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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 入学試験
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受験会場へ

 寒さが和らぎ少しずつ暖かくなってきた頃、今年で15歳になるシエルは騎士学校への入学を目指していた。そして今日、陽が昇り始めた頃、試験を受けに行く為の身支度を済ませた彼女は門の前にいた。

 シエルは“自分自身”も、“周りの人間”も、守るための強さを求めていた。それは幼いころに経験した誘拐未遂事件——理不尽な暴力によって母を失ったこと、が起因している。守れなかった責任というよりも同じ悲しみを他の誰かに感じてほしくない。自分の目が届く範囲では誰も悲しませない、そんな強さを求めていた。

 だから騎士学校を目指したのも騎士になりたいというよりも、理想を求める手段の一つとして学校があったというだけでしかない。



 この国に初等教育を受けさせる義務はなく、学校は平民の子供が行くものとされている。だから家庭教師を招いて自宅学習する貴族は多い。逆に中高等教育は貴族が中心であり、平民は働きに出る者が多いため少ない。

 シエルのパラディス家も当代限りとはいえ公爵なので当初は家庭教師を招く予定であったのだが、シエルは10歳になるまでに中高等学校レベルの学力はすでに身についていた。あとは母親の「好きなことは好きなように好きなだけ学ばせてあげたい」との意向もあって独学で突き進んでしまった。

 勉強好きの娘をみて、両親は学者にでもなりたいのだろうかと思っていたようだ。その割に剣術指南もしっかりやっているのだが……。

 それで騎士学校にいきたいと言い出した時の両親の驚いた顔に驚いたシエルの顔は今でも忘れられない。



 シエルの天才ぶりは生まれつきだ。1歳半を過ぎても一言も話さなかったのに2歳になる頃に突然、母親に自分で本を読むために字を教えてくれとねだった。両親や使用人が読書好きで家には多種多様な本が置いてあった。児童書以外にも剣術や魔法の指南書、歴史書に小説や図鑑など。読み書きができるようになると家中の本を読み漁るから母親が手当たり次第に買い与えた。

 本はそれほど安くはない。そんなものを大量に購入する貴族がいれば商人たちがこぞって売りにやってくるのだが、シエルが気に入る本が有るか無いかで売上が大きく違う。商人たちも随分と頭を悩ませ、とうとう一人だけしか来なくなった。ジャンルに関係なく新旧交えた品揃えの中に外国語の本も紛れていた。

 シエルは大いに興味を示したが、外国語の字や言葉を教えられる人間はいなかった。


 ある日、シエルは俺に教えてくれと話しかけてきた。


 生まれた時のようにもっと話しかけてほしいとも。


 例の誘拐未遂事件の時の記憶があることや自分が本当はどう思っていたのかを、拙い言葉で一生懸命に話してくれた。

 晴れて謹慎が解けてからの出来事は別の機会に振り返る。



 朝早くに出かけねばならないのには理由がある。自宅から学校まではかなり距離があるからだ。

「……本当に走っていくのか?」

「大事な試験の日なのだから、前日に近くの街に泊まればよかったのに」

 両親は心配そうに邸宅の門まで見送りに来ている。訳あって王都の郊外に移り住むことになり、近隣は建物もなく広々している。

「大丈夫だよ。合格したら寮じゃなくて家から通うつもりだし」

「早馬に乗っても2、3時間はかかるぞ?」

「トレーニングにもなるし大丈夫だよ」

「……まあ、とにかく気をつけてな。試験、頑張るんだぞ」

 シエルの無茶に毎度驚かされる両親だが、本人が大丈夫だというなら問題ないと毎度諦めているようだった。15年もみているのだから良い加減慣れろとも思うが、そうは行かないらしい。

「じゃあ、いってきます!」

 と風のように駆け出し、あっという間に見えなくなったシエルを両親はしばらく眺めていた。

「……あの子も、いずれ私たちのもとを離れていくのでしょうね」

 寂しげにつぶやく妻の肩を抱いてフォルトも、あの日からの出来事を思い返していた。

「どこに行ってもあの娘は、私たちの大切な娘だ」



 この養父母が今日までにシエルに危険が迫っていると感じることはなかった。あの誘拐未遂事件での虚偽の死亡を流布したことは効果があったように思っているだろう。逃走した犯人の一部はまだ捕まっていないが、取り締まり強化の甲斐もあってテロ活動は見られない。世間的には事件の被害者遺族でもある宰相はテロには屈しないが不貞と隠し子が原因で辞任したことで世論には屈した。

 テロ活動の減少は間接的にではあるが過激派の目的が達成されたからではと世間は噂する。


 でも最大の要因は養父であり現在の近衛騎士団長フォルト・パラディスの働きのおかげだろう。フォルトは騎士団を5つに分割し国の東西南北と王都に配置した。

 東はエウロス騎士団。テロ組織が多数潜伏していると謂われていたが、魔法に長けた騎士が多く、探知魔法で次々と壊滅に追いやった。

 南のノトス騎士団はスキル特化型が多く、比較的平和な土地柄であることから都市開発の手助けも行っている。

 北にボレアース騎士団。屈強な戦士で構成されているには訳があり、他国からの侵略と海賊に対抗する為だ。海賊を取り込んだ他国は船400隻で侵攻を開始。精鋭中の精鋭である7つの師団はその大勢力に怯むことなく見事撃退を果たし国の英雄となっている。

 最後に西のゼピュロス騎士団。北の攻防は東側の国からであったため、騎士団は何をしていたと批判もされたが、逆にゼピュロス騎士団がいるからこそ北の海から攻めてきたとも謂われている。バランス型の騎士団とも言われており、地味な印象を持たれがちである。


 それぞれの騎士団の設立時には人員は足りていなかった。何せ既存の騎士団を5分割するのだから。

 この人員不足を補うために建てられたのが騎士学校だ。

 各騎士団の管轄地域に一つずつ建設され、卒業後は各騎士団へ入団できる。もちろん北の学校から南の騎士団や王都を守る近衛騎士団へ入団することもあるが、各自の能力や適性を鑑みて配属される。



 シエルが試験を受けに来た学校は西のゼピュロス騎士学校だ。

 ゼピュロスを選んだ理由は明快だ。

「ここなら家から通えるね!」

「……家から通学マ?」

「お父さんとお母さん、寂しがるかなって?」

「……うん、寂しくないことはないかもしれんが、通うのは辛くないか?」

「大丈夫だよ。これぐらいの距離なら1時間かからないから」

「まあ、好きにしなよ」

 涼しい顔でとんでもないことを言ったり出来たりしてしまう。本人は当たり前のように思っているようだが、周りに気を使いすぎて無理をしていないか時々心配になる。

 そうはいっても200km以上離れた学校に毎日通うとか普通の体力や魔力ではもたないがシエルなら文字通り朝飯前だ。その実力が規格外すぎて天の声としてやりがいがあるとも思ってしまう。

 ——身体強化スキルでも無いところが怖いんだよなぁ。

 万が一の時のために転移魔法を作っとくかな。シエルはあまり使いたがらないかもしれないが念のために。

「他にゼピュロスを選んだ理由はないのかよ?」

 猫の手みたいな拳を唇に当てて少し考えている。思考を巡らす時は決まってこのポーズになる。

「……他はあまりしっくりこなかったから、なんだけど……」

 各騎士学校の案内をフォルトから受け取ってから何日か悩んでいた。何度も何度も読み返しては、フォルトに各学校の特色などを聞いていた。何か強い拘りや自分が進むべき道を決めあぐねているのかと思っていたのだが……。

「ゼピュロスって……声に出すとかわいいから!」

 聞くんじゃなかったと後悔した。

 抱えることも痛くなる頭もないが力が抜けていくことだけは間違いなく感じた。

「あ、そう……」

「あとね、何か楽しそうな予感がするから」

——どうせならそっちを先に言ってほしかった

 などと思ってみても、これがシエルだからで納得せざる得ない。無邪気な笑顔と楽しみにしている事だけでも良しとしよう。


 騎士学校は街から少し離れている。だから空から降りてこようと人目につくことはあまりない。途中から風魔法で飛んでいたから適当な場所に降りた。

 試験は学校内で行われる。既に大勢の受験者が集まってきていた。

 受験は貴族だけでなく平民からも受けることが出来る。騎士と言っても平たく言えば兵士だ。戦争になれば駆り出されて命を落とす可能性だってある。

 戦場では身分も魂に刻んだ想いすらも関係なく運と実力のみが明暗を分ける。

 剣となり盾となり、国を、人を、自分を、守ることが使命だ。

——大切な人を守るために相手を殺すこともあるんだが

 その覚悟があるのかは最後まで聞く勇気がなかった。



「すっごい人だね。みんな騎士を目指してここに来たんだね」

「合格は一握りだからな。直接入団することもできるけど、雑用だけで終わることもあるって親父さん言ってたしな」

「ここでなら色々なコト勉強も出来て、お得が満載!」

「何のセールだよ。学校詐欺みたいで一気に胡散臭くなるじゃねーか」

 終始笑顔で校舎までの道のりをきょろきょろと見まわすあたり、緊張はしていないようだった。


 ふと近くに緊張しすぎなのか顔面蒼白で額に冷や汗を流している男子が今にも倒れそうな足取りで横を歩いていた。

「緊張でガチガチじゃねーか。あいつの天の声は励ましたりしねーのかな?」

「ほんとだね。でもあたしも励まされてない」

「いや、お前は必要ないぐらいにリラックスしてるじゃん!」

 聞き終わる前にシエルは男子受験生の側に寄って行った。

「具合悪そうだけど緊張してる?」

「え、えっ?」

 いきなり声を掛けられたら驚くよね。試験前でナーバスになってるかもだし。

 それ以上にこんなかわいい子に声かけられたら緊張するよね? するよねっ!?

「汗すごいけどハンカチ使う?」

 いつの間にか取り出した自分のハンカチを差し出している。

「い、いえ!自分のがありますから!」

 そういって服の裾で汗を拭い始めた。よく見ると着ている服は地味でみすぼらしい。見た目で判断して悪いが平民だろうか。

「大きく息を吸って大声で、わーって叫んだらリラックスできるよ!」

「やめなさい! そういうのは人それぞれだから。あと、ここで大声出したら周りに迷惑だろっ!?」

「怒られちゃった」

「……えっと、誰に?」

 掴みどころのない言動と輝く笑顔を一方的に向けられて少年は益々困惑している。無理もないか。

「リラックスする方法は人それぞれらしいから自分の方法でお願いね!」

 少し少年の頬が赤くなっている気がするのは気のせいだろうか。顔色が良くなったのは重畳ではあるが、シエルに変な気を起こすんじゃねぇぞ? 弁えろ。

「少し顔色良くなったけど無理しないで。じゃあ試験、頑張ろうね!」

 そう言うとシエルは少年を置いて試験会場の校舎へ歩を進め始めた。

「あ、ありがとう!」

 少し離れてから少年の大きな声が聞こえ、シエルも振り返って手を振る。

「なんで声かけたんだ?」

 まさか、ああいうのがシエルのタイプなのか? 色恋はまだ早くないか? いやそうは言ってもお年頃だしなどと考えていたら、

「ここにいる皆、仲間になるかもしれないでしょ? 今から助け合った方が良いかなって思って」


 時々、天の声である「俺」でさえも量りかねるときがある。

 シエルは聖女か何かで、天の声事業部には手に負えないから転生した俺を就けたのか? 何て事を考えてみたこともあったが、辿り着く答えは同じだ。

——俺は運が良い。この娘は本当に飽きさせてくれない

 問いの答えにはなっていないが、日々の成長や幸せそうな笑顔をただ見ているだけで楽しかったし、この時間を守ってあげたいと思えた。

——天の声やってよかった!

 などと、ひとり悦に浸っている間にシエルの入学試験は始まった。


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