雲隠れにし 夜半の月かなⅦ
グーテスが着地するための足場を作りだし四人は揃って空中に降り立つ。そこから真っ直ぐに主塔へつづく細い道ができるとルゥを先頭にセレナ、ソルフィリア、グーテスの順で列になって進む。
地上からの魔法攻撃はグーテスが防ぎ、ソルフィリアは水と氷の矢を降らせる事で迎撃と威嚇の両方をこなしていた。
主塔に通じるゲートも飛び越えて更にスピードを上げる。
「回廊の手前から階段にしてこのまま駆けあがります!」
目標の回廊が見えてくると直線だった道が階段状に上へ上へと登る。魔法攻撃や矢もここ迄の高さだと精度が低く何もしなくても当たる気がしなかった。只々前へ進むだけで良い。シエルのいる場所まではもうあと少しといった所まで迫っている。
「あれは……少しズルい気がするな。イルヴィア、頼めるかい?」
不満そうな嬉しそうな微妙な表情でカウコーを見つめテラスへと歩き出す。
「団長の言う事だけは断り辛いのなんでだろう? アタシの自由を自由にできるのは世界で団長ぐらいだよ」
手すりに上り振り向きざまに屈託のない笑顔を見せると飛び降りて行ってしまった。
「私は風の通る道を示しているだけだよ」
グーテスの作った階段はもう目の前であったが先頭を走るルゥが急に立ち止まり全員を制止する。目線は遥か上空だった。
「ちょっと、どうしたの?」
「来るぞ……イルヴィアだ」
視線の先を合わせると風が迫ってくるのが分かる。
その風はマナで創られた強固な階段を砕きながら迫ってくる。荒れ狂う風が優しく散り、砕かれずに残った道には美しく飄々とした佇まいの〈風神〉が降り立った。
「やあ、みんな。よくここまで来たね。ここから先は……分かるよね?」
風切音と共にイルヴィアが手にする細身の剣が光る。
ルゥとソルフィリアが攻撃のモーションに入り、一呼吸おいてセレナが動き出す。いつも見ているお決まりのパターンだった。
「一つを極めるのも良いけど……アタシには通用――」
見切ったつもりでいたが目の前にはグーテスが真っ先に飛び込んで来ていた。
「あれ?」
分厚いシールドごと体当たりされそのまま落下。グーテスも一緒に落ちていた。背を下にして上空を見ながら落下しているとグーテスの背後に光が見える。
「あはは、容赦ないね」
光るそれは左右から弧を描きながら迫る4本の水の刃だった。持っていた剣で全て捌くとくるりと回転し着地する。
頭上からは幾つにも重ねられたマナの薄い板を割りながら減速するグーテスとソルフィリアが降りてきた。
「意外だなあ……キミたち二人だけでアタシの相手をするつもり?」
ふたりの表情から察するに余裕は無かったが、気負いも気後れもない顔をしている。
「単に相性の問題です。……勝てるというわけではありませんが」
「勝つつもりもないのに挑もうていうの? キミらしくはない気がするけど」
「確率の問題でもあります。上のお二人では不利が多いと思いますので」
「何だか面白そうだね。それじゃあ見せてもらおうかな」
剣を一振りするが構える事もなく立ったままの姿勢でいる。自然体でいる事が彼女にとって最速で動くための構えだった。
両サイドから現れた岩石の掌に挟まれる前に斬り刻み、放たれた氷の槍も迎撃し粉砕する。
「先手はあげたのに……アタシのスピードを知らないわけないでしょ?」
岩石と氷が形を変えて次々と襲いかかるがイルヴィアはその場からほとんど動く事もなく捌ききっている。
「こんなんじゃ足止めにもならないよ?」
突然姿が消えるとソルフィリアの目の前には現れる。
「攻撃中は防御できないよね?」
鋭く振り下ろされた剣は衝撃音と共に空中で動きが止まる。その一瞬をソルフィリアは見逃さずに巨人の拳のような水の塊を数発イルヴィアの身体に叩き込む。
「うう……これは、効いた……」
腹をおさえながらも膝をつくことはなくダメージを受けたようには見えない。
「割と本気で打ち込みましたが……流石です」
「斬ったと思ったのに。……グーテス? キミ、味方の攻撃の時は防御解いていたんじゃないの?」
「よく見てますね……その通りですよ。今もそうですから」
では何故攻撃中のソルフィリアに防御ができたのだろう。少し考えてにやりと笑う。
「トムテが代わってくれているんだ」
「半分正解です!」
尖った岩が波のように押し寄せてくるから大きく後ろに飛んで距離をとる。着地の瞬間を狙って水の刃が襲ってきたが簡単に弾いた。
「うん、悪くはないけど……物足りないな……」
少しがっかりした表情で空を見上げる。口にはしなくてもルゥとセレナ、もしくは四人と戦いたかったと言いたげだった。
「こちらも本気を出されては手も足も出ませんので、ちゃんと手は抜いていますよ」
――手を抜いている? アタシを相手にして?
「そんな冗談言えるんだ……意外だね。本気を出されないために手を抜いたって……結局は勝てないよね? 本当に囮になって時間稼ぎしているだけ?」
「どうでしょうか……先ほども言いましたが勝てるとは言いません……ですが、負けるとも思っていません」
王国内でも最強の自負がある。侮られたものだと苛立ってくるが、ふたりが普段と違う風を纏っている事に気がつくと少し冷静になる。
――明らかに普段と違う。無理をしている……? いや、焦りを抑えようと必死なんだ。何か切り札があるのかな?
「随分と偉そうな口をきくようになったじゃないか。普段より口数も多いし……切り札があるならさっさとみせてよ」
剣を下段に構えて今にも目の前に迫ってきそうな圧を感じる。
だが二人は焦りよりも勝ちを確信したような表情に変わる。
「ふーん……、ちょっと腹が立ってきたよ」
熱を帯びた風を纏い、手にした剣に力がこもる。
「勝負です」
グーテス、ソルフィリアも構えるが一瞬でイルヴィアの姿は視認できなくなる。
イルヴィアが早すぎるという意味もあるが、その姿を隠されたからでもあった。隠したのはグーテスだった。イルヴィアを囲むように岩が隆起して煙突のように伸びる。それを内側から回転しながら切り刻むと今度は頭上から氷の塊が落ちてくる。
「どこから⁉️」
氷塊を真っ二つにすると激しい上昇気流が発生する。
「ヴィア先輩、お疲れ様でした」
グーテスが作ったマナ障壁に乗ってふたりは空高く上昇してゆく。
「はあ⁉️ 逃がすわけないでしょ!」
イルヴィアも追いかける為に飛ぼうとしたが、上空に突然現れた巨大な水の塊に動きが止まる。
「うそ……空中に湖がある……」
桶をひっくり返したように大量の水が落ちてくる。水を浴びてずぶ濡れになったイルヴィアは空を仰ぎ大笑いする。
「面白い! やられちゃったよ。アタシが負けるときはいつもこんな感じだね」
側にはクロリスが居る。
「あなたに傲りがあるからですよ」
「そんなこと……」
「いいえ。王国最強だなんて云われても、実際に試した事はないでしょう? 貴女の強さは皆が認めています。だからこそ知恵を絞って挑まれると足元を救われるのです。どんな相手でも、どんな手を使われても勝ててこそ……でしょう?」
「……うん、クロリスのいう通りだね。まともに相手しない事がアタシの弱点みたいだ」
ずぶ濡れの髪を絞りながら風で乾かす。クロリスも先に服を乾かせと手を貸す。
「にしても……フィリアは何をしたんだろ? 何か変だった」
思い返しながらも検討がつかずにクロリスに答えを求める。
「普通、魔法は身体や杖などからわずかに離れた場所から放たれます。これは体内の魔力や周りのマナを集めて発生させるからなのですが……フィリアさんは離れた場所……それもかなり離れた任意の場所から発動させられるようです」
「だから防御魔法を解かずに攻撃できるわけか……」
服や髪を乾かし終わると風を起こしてゆっくりと上昇していく。
「フィリアって…………いや、いいや。団長のところへ戻ろう」
少しずつ加速し主塔の最上階へと向かった。




