石にいつもと雰囲気が違うことを察してフラムの言葉を待つ。沈黙の時間はそれほど長くはなかったが待っている間に周りの音も消えたかのように静かに感じる。
自分の鼓動が聞こえそうなぐらいの静寂の中にいる感覚だった。
「落ち着いて聞いてくれ」
聞こえはしないがフラム自身が落ち着くために深呼吸しているようにも思える。
「……何?」
緊張で息が詰まりそうだった。自分が今呼吸しているのかもよくわからなくなっている。
「団長が…………カウコーが……殺された」
フラムの言葉を聞いて一瞬何も考えられなくなったが、すぐに吹き出してしまう。
「あははは! 何言ってんのフラムさん? 普段冗談とか言わないからそんなつまんない嘘が出ちゃうんだよ。だめだよ、言っていい冗談と悪い冗談があるんだから。今度ヘルマに教えてもらった方が良いよ。しばらくは調子に乗っちゃ……」
「嘘でも冗談でもないんだ‥…聞いてくれ。すぐに本部に戻って来い」
話を遮られたことに腹が立つ。まだ嘘をつき続けることにも。
「あのねぇ……本当に怒るよ? 緊急の招集ならそういえば良いじゃん⁉︎ 嘘でも団長が……」
「俺がそんな冗談言うと思っているのかっ⁉︎ 本当のことなんだ! つべこべ言わずに戻って来い!」
怒気を含んだその声は少し泣き出しそうにも思えた。そこで漸く頭が真っ白になっていたことを認識した。
音声は周りにも聞こえていたため近くにいたデシテリアも驚いていた。
「嘘……でしょ? ねぇ……嘘だって言ってよ……だって、団長だよ? あの団長が……」
イルヴィアの中でクロリスがしっかりしろと声をかけて思考が動き出す。それでもフラムの言葉を受け入れられずにいた。受け入れたくなかった。
イルヴィアも徐々に声が大きくなり周囲の風もざわつき始める。
「殺されたって……団長が簡単にやられるわけないでしょ……ねぇ……そんなわけ……」
「なんでもいいから戻って来い!………頼むから……戻って来てくれ」
最後は涙声で消え入りそうだった。
そばで聞いていたデシテリアが声をかける。
「ヴィア……すぐに戻った方が良い」
「でも……アタシ……団長の命令でここに……」
「良いから! ……ここは僕たちでなんとかできる。君は今すぐに本部へ戻るんだ。……クロリスさん、あとはお願いします」
姿は見えないが近くにいるであろうクロリスにも声をかける。
イルヴィアは独り言をいくつか呟くとデシテリアに礼を言う。
「良いから早く行ってください」
イルヴィアは袖で目を拭うと風のように消えていった。
入れ違いでバウトとアリスが駆け寄ってくる。
「副団長、大変だ!」
「本部から緊急の連絡が入りました。ゼピュロス騎士団団長が……」
アリスが言い終える前に真実であることに思い至り胸が痛んだ。
「カウコー団長が殺されたんだね……」
イルヴィアの姿が見えないことに気がつき、すでに聞き及んでいたのだとわかるとデシテリアの表情を見てアリスも胸が苦しくなる。
「何かとても嫌な予感がする。団長に南西部の警戒を進言する。ここは二人に任せるよ」
デシテリアは展開していた部隊に指示を出しノトス騎士団本部へと戻る。




