雲隠れにし 夜半の月かなⅧ
イルヴィアと一緒にグーテスは落下し、ソルフィリアが後を追って降りて行く。
「打ち合わせ通りね。でも、こんなところで……」
かなりの高さにいるため地上の詳しい様子は見えない。そもそもソルフィリアが降りながら仕掛けを施していたから益々見えづらくなる。
「行くぞ、急げ!」
ルゥに手を引かれながら走り出す。
イルヴィアに壊された段差を思い切り蹴り空中に身体を投げ出した。最高点に到達し宙に止まった感覚から下へ落ち始めると大きな手に身体ごと掴まれる。
「うう………………らぁっ‼︎」
狼の碧い風で出来た大きな手は優しくセレナを包み主塔へと投げ飛ばす。
「今度こそ……行ってこい!」
投げきるタイミングに合わせて足元を爆発させて更に加速する。開いている窓に手をかけて掴まり下を見るとルゥも風を上手くコントロールして階下の窓から侵入していた。
窓から中の様子を見る限り誰も居らず気配もない。それでもルゥが侵入した階だろう、戦闘音が振動とともに響いていた。
まずは上へ行くための経路を探す必要がある。同じように中へ入ることを考えたが待ち伏せされているのは分かりきっている。何となく上を眺めるとこのまま登って行けそうな気がした。外壁の装飾や出窓になっているところに掴まってよじ登り足場にもできそうだった。
「このまま行った方が早いかも。飛ぶのにも慣れてきたし」
掴まっていた窓枠から手を離して軽く壁を蹴ると再び宙に浮く。足裏にマナを集中させて爆発の勢いを受け止められよう形をイメージする。爆発を起こして上昇すると風で姿勢を制御して勢いが落ちてきたところで足場に良さそうな場所にしがみつく。
「防御魔法の外からの攻撃にこんな応用ができるなんてね。ちょっと怖いけど……まあ効率もいいし、この調子で」
何度か落ちかけたが順調に登っていく。
風で上昇し最上階を目指していたイルヴィアはソルフィリアたちが昇って行ったルートを避けるために主塔の裏手側に周り誰よりも先に最上階に辿り着く。
「いやぁ……負けちゃったよ、ごめん」
副団長のファウコーはまさかの表情で驚いている。シエルも驚いていたが皆が無事でいることに胸を撫で下ろす。
団長のカウコーだけが表情が変わらない。常に楽しそうにいることが不思議でもあり不気味でもある。これはシエルたちだけではなく、側にいる団員たちも同じ気持ちだった。
「あれ……? 団長、怒ってないの?」
「怒ってはいないよ。ただ……思ったよりもあっさり負けてきたな……と思ってね」
「手心はくわえていないよ。ただアタシの弱いところをうまく利用されて負けた。ただそれだけだよ」
「そうか……君にとっていい学びになって良かった」
本当に嬉しそうに笑うと表情を変えずに続ける。
「これで隊長格3人と副団長が1人負けたことになるね。本当の防衛戦なら大問題だ」
「いや、その時は…………ううん……変わらないね」
反論を飲み込むと首を横に振って自省へと考えを変える。
「今回の事は一つのシミュレーションとも言える。強敵が少数でこの砦に攻め入った時に我々はなす術がなかった……そういう結果になりそうだ」
「……」
イルヴィアだけではなくファウオーも自軍をどう動かすべきであったかを省みているようだった。
「そうそう、この件が終わったら君たちには罰ゲームがあるから覚悟しておいてね」
「はっ? いや、聞いてないけど⁉︎ なんでそうなるの?」
「責任は取らないと……ね。イルヴィア副団長」
苦虫を噛み潰したような顔で項垂れる姿とそれを見て笑う団長を見て、シエルは騎士団の凄さを改めて感じる。
数で勝るとはいえセレナたちの実力は十分だと思っている。イルヴィアほどではなくとも並みの騎士であれば数人がかりでも負けはしない。実際に今も蹴散らしながら最上階を目指してきている。
それなのに大した事ではないという余裕があって、本気を出せば簡単に終わらせられるのだと言っているように思えた。
ただ、このままであればセレナたちがここへ辿り着く可能性が高い。シエルも今いる部屋から出なければ復学を認めてもらえる。勝負はこちらの完全勝利で終わる。
それでもこんな事をして一体何になるのかと、その意図を図りかねていた。
やがて伝令役の出入りが多くなり報告と指示が絶え間なく行われる。
「外壁をよじ登って来る学生がいるとの情報」
「内側から壁ごと落とせ」
「正門付近で侵入してきた学生数十名を確保」
「手荒な真似はしないように」
「獣人の学生が昇降機を破壊」
「ええ……ここから歩いて降りなきゃだめなのか……」
あからさまなしょんぼり顔のカウコーにイルヴィアが吹き出す。
「大丈夫だよ、団長。アタシが背負って降りてあげるから。それともお姫様抱っこの方がいい?」
「それは有難い。でも罰は軽くならないし、それは私への罰ゲームのつもりかい?」
会話が終わるのを待っていた別の騎士が口を開く。
「キープ内に侵入していた男女2人組の学生を確保。ひとりは魔力切れのため処置を行なっております」
報告を一緒に聞いていたシエルが明らかな動揺を見せる。4人のうちの誰なのかも気になるが、魔力切れを起こしているという事は意識を失い倒れてしまっている可能性が高く不安に駆られる。
不安そうなシエルの顔を見てイルヴィアが推測を話す。
「アタシが戦ったのはフィリアとグーテスなんだ。だから多分だけど捕まったのはその2人だろうね。フィリアはかなり大掛かりな魔法を使っていたから魔力切れを起こしたのは多分……。あ、でも心配しなくても大丈夫。うちの魔法士や医療班は魔力切れの処置は上手いから」
大丈夫だと言われても簡単に安心できるわけはない。
名前を聞いただけで胸が痛む。来てくれたことに内心では喜んでしまった。それだけに自分の所為で傷ついていることへの申し訳なさと何もできない悔しさ、何も返すことができないかもしれない悲しさで涙がこぼれそうだった。
「了解した。下がって引き続き情報収集を」
「は……はっ!」
伝令の騎士たちは慌てて階下の部屋へ降りて出ていく。
最上階のこの部屋は東西のテラスが展望台となっていて仕切りのないフロアとなっている。出入りは階段のみで階下の部屋だけが唯一の経路となる。
そこには数十人の騎士や魔法士が侵入に備えていた。差し詰め最後の防衛線といったところだが実力者が揃っているような雰囲気もない。相変わらず伝令が出入りしているようだったが、全ての情報はカウコーたちには通さずに指揮している獣人らしき女性騎士がはじめに聞いてから判断しているようだった。
そしてまたひとり伝令が通される。
「獣人の学生を確保。しかし……」
少し間を置いた事に何かを察したのかカウコーの表情が変わる。
――ルゥ先輩⁉️ まさか怪我でもした……?
シエルも不安の色が濃くなる。
「捕まえる間際に強力な魔法攻撃のようなもので下からフロアを貫通……合流した女子学生ができた穴を通ってすぐ側まで来ております!」
怪我などの重大な情報ではなくほっとしたが、すぐ側まで迫って来ていることにカウコーたちは驚きを隠さなかった。
「これは驚いた……まさか本当にここまで来てしまうなんて。予想以上だよ……」
残っているのはセレナで間違いない。しかもすぐ側まで来ている。
どんな顔で会えば良いの分からなかったが、それでも会いたい衝動に駆られて階段側に駆け寄る。下の部屋はよく見えるがその姿はまだ見えない。代わりに戦闘態勢の騎士たちが布陣し待ち構えている。
「セレナ……」
徐々に爆発音や銃撃音が聞こえて来る。騎士たちの叫び声や怒号も徐々に大きくなり、遂に部屋の扉が派手に吹き飛ぶと煙の中からうっすらと人影が見える。
「セレナっ!」
ゆっくりと歩み寄ってくる影はシエルの声を聞いて足を止める。
「迎えに来たわよ、シエル‼︎」
制服はボロボロになり額から血を流し、所々火傷を負っている。それでもしっかりとした足取りで歩く。グラウリの周囲への威嚇もあるが、それ以上にセレナの圧に騎士団員は動きを止めてしまっていた。
「何をしている? 捕えよ」
上階から聞こえるカウコーの声に反応し団員たちが一斉にセレナを捕えるために動き出す。
ぐるりと囲んで弱い魔法攻撃を腕や足に当てて動きを封じようとする。セレナも魔弾を繰り出し周囲を牽制するが騎士たちは致命傷を狙って来ないことをいい事に怯まず攻撃を続ける。
「はあ……はあ…………」
接近されないように攻撃を続けているが、その威力も衰えているのがはっきりとわかる。等々攻撃できなくなり立ち尽くすが、それも最早やっとであるのは明らかだった。それでも何か奥の手があるのではと警戒し盾を持った騎士が前に出て来る。
――ここまで来たのに……あと一歩だったのに…………目の前に……手が届きそうなところに…………シエルが居るのに……
「みんな……ごめん…………シエル…………本当に……ごめん」
力尽き、泣きながら崩れ落ちそうなところを騎士たちが確保のため一斉に飛びかかる。
「やめてっ‼︎」
騎士たちは強い力に吹き飛ばされると身体が痺れて動けなくなる。
「セレナ……わたしの方こそ…………ごめん……」
力を使い果たし倒れそうなセレナをシエルが抱きしめていた。




