雲隠れにし 夜半の月かなⅤ
「お前ら……何で?」
突然の助っ人に驚いたのはルゥたちだけではない。
「何なん、あいつら⁉︎ 話ちゃうぞ。4人だけって言ってな……」
ヘルマが言い切る前にロージアが睨みながら足を蹴りつける。
「いたっ! おま……ちょっ……止めろって! ヤメロ‼︎」
ヘルマだけではなく周りの騎士たちも戸惑っているのか防戦一方である。学生の攻撃など簡単に受け流せるし何時でも斬り伏せられる。だが何を躊躇っているのか攻撃を受けるばかりで捕まえる事もしないでいた。
その中でも騎士の抵抗を受けているのはエヴァンだった。次々と繰り出す拳や蹴りで相手を吹き飛ばしていたが気絶させる程の威力がなく、すぐに立ち上がっては向かってくるループが起きていた。
「みんな今のうちに!」
エヴァンの指示でパーティーメンバーの魔法士3人がグーテスの元に集まっていた。彼の背後にまわり二人は片手を背中に当て空いた手をもう一人と繋いでいる。二人と手を繋いでいるが目を瞑り意識を集中させる。
「いったい何を……?」
ソルフィリアは4人を守る為に四方八方に水撃を放ち迫りくる騎士や魔法攻撃に対処しながら様子を窺う。
「いきます! 【魔力譲渡】」
三人は光に包まれると光は少しずつグーテスの方へと流れて行く。
「魔力を……分け与えるスキル?」
少しずつ流れていた魔力は次第に速さを増して川の流れのようにグーテスへと注ぎ込まれて行く。急激な魔力の流れの変化に三人の顔は歪んでゆく。
「これ以上はいけません!」
危険を感じたソルフィリアがグーテスから三人を引き剥がす。
「はあ、はあ……吸い取られるみたいに……こんな事……今まで、なかった、のに」
本来は強制的に魔力を充填するスキルなのだろうが、途中からグーテスの魔力を吸収する力の方が強くなり、彼女たちはスキルを解除できずに逃れる事ができなかった。
グーテスはまだ目の焦点も合わず項垂れたままで両手を地につけたまま動かない。
「三人分の魔力を……あれだけあげたのに……まだ足りないの?」
グーテスが持つ潜在魔力量の異常さについてはソルフィリアが一番理解しているだろう。仲間のために防御し続けて自らも攻撃に参加する事もある。体力があまりなくバテる事はあっても魔力切れで倒れている姿は初めてみる。
何処にそれほどのマナを溜め込んでいるのか。入学前は無意識でマナを身体強化に使っていたと聞き天賦の才があるのかとも思う。
だがそれは少し違っていたと思うようになる。
グーテスが皆を助けるために生み出した大樹が光の粒子に変わると雨のように降り注ぎ大地が水を吸うように光は消えていった。
この力の流れを感じ取れる者はこの場では僅かであり、ソルフィリアはその内のひとりだった。
――大地からマナを吸収しているの?
周囲を漂うマナを追う事はあっても大地や木に流れるのを追う事はない。ましてや人に流れるマナなど見えるはずがなかった。
だが今は意識せずとも大地からグーテスに流れ込むマナの奔流がはっきりと見える。
譲渡された魔力が呼び水となり大地や周囲から吸収しているようだった。
しばらくするとグーテスは意識を取り戻す。
「……ここは? …………そうだ! みんなは⁉︎」
「貴方のお陰で“みなさん”無事です。それよりも何処か具合は……」
「僕は大丈夫です! それより戦況は? ……て、みんなどうして?」
自分の側でへたり込んでいる3人と周りで騎士たちと戦う同級生たちの姿に困惑する。
「みなさん、本当にどうして……」
嫌悪や反発でまともに向き合えていなかったはずだった。これは自分たちの問題だと割り切ってここに来たのに、予想していなかった援軍の登場に戸惑いと嬉しさが込み上げる。
「エヴァンがみんなを説得してくれたのよ」
騎士と戦うエヴァンを援護しながらリーシャが近づいて来る。
「彼……本当に根気よく説得していたわ。この戦いに参加しなくても、せめてパラディスさんへの誤解や偏見は止めよう……てね」
彼女たちとはそこまで仲を深めたわけではないはずなのに、どうしてそこまでしてくれるのだろうかと考える。
元主が犯した罪を変わりに償おうと思えるほど、彼らにとって忠誠を誓える関係ではなかったと聞く。試験で共闘した際もどちらかといえば巻き込まれて危うく命を落とすところだった。どう考えても手を貸してもらえる義理はない。
「誰かのために戦える、それが格好良いって……思っちゃったんだって。ほんと男ってバカよね」
言葉とは裏腹に嬉しそうに笑いながらエヴァンを魔法で支援し続ける。
グーテスとソルフィリアは顔を見合わせると思わず笑みがこぼれる。
「エヴァンさんがそんなことを……。それなら僕たちは……」
立ち上がったグーテスは吸収した膨大なマナを再び大地へと巡らせる。
「みんなを護れ!! 【大樹の根】」
大地に根を張ったマナが全ての学生たちを捉えると防御魔法が全身を覆う。
「なんだ、これは?」
「すごい……魔法も物理も全然きかない!」
鉄壁の防御に学生たちの勢いは更に増していく。
だがグーテスたちの前には格が違う強敵が立ちふさがったままだった。
「助っ人が来たところで、こいつ等をなんとかしねぇとな……」
ヘルマたちは依然として瓦礫の上からルゥたちを眺めている。
「学生ごときに何やってんだアイツ等はよぉ⁉️」
「仕方ねぇだろ。やっぱウチ等が一から鍛えなさねぇとな」
アルドーレはヘルマとロージアのやり取りを黙ってきいていたが、流石に周りの騎士たちの戦況は思わしくなくため息が漏れる。
「このままにも出来ないだろ?」
アルドーレの言葉に反応するようにヘルマが前に進み出ると大声を響かせる。
「お前ら! 全員捕まえんか―い!!」
ヘルマの声を聞いて我に返ったかのように騎士たちは学生を捕まえようと攻勢にでるが、グーテスの防御スキルに後押しされた学生たちを捉える事が出来ずに苦戦を強いられた。
「しょうがねぇなあ……やっぱ俺がいないとダメか?」
「ウチ等な!」
「へばってた奴も復活したことやし……第2ラウンドはじめるか?」
武器を構える三人にルゥもより警戒を強める。そんな彼の横を静かに通り過ぎてソルフィリアがヘルマたちの前に立つ。
何か考えがあるのだろうと思っても検討がつかず黙るしかない。ロージアも不気味な雰囲気に嫌な予感がしたのか先に防御魔法を展開させる。ヘルマとアルドーレも狙いはソルフィリア一人に絞り、他は警戒すらしていなかった。その隙をルゥは見逃してはいなかったが身体が動かなかった。
――今がチャンスかも知れねぇが、何だ……? 見えない壁でもあるみたいに足が前にでねぇ
結界にでも阻まれているような感覚というわけではなく、巨大な何かに足が竦むような感覚だった。
「この地はマナに溢れているのですね。グーテスさんが解放してくれたマナをお借りしますね」
両手を広げて天高くひと仰ぎすると薄い青の粒子が舞い上がって行く。その高さは倒壊する前の建物と同じ高さになるとゆらゆらと瞬きながら水へと変化していく。水の強大なカーテンは徐々に重なり合い徐々にその厚みを増していった。
「おいおいおいおいおいおい、馬鹿なのか? アイツ絶対バカだろっ⁉️」
「あ、終わったわ」
アルドーレは諦めて構えていた弓をおろした。
「お前、バカ! 諦めんな! アイツをなんとかしろよ‼️」
「ちっくしょうが‼️」
自棄になって涙目で叫びながらヘルマが突撃してくる。瓦礫を滑り降りるとそれはやってきた。
「【月に導かれた激龍】」
両の手を前方に振り下ろすと巨大な水の壁は決壊し凄まじい勢いで流れて行く。激流は人も瓦礫も押し流してはるか前方の建物まで到達し、辺り一面が湖にでもなったかのようであった。だがそれは一瞬のことであり嘘のように消えてしまう。
応援に駆けつけた学生たちは後方にしかおらず、流されたのはヘルマたち騎士団員のみであった。目の前に居た多数の騎士たちはすっかり姿が見えなくなり、更に瓦礫も何もなくなったことで更地が広がっていた。
「……少々やりすぎてしまいましたでしょうか?」
呆気にとられて溜め息混じりにルゥが呟く。
「お前らふたりはやっぱりエグいんだよ……」
ルゥたち以外は何が起こったのか分からず、戦いの手を止めて呆然としていた。




