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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 他し事
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observationⅡ

 エクシムは騒がしいからとの理由でトリニアスを連れて自室へと向かっていた。王族の居住区域なのだから誰であろうと立ち入る事は憚られる。

 建設から数百年経つはずだが劣化や損傷は見当たらない。窓枠や柱は細かな部分まで装飾されていて国宝級の文化財といえる。許可を得た一部の人間だけが許される景色なのだが、毎日同じモノを見ていると価値も有り難みも薄れてくるのだろう。目もくれずにずかずかと歩くエクシムの後を歩くトリニアスは少し勿体なく感じていた。

 長い廊下の先からこちらへ向かってくる人影をみつけるとエクシムは少し歩く速度を落とす。

「やあ、兄上。こんな時間に戻るなんて珍しいね?」

 声を掛けてきたのは第二王子のシーディオだ。

「お前こそこんな早い時間に出歩くなんて珍しいじゃないか」

「ははは、今は研究室で寝泊まりしているから必要なモノを取りに帰っただけだよ」

 シーディオは兄エクシムと違い学業を続けている。魔法力学の応用という高度な研究のため卒業後も学校に留まり続けている。政治に関与する事はなく王位継承についても全く興味を示さなかった。

 それでも王位を継ぐ可能性はある。本人が望む望まないに関わらず指名されれば次の王として役目を全うするのが王族の勤めである。

「議会場の方が騒がしいから避けてきたけど何かあったの?」

 少しの間があったがエクシムは笑っていなす。

「さあな。老人たちはお喋りが好きなのだろう。口だけ達者な愚物ばかりだからな」

 王族の居住区域とはいえ誰かに聞かれまいかとトリニアスは周りを伺う。

「心配しなくても兄上はいつもこんな調子だから」

 自分が見ていないところではいつもかと思うとため息が漏れそうであったがシーディオの笑い声が全てをかき消す。

「じゃあ僕は行くね。ご機嫌よう」

 軽い足取りで手を振りながらふたりが来た道を進んで行く。その背を少し見送りエクシムとトリニアスも歩き出す。

「我が弟ながら気味が悪い。お前もそう思うだろ?」

 そうは思っていても口には出せるわけがない。単に身分が上だからではなく自分にも弟がいて、家族を他人にとやかく言われたくはないと思うからだった。

「あいつは昔から変なクセもあって何を考えているのか分からん。頭は良いはずなのだが……常人とはベクトルが違う」

「独り言のことか? それは別として優秀な人材だとは思う。研究室では何人もの助手を従えているのだろう?」

「ああ。凡人にできる事は凡人にさせれば良い。自分は凡人に出来ないことが出来る、それだけの自信と実力がある。俺たち兄弟は似ている。似ているからこそ反りが合わない事もある」

 同じ兄弟でも色々な形があるのだと改めて感じる。決して仲が悪いわけではないが王位継承の事もあり微妙な関係性といえる。

「王族でなくとも俺たちは変わらないだろう。お前たちを羨ましいとも思わないがな」



 シーディオは歩きながら笑いを堪えている。部屋に入るとそれが爆発する。

「ははは、兄上は相変わらずだな。いつになったら僕に眼の力を使うんだろう? 制御は出来ているようだけど……まだ浅いんだろうな」

「キミと違って優しいのだよ?」

「優しいじゃなくて甘いんだよ」

「それはキミに対してだけだよ? 何だかんだ言いつつも……愛だね?」

「君はすぐにそれだ」

 何度もきいたのだろう、うんざりした表情で返す。ついでに全身の力も抜けたようにソファーに横たわる。

「最近あまり寝てなかったから……ふわぁ……眠くなってきた」

 寝入りそうになっていたが急に立ち上がり目を覚ます。

「荒っぽいなぁ……まあ研究室に戻らなきゃだしな。実験結果も大して面白くなかったから次を考えないと」

 シーディオは書架に並んだ本を手にとっては内容を確認してを繰り返す。何冊目かの本を読み始めるとそのままソファーに戻って体を横たえ1時間ほど動かなくなった。

「おっと……こんな時間か。久しぶりの自室でゆっくりし過ぎたな。続きは研究室で読もう」

 そう言って本を上着のポケットに入れようとするが分厚い本が収まるような大きさではない。深さは十分だが厚みが邪魔をする。

「入らないや」

 ポケットに入れるのを諦めて手で持って行こうかと思ったが面倒くさくも感じる。本をじっと見つめているとある事を思いつく。

 手にしていた本をちょうど真ん中のページで開くと両端をもって引き裂き真二つにして片方ずつを左右のポケットに収める。本の形がわかるぐらいピッタリとしているが何とか収まった。

「こうすれば解決だね」

 得意げにポケットを叩いて部屋を出るためにドアノブに手をかける。

「キミって物に対しても愛がないね?」

「はぁ? 物に愛て……意味わかんないんだけど? 物はモノだろ? キミも愛が愛がってうるさいよ。そんなに愛が大事なの? そんな訳のわからないものには興味ないね」

 段々と声が大きくなっていく。

「愛があっても結局は壊れるんだろ? キミは自分で壊すんだろ? それは本当に……」

 怒気が含まれ始めた頃にドアがノックされる。

「シーディオ様! どうかなされましたか?」

 シーディオの声は外に漏れ出ていて偶然近くを通りかかった従者が怒声をきいて駆けつけてきたのだった。

 ドアを開けて従者を迎え入れるとシーディオは元の穏やかな笑顔に戻っていた。

「どうしたの?」

「いえ、何やら怒鳴り声が聞こえまして……如何なされたのかと」

「別に何もないよ。心配してくれてありがとうね」

  従者は部屋の中を見回すが特に変わった様子もなく、荒らされたり争ったりした様子もない。大量の本とソファー以外に何もない質素な部屋にはシーディオしか居なかった。

「あの……おひとりですか? お客様がいらっしゃるのかと……」

「いいや、僕ひとりだよ。おかしな事を言うね。僕は研究室へ行くから、いつもみたいに掃除は頼むよ。本が日焼けしないよう陽の光は入れないように注意してね」

「はい、 畏まりました。いってらっしゃいませ」

 ついて行くと嫌な顔をされるため従者はその場で見送る。もう一度部屋の隅々を見回すが誰も居ない。

 このような事はよくありシーディオの独り言癖だと言う者も多い。だが今日ばかりは他の誰かの声が聞こえた。聞こえた気がした。

 同じような体験をし、気味悪がって王宮仕えを辞めてしまう者は少なくはない。

 エクシムが言う気味が悪いもこの事が含まれている。

「全く……ローズルが訳の分からない事ばかり言うから」

「ぼクは悪くないでしょ? いつも癇癪を起こして一方的に喚き散らすからだろ?」

「はあ? 僕の癇に障ることを言うキミが悪いんだろ?」

「はいはい、分かったよ?」

「分かればいいんだ」

 機嫌を直して足取りも少し軽くなる。機嫌がころころと変わるところも周りが彼を理解できない部分である。決して気分屋というわけではなく、喜怒哀楽の切り替わりが突然過ぎてついていけないのだ。

「次は何をして楽しませてくれるのかい?」

 少し考えてからシーディオは虚空を見つめる。

「しばらくは手出しできないかな? と言うよりも様子見だね。物凄く面白いものが視えたから。これにはキミも大喜びできると思うよ」

 ニヤけた口元を手で隠す。

「この結果に至るための……いや、もっと面白くするための準備をしておかないと」

 何もない、どこともいえない場所からシーディオに呼応するように笑い声が響いた。


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