君があれなとおもほゆるかな
シエルは主塔の最上階で夕日を眺めていた。
1週間が経過しても騎士団本部は崩壊した建物の後片付けに追われている。
学生による騎士団本部襲撃は抜き打ちの“合同訓練”として処理され、施設の破壊や団員への攻撃について多くの学生がお咎めなしとなった。訓練なのだから当然だろう。
しかし、この件に関わった学生20数名の内4名の退学が決まった。
表向きは訓練としているのだから自主退学扱いである。
「なぁ、シエル……本当に学校辞めちゃって良かったのか?」
「……本当は、もっと居たかったよ。勉強も楽しかった……学食のランチも美味しかった。……友達も少しずつ増えて…………でも皆には迷惑かけられないし」
テコもシエルの隣に座って西の空を眺めている。
「これから……どうしていきたいんだ?」
「そうだなぁ……やっぱり騎士団の一人として皆を助けてあげたい。それに……」
「ああ、お前を狙ってくる奴らは必ずあの事件の裏にいる奴だ。どんな理由かは知らないが……絶対に捕まえて真相を暴いてやる」
「ふふ……それもだけれど、皆と楽しく暮らせる世界にしたいなぁ」
「聞いてシエル……あたしたち4人だけじゃないんだよ」
疲労と怪我で辛いはずなのに親友と会えた喜びで自然と笑顔になる。
「シエルを連れ戻して酷いことを言った皆に謝らせようと思っていたの」
「ええっ⁉️ その為にこんなケガまでして……」
「当たり前じゃない……あんたは皆を助けてくれたのに……あんなの酷いじゃない」
「みんなが無事だったから良いんだよ……わたしのことは……」
「それじゃダメ! 皆のためにも良くない。それに……あんた悲しかったんでしょ? 傷ついたんでしょ? それなのに何も言って……あげられ…………ほんと辛かったはずなのに……あたし……」
泣き出してしまったセレナをもう一度抱き寄せて頭を撫でる。
「わたし……セレナがこんなに心配してくれて……それが分かっただけでも十分だよ」
「違うの、シエル! あいつら……ちゃんと分かってくれたの……全員じゃないけど……エヴァンたちが協力してくれたのよ。皆、シエルに謝ったりお礼を言ったりしたくて一緒に……あたしたちを助けるためにここに来てくれた! あんたの事を考えて、思ってくれている友達は沢山いるのよ‼️」
セレナの言葉に涙が溢れてくる。自分の事を恐れて距離を置く人が多いと思っていた。自分自身もどう話しかけて良いのか分からず距離は益々離れて仲良くなることはないのかもしれないと思っていた。だから「人殺し」と言われた事が決定的な溝になったと思い、それが辛かった。
もしかするとセレナたちにも同じような感情を向けられてしまうのでは? そう思うと耐えられず逃げてしまった。
「大丈夫……皆とも仲良くやっていけるよ。だから、帰ろう……学校に」
カウコーは階段を降りると戦闘態勢を解かせて怪我人の治療を指示するとともにこのフロアからの退出も指示する。そしてシエルとセレナの側に近づき膝をつく。
「セレナ・エリオット君だね? 怪我の治療のため医務室へ行ってもらえないだろうか。私たちはシエル君と話があるからね」
セレナは涙を拭うと大切なものを守るようにシエルを抱きしめてカウコーを睨みつける。
「嫌です! 私もまだシエルに話があります!」
流石に困ったのかファウオーやイルヴィアに助けを求める。
「怪我の治療はできませんが疲労は軽減できますよ」
イルヴィアの側に現れたクロリスが提案を申し出る。
「セレナさんも同席を許可されては? 母猫が子猫を守るようにきっと側から離れませんよ」
隣でイルヴィアが何度も頷き、ファウオーは目をそらして黙っている。
「仕方ない……では、一緒に上へ。ルクソリア、彼女の治療を頼む」
「承知っす。お話があるなら先に治療を……」
「いや、君も同席して構わないよ。治療しながら話をしよう」
「さて……まずは今回の襲撃に関与した学生だが……全員を不問とするよ」
セレナはソファーに座らされて治療を受けている。治療をしているルクソリアは伝令の情報を最初に聞いて仕分けしていた獣人の女性騎士だった。
セレナの隣にはシエルが座り、その横にはテコが現れていた。正面にはカウコーが座り、はじめと同じくすぐ後ろにファウオーとイルヴィア、クロリスが立っていた。
「何故ですか? あたしたちは騎士団本部を襲った……それなのに」
治療を受けながらセレナが疑問を口にする。
「あたしが皆をそそのかして連れて来ました。騎士団が王国の貴族と繋がっていて国家転覆を狙っている。シエルがそれに利用されそうだから助けると同時に騎士団の秘密を暴露するのだと扇動した……と。あたし一人が死刑になれば済む話です」
セレナがどれほどの覚悟で襲撃を決め、どうやって仲間の3人を巻き込まない様にするのかという考えを聞きシエルはまた泣き出してしまう。
「君はそこまで考えていたのか」
じっとセレナの目を見つめ続けたが、カウコーのほうが先に目を逸らして深いため息をつく。
「君たちが来るであろうことは分かっていた。そうなるように仕向けていたからね」
「えっ⁉️ それじゃ全部仕組まれて……まさかシエルを襲ったのも……」
「あれは偶発的なものだ。シエル君が辛い言葉を投げかけられたことも。だがこの機会を利用したことは間違いない。いずれ彼女は騎士団預かりにするつもりだったからね」
ルクソリアは一通りの治療が終わると痛み止めの薬と水をセレナに差し出すと自身もカウコーの後ろへと回る。
「彼女は何者かに狙われている。相手が誰なのか、その理由も分かってはいない。だが、これは王族が関わることだと私は考えている。非人道的な手段を躊躇わない……試験での一件のように他の生徒に危害が及ぶ可能性が十分にある。こうなってしまった以上、早急に騎士団で保護する必要があった」
水を飲んで少し落ち着きを取り戻したセレナは冷静にカウコーの話を聞けている。それでも頭で分かっていても感情は別だった。
「あたしたちを利用したのはなぜですか? シエルは知っていたの?」
クロリスの疲労軽減の効果もあり、まだ顔色はよくなかったがいつもの快活さが戻ってきたようでシエルは安心する。そのお陰か沈んでいた気持ちも少し晴れて自然と話ができる。
「みんなが来るなんて思ってなかったから驚いたよ。今日はここから出ちゃダメってだけ言われて……」
「じゃあ、団長さん! ちゃんと理由を教えてください。でないとあたしも死にきれませんから」
「ダメだよ! セレナ死じゃやだ‼︎」
せっかく晴れてきた気持ちに曇が覆っていく。
「死刑になんてしないから安心して」
カウコーに目で訴えながらセレナを抱きしめて離さない。
「シエル……ちょっと、く、苦しい……」
「うわぁ、ごめん!」
ふたりのやり取りに少し微笑んだあと、カウコーは真面目な表情で話し始めた。
「シエル君には私の許可があるまでこの部屋から出ないように言っていた。もしそれができれば復学を認めると」
そんな“賭け”をしていたのかと頭に来るが、セレナは自分の所為でその賭けに負けてしまったのかと思うと悔しさがこみ上げ拳を握る。
「できなかった時の事を言わなかったのは必ずこの部屋を出て行くと踏んでいたからだ。仲間の誰かが大怪我をして倒れているとでも言えば君は必ず飛び出して行ったはずだ」
彼の言うとおり怪我をしていなくても顔を見ればきっと飛び出しただろう。だから敢えて見ないように部屋の中に閉じこもっていた。
「彼女たちが君を動かす原動力となるのなら……私は彼女たちも騎士団へ招き入れるつもりだった」
シエルとセレナは驚きの表情のままカウコーの次の言葉を待つ。
「それでもセレナ君たちの実力が我々の求めるレベルに達していなければ他の団員たちが納得しないからね……こういう形で試させてもらった」
言い終わるとカウコーは立ち上がり深々と頭を下げる。
「君たちをこんなにも傷つけてしまって……本当に申し訳ない」
一番驚いていたのはカウコーの後ろで控えていたイルヴィアたちだった。どうすれば良いのかと慌てふためいていたが、副団長のファウオーもカウコーに習い頭を下げる。イルヴィアとルクソリアもそれを見て同じように頭を下げた。
「だ、団長さん……みなさんも頭を上げてください!」
シエルは慌てていたがセレナはこれぐらい当然だと腕組みして眺めていた。
それは突然起こった。
壁や天井、テラスが見えるガラス窓、調度品、シエルたちが座っているソファーを残して全て跡形もなく無くなってしまっていた。
吹き飛んだのか消滅したのかは分からない。
カウコーをはじめとするその場にいる者たちの身に何かが起きた様子はない。
「いったい……何が?」
動揺するなかイルヴィアが風を操り吹き込む強風を止めようとすると風はぴたりと止んでしまう。
まるで風がそこは危険だからと避けるように。
それが何なのか気が付いていたがなるべくは見ないようにしたい。意思があるものすべてがその恐怖を避けたがっていた。
それでもカウコーだけはそれと向き合う責任があるのだと勇気を振り絞り、そこに視線を合わせる。
そこにはテコがいる。
「言ったよな? シエルを泣かせる事があったらタダじゃおかないって」
恐怖という言葉では足りなかった。
光のない夜空に放りだされたような圧倒的絶望感に襲われ、そこにいる全員が全てを諦め意識が閉じかけていた。




