入団後のあれこれⅣ
ベルブラントの建設予定地には既に関係者用の宿泊施設などが完成していた。
「あっ、テコちんだ!」
シエルたちの姿を見つけたミィの元気な声で子供たちは一斉こちらに注目する。かつて難民街にある古びた教会で暮らしていた七人の子供たちがそこにいた。今はグーテスの兄トルネオの元で下働きとして暮らしている。
「ミィちゃん! 元気だった?」
セレナをはじめ久しぶりの再会を喜ぶ。
「あ、あの……師匠は?」
黒髪の少年が呼ぶ『師匠』とはルゥの事である。ルゥの力強さや優しさに憧れ勝手に弟子になったソージは言われた通りにトレーニングを続けて背も少し伸びて体格も少し大人に近づいていた。
ルゥは学校に残り目標のボアレース騎士団入りを目指していることを伝えると彼は目を輝かせて闘志を漲らせる。
――ぼくもいつか師匠のように
子供たちは相変わらずのようであったが、シドだけは別人の用にも見えた。
今までは弟妹たちを何かから守るために神経を尖らせて張り詰めていたが、今はその時のような刺々しい殺気のようなものはなくトルネオについて仕事を覚えることに集中している様だった。
「何か生き生きして見えますね」
「忙殺されかけているみたいだけれど前に比べて暗さは減ったわね」
グーテスとセレナの言葉にアーラが嬉しそうに微笑む。
「本当に変わったと思います。少しずつ力も抜けていって……たまにですが前より笑う事も多くなった気がします」
結局は何もしてあげることはできなかったが、今の幸せそうな顔を見ると心の底から良かったと安心できる。
「あれ? お前らなんでここにいるんだ?」
赤髪の背の高い女性が近づきながら声をかけてきた。大きな荷物を持ち見るからに重そうであったが彼女はそれを軽々と担いでいる。肩から荷物を下ろすと重そうな音の中に金属同士が当たって鳴る重く甲高い音も聞こえる。
「オリハさんじゃん! 何でここにいるの?」
「聞いてるの俺じゃん? 久しぶりだなディーレ」
抱き合って再会を喜ぶ声をきいてトルネオが側に寄ってくる。
「オリハ、今度はどこへ行ってたんだ?」
「お前さんかぁ……いや、東に行ったら商会がなくなっていて驚いた。教会がうるさいから戻ってきたんだ。またしばらく雇ってくれ。あ、鍛治以外なら何でもするぞ」
名前と鍛治というキーワードでセレナが思い出して声を上げる。
「みんなに魔道具の作り方を教えたっていう伝説の鍛治師さん?」
「ほう、あれが魔道具だとわかったのか? で、誰が最初に気がついた? ディーレか?」
「いんやぁ、ウチじゃないよぉ」
「じゃあ、エファか?」
ぶんぶんと首を横に振っていると側にいたビシーも一緒に首を振り出す。
「じゃあ誰が?」
ぐるりと見渡すとミィがニコニコと笑っていたが、まさかと思ってしまい笑ってしまう。
「あ、こいつです」
セレナに首根っこを掴まれてグーテスが差し出される。
「あ……どうも」
一瞬目を丸くしたオリハだったが、すぐにグーテスをハグで捕まえる。
「坊かっ……久しいな! そうか、やっぱり兄貴よりはモノがよく視えている」
ハグされたまま窒息しそうなグーテスを全員が口を開けてみている。
「くっ苦し……オリハ、さん……ちょ……し……」
「オリハ、俺の弟が窒息しそうだ」
「おお! 悪い悪い。しかし坊がいればお前も商売は楽になるだろ?」
ふうとため息を漏らすとトルネオは「お前も見る目がない」と言わんばかりの目でオリハをじっと見つめる。
意味がわからずに怪訝な表情をしたままグーテスを足先から頭のてっぺんまで何度も見返す。
「……いや、わからん」
「何でさ! グー兄、騎士の格好してんじゃん?」
ディーレが大笑いしながら指摘するとオリハは口を開けたまましばらく動かなくなる。
「オリハさん?」
「グーテス……おまえ、マナを?」
「えっと……まあ、それなりに。あ、ここにいるみんなも使えますよ」
驚いた顔を見せたかと思えば黙ったまま腕組みして考え込んでしまう。
子供たちは早くオリハに魔道具作りの続きを聞きたがっている。考え込んで固まったオリハは当分動かない事を知っているトルネオは子供たちを持ち場に帰らせる。渋々引き上げる子供たちに目もくれなかったオリハが突然トルネオに大声で叫ぶ。
「ここに工房はあるのか? あと素材も最高のものを用意しろ。代金は働きで返してやる。釣りはいらんぞ」
「それなりの働きをしてもらえると言う事で良いのだな? いつもと同じなら100年働いても足りんぞ」
「言っただろ? 俺にできる事はひとつだけだ」
「最高の場所を提供してやろう。それまでウチに居ろ」
不敵な笑みを残して足早にトルネオは去っていく。
その背中をただ眺めるだけであったがふいにオリハの視線を感じて全員が視線を集中させる。
「お前とお前、内に何を飼っている? 坊とは違う同じ何か……いや、それ以上か?」
互いに顔を見合わせているとオリハの前にテコが現れる。オリハが驚いた顔を見せたのは一瞬だった。
「キミか? 彼女の中にいたのは」
「ああ。俺はシエルの天の声テコだ。よろしくな」
テコの顔をしばらく凝視するとぽつりと小声をもらす。
「ヘンなやつ」
「お前に言われたくねーよ!」
手を叩いて笑うシエルに二人は同時に声を発する。
「「お前もだよ!」」
「ええっ⁉️」
謎の意気投合で握手を交わすふたりにシエルは酷くないかとセレナに訴えかけ、頭を撫でられながら慰められていた。
「まぁ一目であんたを変人だってわかる人は十分変人だから」
「慰めてくれてないよね、セレナ?」
テコから天の声の具現化について聞いたオリハは一晩中テコとマテリアル談義に耽る。
伝説の鍛冶師として名を馳せているが実は物質や魔法の研究家でもあった。彼女だけのオリジナル鉱物の生成や魔法の付与が伝説級の武具たる所以であった。
ディーレとエファたちに魔道具の作り方を教えつつ昼間がひたすらシエルたちを観察し続けていた。
「毎日ずっと見られていると流石に慣れてくるけど、やっぱり落ち着かない事が多いわね」
「一体、私たちの何を見ておいでなのでしょうか?」
シエルたちは土木工事や建築の手伝いなど毎日仕事が変わっていた。固定の仕事がないとも言え、トルネオからの指示であちらこちらへと行かされる。
そんなシエルたちの後を毎日追っては観察する日々であった。
「なぁ、何をそんなに一生懸命みているんだ?」
テコの質問にもシエルから目を離さずに応える。
「俺も今までに経験がないぐらい興奮している。誰かの専用の武具をつくる日がくるなんてな」
その言葉にテコは間を置かずに訊ねる。
「あいつらに扱えるのか? 本当に必要なのか?」
オリハの応えも早い。
「身体の一部になるさ。そして……必ず必要になる」
一瞬だけテコを横目で見ながら笑う。
「最後は、俺の勘だけどな」
オリハが全員の武具を完成させるのはまだ数年先の話となる。




