ルゥの初任務
ある日の夜、セレナは自室で本を読んでいると通信用の魔道具が着信を知らせる光を点滅させる。光の色で誰からの着信なのか判るのは通話できる人数に限りがあるからだ。
オリハが作る珍しい魔道具に感化されてテコとソルフィリアが冒険者登録カードを改良し作った。実験するにしてもメンバーは大抵一緒に行動することが多いので使う機会が少ないのだが、ボレアース騎士団に入団したルゥであれば距離の測定にも最適だと言うことになり実験を手伝ってもらっている。
「はいはーい」
「よう、今良いか?」
「うん、大丈夫。それにしてもいつもあたしのところに掛けてくるね、先輩」
「仕方ねぇだろ……グーテスは好きな魔道具の話を延々と続けるか途中で会話が終わって続かねぇし、フィリアは……俺とはあまり話したくはねぇだろう?」
「そんなことないと思うわよ。この魔道具だって先輩に手伝ってもらおうって言い出したのフィリアだし」
「そうなのか?」
「そうよ。最近はグーテスにも普通に話しかけるようになったし。今度でいいから掛けてみてあげてよ」
「……わかった」
少し間が空いたのは戸惑っているわけでもなく何時にするか前向きに考えている証拠だと思い、セレナは口元が緩む。
ルゥは念願のボレアース騎士団へ入団していた。既にゼピュロス騎士団に入っていたセレナに自分たちの方が先輩だから敬語を使えと毎回イジられる事にうんざりはしていたが、メンバー全員がルゥ本人よりも入団を喜んでくれたことが一生で一番うれしかった出来事になった。
因みにシエルは騎士団預かりで正式には入団していない。あと一年は続く見込みで一番後輩だと一緒になってネタにしている。
「そういえば初任務があるって話、してなかった?」
「そう、それだ……聞いてくれよ」
ボレアース騎士団の管理区域は王国の北にある。山が多く平地が少ない岩石だらけの痩せた土地が多い。真冬は雪に覆われるため王都との往来は少なく経済的に他の3騎士団の区域には劣る。それは厳しい自然環境による作物の不作や資源の不足、積雪による交通網の分断以外にも理由がある。
長い年月の間に度々起きた戦闘の中心が北のボレアース地方だったことにある。
大陸の北西に国土を有する帝国とは歴史上幾度となく戦争が起きている。数十年続いた戦争から僅か数日で終結した小競り合いのようなものまで数えきれない戦いが記録されているが、舞台となった多くが北の大地であった。
都市はもちろん肥沃な土地を奪われまいと鉄壁の防衛を敷く東西は昔から変わらず、南は地理的な攻めづらさに加えて海に棲む多くの巨大な魔物が侵攻を阻んでくれていた。
対して北には奪われて困るものが少なく、他国からしても地理的に攻めやすくはある。難攻不落の東西を攻めるよりも北を陥落させてからと考える諸国との戦争のいわば犠牲となってきた。
人が住めるような場所ではないと考える者も多い。都市と呼べるものは北の海に面する港町がいくつかと王都の近くにもあるが、どこも他の区域と比べれば規模は小さく見劣りは否めない。あとは辺鄙な場所に小さな村が点在する程度であった。
「で……俺たちはこの領主サマをオストシュトラまで護衛すればいいんすね?」
「ああそうだ。初任務で大変だろうがこれも騎士団研修の一環だと思ってしっかりやれよ」
「いや、護衛対象がいるんだから研修はおかしいだろ?」
「ん? なにか言ったか?」
いいえ何もと首を振って副官に行ってくると告げて敬礼をする。他の団員も同じく敬礼しルゥの後に続いた。
「今日からよろしく頼みますぞ」
馬車から護衛対象である領主ヌンク・フリーメンが顔を出す。背の低い小太りの中年だが笑顔でいることが多く人の良さそうな男だった。
「護衛隊隊長のルゥです。こちらこそよろしくお願いします。道中で何かあれば言ってください」
「あい分かった。では出発しようかの?」
ヌンク・フリーメンを乗せた馬車にルゥともう一人が乗り込む。御者台にも1名配置して他の7名は馬に騎乗して後続の従者を乗せた馬車も一緒に囲んで警護の隊列を組んだ。
「珍しいの。獣人族だけで組まれたパーティーは」
「すみません、上が編成したらこうなっていて。しかも新人ばかりで……」
警護隊はルゥをはじめとした獣人族だけで編成されていた。偶然とは思えず何かの意図があるのか尋ねてもまともに答える上官はいなかった。
「ああ……ボレアースは獣人嫌いが多いから、かの? 儂は全然気にしておらんし……むしろ獣人族はかわいくて素直な人が多くて好印象の人が多いと思っておるの」
人間族をはじめ多くの種族が似たような見た目であるにも関わらず獣人族は魔物のような姿に嫌悪感を抱く者が多い。それは今ではあまり見かけなくなった魔族に姿が似ている事への忌避でもあった。
「ボレアース騎士団に獣人族は入れないと言われていたのに入団できて……昔と違ってきているのでしょうか?」
やや小柄な猪獣人の言葉にヌンクは笑顔で答える。
「そうだったら良いの。種族ではなくもっと個人を見てほしいの!」
——ボレアース騎士団に獣人族は入れない
確かにそんな噂を耳にしたことがある。だからこそ壁を壊して入団するために努力を重ねてきた。
——いやまさかこのタイミングで獣人族を大量募集して採用とか……
ルゥは卒業前の選抜会議で4騎士団からの指名を受ける快挙を成し遂げる。そして希望するボレアース騎士団へ入団したのだが、特にエリート待遇でもなく学生以外の一般募集で入団した団員と同じ扱いであった。
だが入団式で団長からの実力が全てだという言葉に奮起する。奮起したはずだったのだが、初任務は獣人族だけで領主の護衛という内容に気持ちが萎えかけていた。
「獣人族はみんな優れた特徴を持っておるという……皆も何か持っておるのかの?」
少し緊張気味だった猪獣人の青年は肩の力が抜けている。
「俺は丈夫な身体と突進力があるのでいざという時は身体を張ってお守りしますね」
「おお、それは心強いの! でもちゃんと無事で守ってほしいの。危なくなったら逃げて良いからの」
ヌンクの言葉は意外に思えた。貴族の大半は偉そうに踏ん反り返って自分たちの盾になって死ぬなら幸せだろうと真顔で言うような輩ばかりだと思っていた。特に北の領主であれば不遇な扱いに腐っていそうだと勝手なイメージを持っていたが、偏見を嫌う自分が偏見を持っていたことに気が付き少し焦った。
——こんなこと考えてたなんて知られたらドヤされちまう
セレナの顔を思い浮かべたところで声を掛けられ心臓が跳ねる。
「ルゥ隊長……どうかしたのかの? 顔が少し赤いが……馬車酔いではなさそうだの?」
「あ、ああ……大丈夫です。なんでもありませんから…………本当に」
「大丈夫なら安心だの。ハーフンを出れば魔物がたくさん出るの。今年は特にどこも不作で山や森の食べ物を多く採取した町や村が多いと聞いておる……だから人里に魔物が出てくる可能性が高くて心配じゃの」
食料は王都や各地方から物資補給の形で供給されるがそこに住む全ての人の手に渡るわけではない。そもそも分配する手段がないのだ。
辺境の小さな村人たちは農業や家畜の飼育以外に自生する果物や小動物を狩って暮らすのだが、その規模が他の地域よりも範囲が広いため必然的に大型動物や魔物たちに影響を及ぼしている。
「まあ多少なら襲われても問題ないですから安心を」
「こんな有望な新人がいればボレアース騎士団は安泰じゃの! 護衛してもらったと将来自慢できるの!」
魔物が数体来ようと盗賊が何人来ようと撃退出来る自信はある。だが護衛対象と仲間を同時に守れるかは分からない。街道で魔物に遭遇する確率は1割以下だが万が一の場合を考えると不安がよぎる。
ルゥ以外のメンバーは騎士学校卒ではなく一般募集で入団したばかりの素人集団だった。




