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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り head out
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head out

 ルゥがボレアース騎士団に入団して一年が経ち、本来ならばシエルたちも騎士学校を卒業してから騎士団へ入団するはずであった。

 在学中の実践試験中に黒装束の集団に襲われる。犯人達のその身を犠牲にしてまで凶行に及ぶ目的はシエルの抹殺だった。その為には他の生徒も巻き添えにしかねないと判断したゼピュロス騎士団はシエルを保護するために騎士団預かりとした。

 そのシエルも正式に入団を果たし騎士見習いとして働いている。とはいえ与えられた役割も環境も何も変わってはいない。変わったのは関係性だろう。

「お前……本当に何でもありになってきたな」

「えへへ、ロジ先輩に褒められた」

「いや、褒めてねぇよ。呆れてんだよ」

 大量の積み上がった木材を前にロージアは呆れ顔でいる。

「これさ、どっかで消えてなくなるとかないよな?」

「テコが構成元素を解析してコピーしてくれたから大丈夫! 補強もしてあるから上手く使えば千年は朽ちないって言ってました」

「単位も量もめちゃくちゃだろ……」

 大量の木材をどう捌くか悩んでいるとカップを差し出される。ミルクコーヒーのいい香りにつられて手に取ってから差し出した相手を見るとアルドーレだった。

「まあまあまあ。木材が足りないのをこうして用意してくれたんだからいいじゃないか。ほらみんなのお茶も用意したから休憩にしよう」

 お茶だけではなく軽食としてサンドイッチも用意してあり作業をしていた手を止めて皆が集まる。

「アルさん、ありがとうございます」

 セレナがお礼を言うと他の面々も同じ様に礼をいってから口をつけていく。様々な具材で彩られたサンドイッチはあっという間になくなる大盛況ぶりだった。

「これだけ喜んで食べてくれたら作った甲斐があるな」

「おまえ、ほんま器用やな。俺は作るより食べる方がええけど」

 ヘルマが珍しくアルドーレを褒めるのでロージアが「キモい」と呟き喧嘩になりそうなところを皆が止めるのはいつもの光景となっていた。

「なぁシエル……自分、木材だけじゃなしに食べ物とかも創り出せんのか?」

「おお! 考えたことなかった」

「お菓子とか食べ放題になるぞ」

「え、ちょっとテコに……」

 テコを探そうとするシエルの腕を掴み厳しい表情のセレナが顔を近付けて囁く。それは音量こそ控えめだが重く体に響く様な声だった。

「ダメよ、シエル! そんな悪魔の口車に乗せられたら……」

「誰が悪魔やねん」

「……太るわよ!」

「ええー⁉︎ それはヤダ、困る!」

「少しぐらいなら良いのでは? みなさん太る体質ではありませんし」

「いや、見えない所が大変なのよ。フィリアは羨ましいところに全部いっちゃってさ……」

「ほう……」

 ヘルマがソルフィリアの一点にピントを合わせた瞬間、ロージアとアルドーレの拳が視界を塞いで薙ぎ倒される。

「このバカが!」

 ロージアは更に蹴りをいれる。

「いってぇな! 見るだけなら良いだろ⁉︎」

「いや、お前死にかけてたぞ」

 アルドーレが指差す方には鼻息荒く魔弾を放つ構えのセレナが居た。

「死にかけたというよりも死んでたな。……すんませんでした!」

 土下座で謝罪するヘルマの尻をもう一度ロージアが蹴ると一同は笑いに包まれた。



 少し離れたところからテコとクロリスが様子を見守っている。姿を具現化させずに存在だけが宿主から離れたような、謂わば幽体で活動ができる様になっていた。まだ制限が多くこうしてふたりで会話をする程度しかできない。

「平和ですね」

 目の前の何気ない日常にクロリスが頬を緩めて呟く。

 この2年でシエルたちが襲われることはなかった。勿論、騎士学校への被害も出ていない。新都市建設に関わる人員はヘルマをはじめとした腕に覚えのある精鋭揃いなのもさる事ながら、シエルの実力がイルヴィアと双璧をなすことを喧伝した事が大きかったと周りは評価している。

 発案はノトス騎士団のデシテリア・ヌビラム副団長だった。

 イルヴィアの時と同様に合同演習を行い、その実力を大いに披露する事で牽制になると期待していた。だが思わぬところで別の問題が生じる。

 隣国のシレゴー共和国とは広範囲に影響を及ぼす魔法兵器の所持禁止を条件に和睦に至った。脅威となる兵器を持っているのではないかと疑義を問う書簡が届く。〈風神ゼフィール〉と〈雷神エクレール〉などというのは新たな魔道兵器ではないのかと。

 噂を流したのは商人たちである。隣国シレゴー共和国とは長らく国境線を争ってきたが貿易により友好関係を築く狙いがあり、宰相ヌビラムの嫡男で当時外交官を勤めていたトリニアスの発案の外交政策なのだ。

 進み始めた関係に思いがけず亀裂が入りかけたが、流通と都市開発を一手に任されているウェッター商会のトルネオはこれを逆手にとって街道で魔物に襲われる心配がない事や二人の異常性は武具や食品の品質のおかげだとうそぶいて商品のレートを上げるなどして上手く話を逸らしつつ利益を得るための布石を打ち続けた。

 その甲斐もあって悪い噂はすぐに沈静化され平穏な日々が続いていた。

「流石だね。イルヴィアの〈風神ゼフィール〉はともかくシエルの〈雷神エクレール〉なんて内輪ネタでしかないのに」

 楽しそうに笑う騎士団長カウコーにトルネオは勘弁してくれと顔をしかめる。実際に無茶振りはこれだけにはとどまらず気苦労も絶えなかったが、その甲斐もあって新生ベルブラントは急ピッチで開発が進んだ。もちろんトルネオ一人の力ではない。

 建設の関係者以外にも労働者として多数の人たちが出稼ぎにやってくる。主に冒険者たちなのだが、気の荒い者が多くトラブルが絶えない。そこでギルドから派遣されたネーネが支店を開いて管理している。

「団長さん、こんにちは。この人を呼びにきたんだけど、一緒にお昼どうですか?」

「やあネーネ。お言葉に甘えてご馳走になろうかな?」

「全く……。仕事はしなくて良いのか?」

「みんな優秀だからね。私が居なくても十分やっていけるよ」

 三人が並んで歩く通りにはすでに店舗が開店し営業を始めている。都市開発に関わる全ての人が住み込みのため完成した居住区に住むことになるのだが、予想を遥かに上回るスピードで建設が進んだこともあり移住希望者を前倒しで受け入れた。

 地方に住む若い世代が多く、ちょうどカウコーたちの対面から赤ん坊を連れた若い夫婦が歩いてくる。三人とすれ違いざまに赤ん坊は笑ってカウコーに手を伸ばす。

「団長さんは子供にも人気ありますよね。誰かと違っていつも笑顔だからな?」

「子供だから上面に騙されているんだ」

 ネーネがいつものようにトルネオを揶揄っているとカウコーがいつもの軽い調子で疑問を口にする。

「ところで……二人はいつ結婚するんだい?」

 カウコーの唐突な言葉にネーネは顔を真っ赤にする。

「お前……何を言い出すかと思えば」

「そ、そうですよ! け、結婚どころか……まだ、付き合っても……」

 ネーネの声が徐々に小さくなっていく。ふたりは気まずくなって別々の方向に目を向ける。

「予定はあるのだろ? 早く君たちの子供を抱かせてほしいな」

 ネーネは顔から火がでたまま思考が停止する。

「お前なぁ……親みたいなことを…………。お前こそさっさと相手見つけて自分の子供を抱けば良いだろう」

「ははは、それもそうだね」

 カウコーは振り返ってすれ違った親子の遠くなった背を見て目を細めた。


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