君があれなとおもほゆるかなⅢ
セレナとルクソリアは自分で口を塞ぎ驚きの声を抑える。ふたりは鏡写しのようになったがカウコーたちも格好こそ違えど似たようなものだった。
テコも例外ではない。クロリスもテコを連れてくる前に調査をしていたが関係者が少なく情報を集めきれなかった経緯がある。
「聞いたのは一度だけで……お母さんの家は爵位を剥奪されてお爺さんとお婆さんは亡くなったそうです。お母さんだけは宰相さんが使用人として引き取ってくれて……その時にお父さんに出会ったと……」
「その辺は調べれば出てくるかもしれないが、かなり慎重に進めなければ……」
ファウオーを招き寄せて近くで聞くよう促す。
気がつけば全員が小さな輪になって寄り集まっていた。
「お父さんは未来視の眼を持っていて、未来は大変なことになるけど、わたしはそれを乗り越えて幸せに……なれる……て」
母の言葉を思い出しながらぽろぽろと大粒の涙が溢れる。
「シエル……」
「ごめんね、テコ……これはテコが来てくれる前に聞いた話だから。今まで全然何も思わなかったのに……何でだろうね?」
涙を拭いながら無理に笑おうとする姿が居た堪れなくなったテコはシエルの泣き顔を見せないよう抱き寄せる。
「未来視……王家にはその眼に様々な能力を宿すといわれているが、決してその力を明かさないそうだ」
カウコーはシエルの話す眼の力が真実味を増していると感じる。そしてある疑問を口にする。
「君の眼は何かの力を持っているのだろうか? 言いたくなければ……いや、答えない事も答えになってしまうか」
「わたしの眼には何の力もありません」
「それは俺も保証する。シエルの能力は把握しているからな」
冷静さを欠いた問いに気まずい顔のカウコーだったが思わぬ助け舟に少し頬が緩むがすぐに険しい表情に戻ってしまう。
「君が狙われる理由の一つかと思ったのだが、これ程までに秘密が守られているのに狙われる理由が他にもないとなると……」
「どこかから漏れたんじゃない? 風属性なら盗聴のスキルとかあってもおかしくはないし」
イルヴィアが思ったことを口に出していく。
「そもそもシエルがお姫様だったからって……何が問題なの? 現国王の子供ではないし。王家の親族が見つかってよかったね……だけじゃダメなの?」
「そっかぁ……シエル、お姫様だったんだ……」
ニヤけながら顔を覗き込んでくるセレナにシエルは恥ずかしさでもう一度テコの懐に顔を埋めた。
「うう……これもあるから話したくなかった……」
顔を背けられたセレナは強引にテコから引き剥がして抱きしめる。
「あんたが何だって……あたしの親友でしょう?」
テコはずっと一緒にいて色々な意味で特別な存在だった。育ての父母や一緒に暮らしてきた人たちは血の繋がりはなくても大事な家族だ。シエルの世界ではその人たちだけが理解者であり、それ以外の人たちは自分を拒絶する人ばかりだった。
騎士学校を選んだ理由の一つは友達が欲しかったから。
セレナも同じような境遇だったが、彼女の場合は友達など必要ないと思っていた。
そのはずだったのに、試験で出会った2人は入学以来ほとんどの時間を一緒に過ごし行動を共にしてきた。
親友なんて言葉は気恥ずかしくて口にする機会は今後ないかもしれない。だが今回の出来事のすぐ後だからこそ言っておくべきだとシエルも感じた。
「うん……何になったとしても、わたしたちは親友だよ」
話の腰が折れてしまい2人の世界から呼び戻すのにファウオーが咳払いをする。もちろん自発的にではなくカウコーとイルヴィアに両脇からせっつかれたからだ。
「彼女が狙われる理由に王族の関係者であることを知るものがいて幼い頃から狙われ続けている……ここまではいいですね」
雰囲気を壊した責任からかファウオーが話をまとめ始めた。普段は兄のカウコーをサポートで裏方に徹して目立たないが彼もまた兄に負けず劣らずの優秀だった。
「我々を信頼してくれた証として話してくれたのでしょうが……同時に君を守ることのリスクも提示してくれた、というわけですね?」
カウコーだけではなく皆が納得した顔をする。
「意外な驚きをもった話題ですのでそちらに引っ張られていますが、この秘密をもってしても騎士団が守ってくれるのか……いや、君の場合は居てもいいのか……と我々に問うている……といったところでしょうか」
シエルは静かに頷く。直接的な理由ではないかもしれないが、カウコーの予測でもその可能性を示唆されている。
本当に王家を相手にすることになった時にその覚悟はあるのか、というよりも迷惑をかけたくない気持ちから少しでも怯めば遠くに逃げようと思っての発言だった。
「そんなこと決まっているだろう?」
カウコーは何を言っているという目でファウオーを見つめる。そしてシエルに向かって言い切った。
「君が誰かの迷惑になりたくないというのであればゼピュロス騎士団に来れば良い。簡単なことだろ?」
改めて差し出された手をシエルは迷わず取る。
「よろしくお願いします。……テコ……良いよね?」
少しシエルを見つめた後、溜め息混じりの言葉を吐く。
「お前が決めたことに俺がついていかないわけないだろ? お前が世界を滅ぼすって言っても……決めたことに反対はしねーよ」
最後は笑ってみせる。
テコの表情に笑顔で返すと反対を向き直り、今度はセレナに問いかける。
「セレナはどうしたい? 一緒に来てくれたら嬉しいけど……わたしはセレナがやりたいこと優先して欲しい」
セレナもテコの真似をして溜め息混じりに言葉を繋ぐ。
「あたしがやりたいことはあんたと肩を並べることよ。……一緒に行かない理由ある?」
セレナも笑顔を見せるとシエルは抱きついた。
「いや、俺との差…………エグくない?」
ありがとうと喜ぶシエルを落ち着かせてセレナは続ける。
「あたしは構わない……学校を辞めるどころか死刑になるかもって思っていたし。でも、他の3人は分らないわ……あのコたちにも目標や自分たちの考えがあるでしょうから」
セレナは立ち上がりカウコーに向き直る。
「団長さん……あたしもゼピュロス騎士団に入れてください。チームとして誘ってもらいましたが、フィリアたちにも聞いてみないと……」
今度はシエルにも畏まった態度で訊ねる。
「さっきの話はかなり重要だから……みんなにも話しできる? あんたのことだから黙ったまま一緒には居られないだろうけど……」
誰にでもできるような話題ではないが話さないわけにはいかない。そう思うからこそ団長に許可をもらう形をとった。
カウコーも少し判断に迷ったがこれはシエルの問題だと頷く。
「どうせなら公表するか? 信じないやつもいっぱい出てくるから逆に手を出し辛くなるんじゃないか?」
「恥ずかしいから嫌だ!」
テコの冗談とも言えない言葉に本気でシエルは拒否する。カウコーもそれも一つの手段かもしれないと悪ノリする。今度はファウオーが自発的に咳払いをして場の乱れを正した。




