君があれなとおもほゆるかなⅣ
治療を終えたグーテスたち三人をルクソリアが案内する。
床しか残っていない最上階が気になったが、シエルたちが降りてくるのが見えてその場で待つことにする。
シエルとセレナの姿を見て感極まったソルフィリアが声を出さずにその場で泣き出したが二人になだめられて落ち着きを取り戻す。
カウコーの謝罪に始まりシエルの出生話で驚かされるが、騎士団への入団については三人とも考え込んでしまう。
「無理しなくて良いと思うわ。それぞれ思う事もあればやりたい事もあるはずだから」
「今決める必要もないが、できるだけ早く決めてほしい。次の計画もあるからね」
シエルは何も言わない。自分の言葉で彼らの決断が変わることや後悔を生むのが怖かった。現にセレナには一緒に来てほしいと本音を漏らしたら迷う事なく着いてくると言われた。
責任を負いたくないわけではないが、自分が背負って良いのかと思ってしまう。自由に選べるのに自分のせいでそれを制限してしまうのが嫌だった。
「シエルは私と一緒にいたいですか?」
少し複雑そうな表情で尋ねるソルフィリアに「来てくれないかも」と思ってしまうが顔には出さずにいた。セレナに「一緒にいたい」と言ったのは嬉しさのあまり後先考えずに口をついて出た言葉だったが今は冷静に考えられる。それなのに何かを答えようとしてもうまく言葉が出ないことに内心うろたえている。
少しの沈黙が続くとルゥが口を開いた。彼は主塔に入ってからも大勢の騎士や魔法士を相手に大立ち回りを演じ、割と本気で止めるための攻撃を受け続けていた。それでも怪我の程度は軽く、疲労は残っているが治癒魔法により外傷は完治している。ルゥの実力は騎士団も把握していたが期待以上の力にこの件がなくとも欲しい人材だと幹部の誰もが思っていた。その中には勿論イルヴィアも含まれている。
「悪いが俺は辞退させてもらう」
「えっ? ルゥ来ないの?」
先に反応したイルヴィアはシエルたちの納得したような顔にもう一度驚く。
「先輩はそうだよね。そうじゃなきゃ先輩の事嫌いになっていたかも」
「……勘弁しろよ」
セレナは笑って冗談だと告げるとわかっていると頭を掻きながらほっとした表情を見せる。
「ルゥはなんでウチに来ないの? みんなとは仲間なんじゃないの?」
意外な答えにカウコーたちも理由を知りたいと思っていたがその問いには少し違う意味を感じたのかイルヴィアの方へと向き直る。
「俺は初めからボレアース騎士団に入ることが目標だと伝えていた。それに1コ上の俺の方が先に卒業しちまうしな。いずれ袂を分かつことを前提で強くなるために一緒にいるだけだ……そもそも俺はこのチームの一員じゃねぇし……」
最後だけは声が少し小さくなる。
「まあ、退学なったらなったでトライアウト受けて自力で入団してやるつもりだったしな。昔からの夢なんだ……悪いな」
最後はシエルに向かって言葉をかけるとシエルは笑って頷く。
「一つだけ聞き捨てならないわね。先輩はチーム・プロトルードの一員よ。別の騎士団で雑用係していたってそれは変わらないわ」
「何で雑用係なんだよ⁉︎ つーか、所属が違ったら無理だろが」
「あたしが良いって言っているんだから良いの。どこにいようと、誰が何て言おうと5人でプロトルードなのよ。そこの2人も肝に命じておきなさい」
セレナによるルゥ弄りが5人の心に日常を取り戻せたような安らぎを与える。それが束の間だとしても。
「ルゥ君、心配しなくても退学にはならないし君の実力なら武闘派のボレアースに入団も夢ではないだろう」
退学にならないという事はこの場に連れて来られる前にルクソリアから聞いて半信半疑だったが、団長自らの言葉に本当なのだと少しホッとする。同時に思いもよらない評価に照れてしまったことをセレナにバレないように顔を背けた。
ルゥは自分が進むべき道をはっきりと宣言した。無理をして一緒にいる必要はなく、馴れ合わずに自分の進む道を選ぶことが悪いことではないと示してくれたルゥにシエルは感謝する。
「ありがとう、ルゥ先輩。ここまで来てくれただけで嬉しいです」
おう、と短く答えると残りの2人を見やる。
グーテスは腕組みをしながら唸っていた。何に悩んでいるのか見当がつかない。メンバーの中では一緒にいることが多いのである程度の性格はわかっているつもりだ。こういう時は決まって余計な心配をしているときだった。
ソルフィリアはシエルを見つめている。その視線には当然気が付いている。
どう答えれば良いのかを迷っていたらセレナとテコが同時に声をかける。
「自分が思っていることで良いんだ」
「自分が思っていることで良いよ」
テコとセレナが顔を見合わせるが、2人ともすぐにシエルの方を向く。
二人の顔を交互に見てゆっくりと深呼吸をする。そしてソルフィリアの側へと近づくともう一度息を吸ってはく。
「フィリア、私は無理してほしくない。でも一緒に来てくれたら嬉しい」
口を開きかけて言葉を発しなかったソルフィリアがもう一度何かを言おうとした時、グーテスがカウコーに向かって大声で話しかける。
「あ、あのっ!」
声の大きさに驚きソルフィリアは言いかけた言葉を飲み込む。
「ぼ、僕は学費を兄さんに出してもらっていて、その……話せば分かってもらえると思うんですけど……」
何の話をしようとしているのか誰もが分からず、それでも必死に何かを伝えるために言葉を選んでいる事だけは感じ取れる。
「ええっと、だからその……」
「一体何がいいてぇんだよ、おめぇはよ?」
ルゥも意味が分からず苛立ちを隠さずにグーテスに詰め寄る。
「私はメガリゼア神聖国からの留学生です」
「フィリアちょっと待って!」
グーテスが気にしていたのはソルフィリアが他国から留学生であり学校を辞めて入団することができるのかを考えていた。グーテスの余計な心配はこの事かと思ったが、よくよく考えなくとも重要な事であった。
「既にご存知かと思いますが、私は騎士学校での事を本国に知らせています。騎士育成のカリキュラムを知るために送り込まれたのですから」
「ああ、知っているとも。我々もそれを認めたうえで受け入れているのだから。そして君が国内の情勢も報告するように命じられていることも知っている」
カウコーは事もなげに言い放つがソルフィリアがスパイであることを暴露しているも同然だった。
「それでも君は重要な機密は一切持ち出さずにいてくれた。そうだろ?」
静かに頷くのを見て一同は胸をなでおろす。
「黙っていてごめんなさい。定期的に情報を送らないと両親への援助も打ち切られてしまいます。スキルの発現が早いか魔力特性が高い子供は教会が引き取って修道院で育てます。その時に親には多額の援助金が支払われ、それはその子供が死ぬまで続きます」
「死ぬまでって……」
嫌な想像しかできず背筋に冷たいものが流れる。
「教会は裏で魔力の強化実験や有能なスキルを伸ばすための様々な実験を行っています。それで亡くなる子も……」
何かを思い出したのだろう胸のあたりをぎゅっと握りしめて耐えるように眉間に力を込めていた。
「私は運良く両親の元に一度は返されましたが、すぐに教会へ売られて……留学という名目で王国に送り込まれたのです。騎士団入りすれば本国へ情報は出せなくなり、私は王国へ亡命したとみなされて両親への援助も打ち切られるでしょう」
そのような事になるのであれば一緒に来てくれなどとは言えない。知らなかったとはいえ自分の身勝手さでソルフィリアを困らせたことが情けなくなり、シエルはまた泣きそうになる。
「私を売った両親がどうなろうと構いません。ですが、私を受け入れることで皆さんにご迷惑をおかけすることになるかと思うと……」
涙目のシエルをみていられず目を背けてしまう。
「フィリア、わたしは……」
シエルの声はよく通るのだが、この時ばかりは言葉を遮るようにカウコーの声の方が響いた。
「何故狙われているのか分からない王家の血を引く姫君を預かるのだよ。亡命者の 一人や二人、なんだというのだね? 8人もの難民を救った民間人だっているのだから我々にだってできるさ。何ならダミーの学籍で留学している事にして神聖国の情報を我々に提供してくれれば助かるのだが……どうだろうか?」
気にするような事はないのだと、何なら織り込み済みで始めから2重スパイになることが前提であったかのような口ぶりであった。
全てがお膳立てされていて進みたい道も進むべき道も一つしかなかったのだと思うとまた涙が溢れてきそうだった。仲間の顔を一通り見てからシエルに告げる。
「私もシエルについていきます、どこまでも」
胸に手を当てて忠誠を誓うかの様に膝をついて宣言する。
立ち上がって礼を言おうとカウコーの方を向くと眉間にシワを寄せて頭を抱えるファウオーが目に入る。
隣で満面の笑みのカウコーが肩を叩きながら「大丈夫だ」を繰り返していた。




