head out Ⅳ
議会に参加していた貴族が外国との取引で不正な利益を得ていた事件は瞬く間に国中に広がった。東では普段から不満を抱くイーリア教徒がデモを起こして身分制度の撤廃を訴える。規模は小さくとも同様の訴えは各地で起きていた。
「宰相……また意見書が各地から……」
書類を抱えた職員が執務室にやって来るたびにまたかと思うが顔には出さずに礼を言って書類をいつもの場所に置くように指示する。だがふと置き場を見ると書類は山のように積み上がり、新たに置く場所など見当たらなかった。
「ああ……すまない、こっちにおいてくれるか」
別の場所に書類をおいて職員が退室すると入れ違いでトリニアスが入ってきた。
「よろしいですか、父上」
「トリニアスか……どうした?」
「エクシム王子の命で助っ人に」
「王子が?」
頷くと勝手に書類の山を仕分けし始める。
「今回の件は我らが秘密裏に調査を進めて確たる証拠を掴むまではお伝えできませんでしたから、その……父上にもご迷惑をおかけしただろうという事で事後処理の手伝いに参りました」
「そうであったか。見ての通り追いついていなくてな……困っていた。お前が来てくれたなら数日で片がつきそうだ。王子にも礼を言わねばな」
「将来のために仕事を覚えて来いというのが本音のようなのですが……逆なような気もして」
「ははは、良いではないか。どちらもお前を思ってくれてのことだ。良き主、良き友に巡り会えたな」
カエラムの笑顔は父親のそれに変わっておりトリニアスは気恥ずかしかったが少し嬉しくもあった。
目下の懸案事項は追放された諸侯の領地管理についてだった。既存の領主の管轄を拡大するにしても配置を変えるにしても時間はなく、それに足る人材も揃ってはいない。各地で民衆が騒ぎ始めているだけに早く対処しなければならなかった。
「それに関してですが、何人かの官僚を代理として送っては如何でしょうか?」
手を止めて少し考え込むがまたすぐに手を動かしながらトリニアスを見ずに話始める。
「それは民による政治を妨げるものにならないか? エクシム王子は王家による完全統治を考えているのだろう?」
「そこは否定しません。ですが現実問題として誰かが治めない事には始まらない。民へ移管するにしても今の領主制度では全く進むことはないでしょう。であればこれは好機だと捉えるべきです」
「確かにお前のいう通りだ。だがそのまま王政に移行するわけにはいかないのだ」
「何故そこまで王政を拒み、民自らの統治を望まれるのです?」
お茶を淹れてゆっくりと話したいところではあったが目の前の書類がそれを許してくれない。トリニアスも書類の山を次々と処理して減らしている。
「王家はやがて衰退していくだろう」
王宮内で声を大きくして話していい内容ではなく、背にしていたカエラムの方へと振り返った後、扉の向こうに人はいないかと確認する。
「そう心配しなくても良い。ここで働く者は大体知っている」
それもどうかと思ったが話に続きがありそうだったので今は口を挟まずにいた。
「王自らが仰せなのだ。このままでは未来はないのだと」
トリニアスは現王も未来視の持ち主なのかと疑うが、それはすぐに否定される。
「王は未来が見えるわけではないが、王政にしても王国はこれ以上発展しないだろうと仰せだ。身分など関係なく平等に……才覚のあるものが台頭することでこの国はより強くなるだろう……とな」
「しかしそれでは格差が生まれます。一人の王が統治する事で秩序が生まれ真に平等が生まれるのです」
カエラムはその意見は正しいと前置きし続ける。
「だがそれでは王の能力次第で大きく変わってしまう。一人に頼るのではなく皆で助け合う必要があるのだ」
「そんな綺麗事だけで国を治められない事は父上が一番ご存知でしょう⁉︎ あの貴族たちと同じように私利私欲のために不正を働く者も出てくる」
珍しく興奮しているトリニアスに驚きはしたが、本気でこの国の行く末を考えていることがわかり誇らしさも感じる。
「お前たちの代は大丈夫だろう。だがその次は? 今を良くすることは必須だが、我々は未来に何を残すのかを考えることも同じように重要なのだ。見ることがない未来に責任を持つ必要はないのか? そうは思わないだろう……お前たちも」
自分たちの後の事はその時に任せれば良い。自分たちに託してくれるように。
そう思っていたが更に先を考える必要があるのかと、思考がそちらに向いてしまい黙ってしまう。
カエラムもそのまま話を止めてしまい黙々と仕事を続けた。
後日、領地の問題は埒が明かず現実的な対応として官僚を数人ずつ派遣しチームで領主代理を行う事となる。
帝国は1年以上も前から王国との不正取引を把握しており、事件の関係者を全て粛清した。その中には当時の皇帝も含まれており不正を暴いた現皇帝アレクサンドリアの手で処刑される。皇帝の座はその死を持って甥に譲ることになった。
帝国にとっての問題は共和国との共謀だった。近年の共和国との関係は王国とよりも険悪でいつ戦争になってもおかしくはない状態だった。戦争が長引けは長引くほど双方に利益が生まれる。それを知ったアレクサンドリアは激怒した。そのまま帝位を奪うべく画策して皇帝の罪を断罪すると共にクーデターを起こし、自分よりも継承権が上の親族を全て抹殺し皇帝の座についた。
取り引きの実態は物の動きはなく紙切れ1枚だけが3国を行き来するだけであったが、しわ寄せは王国の弱小商人に集められ悲惨な目にあわされていた。
そこまで知ったうえで王国の首謀者を引き渡すよう交渉を行う予定であったがアレクサンドリアはそれを直前で取りやめさせた。
一番の理由はこれ以上王国に“借り”を作りたくなかったからだ。
事件の情報源はエクシムだった。いずれ王位を継ぐかも知れない相手にこれ以上は許されない。
そして時は現在に戻り一通の書状がアレクサンドリアに届けられる。それを読み終えると配下のひとりに渡す。最後のひとりが読み始めたところで大柄で見るからに筋骨隆々の男がアレクサンドリアに声をかける。
「どうするんだアレックス? 個人的には応じたいがの」
「ゼノン、陛下に対する口の聞き方がなっていませんね。それにこのような話……全くあなたという人は……」
「アンテミウス、お前さんは相変わらず堅いのう? 面白そうだとは思わんか? なあ、レオ」
眉間にシワを寄せるアンテミウスをよそに金髪の剣士に話をふる。だがレオと呼ばれた剣士は無言のまま表情を変えずに目を逸らす。
「ヌシは無口じゃのぉ?」
最後のひとりが読み終えると書状をアレックスに返す。
「どう思う、ユリウス?」
受け取った書状をひらひらと揺らしながら玉座に頬杖し、ユリウスと呼ぶ少女にも見える青年に対しからかう様な仕草で訊ねる。
ユリウスは何も動じることはなく堂々と答える。
「よほどのお人好しかタダの馬鹿ですね」
ユリウスの答えにアレックスとゼノンが大声で笑い、アンテミウスも笑いをこらえていた。
「お前の答えは率直で良い」
「で、どうなされるおつもりで? まぁおそらくは……」
「ああ、この話受けてやろう。これで借りは返せる」
アレックスが玉座から立ち上がると四人はその前に横一列に並び膝をつく。
「俺、自ら前に立つ。お前たちも続け!」
少数精鋭で編成されたシデレニオ帝国特別軍は皇帝アレックスを先頭にテネブリス王国北西部に向けて進軍を開始する。




