ルゥの初任務Ⅳ
迂回した先には林が見える。木々の間隔が広く人工的に作られたのであろうことが素人目にも分かりそうなほど等間隔だった。馬車を囲むような陣形では広さはあまり感じられず、低い木々の枝葉が邪魔をして見通しが悪く慎重に進まざるを得ない。何もなければ小一時間で抜けきる事ができるこの林も今は倍以上の時間がかかりそうだった。
「いいかよく聞いてくれ。まず林に入ったら視覚よりも音と匂いで索敵を行う」
犬系の獣人と二人の猫系の獣人が頷く。
「他のみんなもできる範囲で頼む」
次に梟系獣人の正面に向き直り尋ねる。
「悪いが馬車の上にあがって全方向の集音を頼む。姿勢は低くして良い。だが正面から襲われる可能性もあるから目も使って警戒してくれ」
「わ、分かりました!」
森に入る前に決めたのは耳を澄ませて敵が近づいて来るのを察知するというシンプルすぎる作戦だった。
正直にいえば索敵はシェルティオだけで十分だった。襲ってきた敵もルゥ一人でなんとかなる。ただし正面から来た場合だけだ。そんな事は恐らくなく、仲間から襲われるのは目に見えている。であれば個々人が警戒を怠らなければ不意打ちを受ける可能性は低い。察知さえできれば対処できると判断した。
素人集団とはいえこのメンバーで連携のようなものは訓練してきた。まだ頼りないがここまで一緒にやってきた仲間だ。仲間を信じることに関しては一日の長があると自負している。
——実力は雲泥の差だが、信じればなんとかなる……よな?
目を閉じて自分に問うたはずだったが、大丈夫だと頷いたのは閉じた目に浮かぶかつての仲間たちだった。
林を半分ほど抜けると霧が立ち込め、徐々に濃さが増していく。
「来やがったか……慌てるなよ。落ち着いて音に集中しろ」
全員が息を潜めてゆっくりと進む。馬車の中にいるヌンクたちも声を出さないよう手で口を覆っていた。
辺りは静まり返り木々を抜けていく風の音だけが聞こえていた。
ルゥは隊列中央の馬車へと跳躍し屋根の上に立つと全方位に意識を向ける。同時にシェルティオの索敵で視覚を共有してもらい何処から現れても対応できる体制をとった。
「地中以外なら何処からでも来やがれってんだ」
つぶやいた後でこれはフラグなのではと気がつく。
「止まれ‼️」
ルゥの声に驚いた馬が嘶いて立ち上がると地面から黒装束をまとった刺客が飛び出してくる。
「うらあ!」
予測したわけではなかったが風の爪を飛ばすと地中からの刺客に命中し倒す。奇襲が失敗するや否や潜んでいた気配が動き出す。
「右!」
「左です!」
「正面だ!」
「全方向じゃねーか‼️」
左右に風の爪を飛ばして同時に3人を仕留めると正面の敵には一瞬で間合いを詰めて斬り伏せる。
「後ろ!」
ルゥの掛け声に呼応して全員が後ろを警戒する。
「上です‼️」
梟獣人の声よりも早くルゥが飛翔し空中で2人を倒す。降りる直前にも馬車へ接近してきていた1人を倒す。
「や、やったぞ―!」
後ろから攻めて来ていた2人を5人がかりで倒していた。
周囲に気配が消えると馬車を走らせ林に入ってきた時の倍近くスピードを上げる。林を抜けてからも速度を落とすことなく走り抜けると見通しの良い草原にたどり着いた。
「ここまで来ればしばらくは大丈夫か」
初めての実践を経験しここまで一気に掛けて来たこともあり騎士団の面々は肩で息をしている。ヌンクの従者たちも馬車の中で守られていたとはいえ恐怖と緊張で震えていた。
「ここで少し休みましょう。見晴らしが良いから襲ってくることはまずないでしょう。俺が見張っていますから気分が悪い人は寝かせてやってください」
「助かるの。……皆、ルゥ隊長が見張ってくれていれば安心なんだの。お言葉にあまえるの」
簡易的なベッドを用意し気分が悪くなった従者を寝かせる。騎士団員たちも一応馬車を取り囲むように分かれて各方角を警戒しつつ休んでいる。
ルゥもシェルティオを上空に飛ばして哨戒させて立ったまま休息を取る。そしてあることを思い出していた。
——あの黒装束はバトロワ試験の時にシエルを襲った奴らと同じ。彼奴等も操られているのか? 操っているやつは今回も姿を見せないか……
「ちょっと良いかの?」
周囲の見回りをしていたルゥのところにヌンクが従者の側を離れてやってくる。
「あの黒装束の連中を知っておるかの?」
一瞬ためらったが嘘をつく理由もないので正直に答える。
「学生の時に学内に侵入されて襲われたことがあり、その時の犯人が同じような黒装束でした」
「うむ……」
少し考えてから従者たちと団員たちを見やり小声で話し始める。
「奴らは教会に関係するものだと思っておるの。学内にイーリス教徒や神聖国出身者はおらんかったかの?」
意外な言葉に思わずソルフィリアの顔が浮かんだがすぐに自身の中で否定する。
「学生の信仰までは分からないですよ」
「それもそうだの。悪かったの。……では団員の中にはいないのかの?」
これは明らかに疑いの目を向けられている。だが仲間といえる程には親睦は深くもなく、信頼関係を築けているとも言えない。
——この中の誰かが……?
疑いの目と信じたい気持ちが混ざり合い頭の中で渦を巻いている。
——こんな時どうすれば……あいつならどうする?
『決まっているじゃない。信じるだけよ』
——だよな
思わず笑ってしまいヌンクが不思議そうな顔で覗き込んでくる。
「ウチの団員に裏切り者なんていませんよ。もしそうならとっくに俺は殺られているでしょう」
自信満々で答えるルゥを少しの間見つめていたヌンクもニヤリと笑い答える。
「ならば安心だの。裏切り者は儂の従者だけじゃから」
ルゥは虚を突かれて従者たちの方から目を背ける。
「はぁ? 何度そんな重要なことを今……」
すべてを言い終える前にヌンク自身もこのタイミングしかないと踏んだのだと気が付く。同時にここで正体を現すことも悟る。
「気分が悪いと言って寝ているあの者がそうだの。残念ではあるが仕方がないの。でも命だけは助けてやって欲しいの。我が儘を言っていることは承知しておるのじゃが……」
ヌンクも付き従った者を裏切り者と呼ぶことに心を痛めているのがルゥには痛いほどわかる。そんな気持ちを知らずにかの者は動き出す。
急に起き上がりヌンクとルゥが二人だけでいてこちらを見ていない事を確認すると手のひら大の球を放り投げる。
球はルゥたちの近くで転がると眩しい光を放ってはじけ飛ぶ。そして現れたのは巨大なゴーレムだった。
「うわー、何だ……あれは⁉」
周囲は騒然とする中でルゥは逃げ出す影を見つけシェルティオに追わせる。
「魔物を召喚する玉か……全く、初めて見るのに妙になつかしいじゃねぇか」
ヌンクを下がらせると巨大なゴーレムの前に進みでる。
「3人がかりとはいえ……こいつを入学したての頃に倒したのか」
民家ほど大きさのゴーレムがその拳を掲げてルゥに振り下ろさんとしていた。
「ひぇええ……ルゥ隊長⁉」
「大丈夫。こんなやつ相手にならねぇ」
ゴーレムの拳が届くよりも早くルゥがその腕を袈裟切りに振る。
「【疾風の爪】」
強靭なゴーレムの体を内蔵されている核ごと切り裂き一瞬で岩石の塊にしてみせた。
裏切ったヌンクの従者はいつの間にか逃走していた。
「いつ気が付いたんです?」
「ついさっきだの。介抱するために彼らの馬車に入ったらこれを見つけた、の」
ヌンクは手にしていた人差し指ほどの小さな笛の形をした金属の筒をルゥに見せる。
「これは?」
「多分じゃが仲間を呼ぶための魔道具じゃの。これに似た道具で魔物の注意を引き付けると冒険者に聞いた事があるの」
「獣人の耳でも聞こえないような音を?」
「音ではないのかもしれんの」
「特殊な通信系の道具……ってことか?」
落ち着きを取り戻した一行は再び馬車を走らせる。すると前方から数人の騎馬隊が向かってくるのが見えた。
「エキウス団長⁉」
騎馬隊の先頭にはボレアース騎士団団長のカイ・エキウスが見える。後に続く中に彼の側近もいた。
「フルーメン卿、ご無事か?」
「これはエキウス団長、5日ぶりじゃの」
「到着が遅いと聞いて駆けつけてみれば案の定だな。途中でこいつを捕縛したが見覚えはおありか?」
引きつれた騎士が乗る馬の背には逃走した従者の姿があった。
「彼は……」
「一応自白はしている。魔物を召喚する魔道具を使った……そうだな、アインザム隊長?」
ヌンクの気持ちを汲んでやりたかったが、すべてを把握しているのだと悟り頷く他なかった。
——このタイミングで……間が悪い……いや、全部俺の力不足だ……
「こいつの身柄は預かる。オストシュトラまでは我々も同行しよう。……卿は甘すぎる。命を狙われたのは従者や騎士団の護衛も同じなのだ」
「わかっておる……みな、すまぬの……」
「と、まぁ……もっと上手くやれたんじゃねーかと思ったりしてよ」
「十分頑張ったじゃない。流石はあたしたちの先輩ね。あ、今はあたしたちの方が先輩だけれども」
「まだ言うのかよ」
セレナは本を机に置きベッドに横になってルゥとの通話を楽しんでいる。
「助けてあげたかった気持ちもわかるけど、誰にだって限界はあるもの。……あのシエルだって全部は無理なんだと思うわ」
「……」
「先輩はきっと助ける人の方が多くなるわ。あたしが言うんだから間違いないから」
そんな事があるものかと思いながらも、そうであれば良いなとも思う。
セレナの言葉を信じれば出来るような気もする。そうなりたいと思う。
「ありがとうよ」
「どういたしまして!」
この後も何気ないやりとりが続くが、ある日を境にルゥからの通信は届かなくなってしまった。




