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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 禍福糾纆
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運者生存Ⅶ

 突然の出来事にショックのあまり倒れる者や引きつけを起こしている者がいる。流石に救護が必要であり教員たちが医務室へ運ぶかその場で治療を施している。

 それ以外の生徒は待機を命じられていたが、それとは別の理由で動けずにいた。シエルを糾弾した生徒たちに相対するようにグーテス、ソルフィリア、ルゥの3

 人が仁王立ちで並び立つ。生徒たちは3人に気圧されて黙っている事しかできずにいた。

 この場は自分が見ておくからデシテリアの見送りに行けとフラムに促される。確かに賓客に見せるような場面ではなく、仕方がないとは思ってもそれが表情に出ることはなかった。デシテリアを伴っての去り際に生徒たちの近くで足を止める。

「言っておくけど、アタシも君たちには怒っているからね」

 襲撃者騒動に加え人が殺められる場面を目の当たりにし、その上<風神>にまで睨まれてはたまったものではない。何名かは萎縮し泣きそうになっている。

「フラムさん! キミにもだよ⁉︎」

 今回の責任は自分にあると思っていたから責められるのも仕方がない。自分自身の不甲斐なさに腹が立ち、また何も言えずにいた。

 イルヴィアは再び生徒たちの方へ顔を向ける。

「君たちは所詮守られるだけのお貴族様だ。騎士には向いてない」

 言い切る前には振り向いて歩き始めていた。ひどく冷めた表情だった。


「……何だよ……風神だか何だか言われたって……所詮“平民“だろ?」

 屋外とはいえ静寂の中での誰かの呟きはその場にいる全てに届いてしまう。不満や過度なストレスに晒され続けた集団は些細なきっかけで再び爆発させるために徐々にそれを大きくしようとする。

「確かに私たちは“平民”ですがあなた方のように愚かではありません」

 普段から抑揚がなく淡々と話すことが多いソルフィリアは今も普段と変わらない語り口でいる。それでもいつもより数段冷たさを感じる声色だった。

「黒ずくめの襲撃者が行おうとしていたのは自爆魔法というものらしいです。体内の魔力を圧縮し暴発させる……。あの塔が崩れ落ちたのも恐らくは中で拘束されていた者たちが使用したのでしょう。あれほどの威力の魔法をここで使おうとしたのです」

 子供に言い聞かすようにゆっくりと簡潔に説明を続ける。

「もしここであの爆発が起きた場合……あなた方は生き延びる事ができますか?」

 事態を把握していなかった者は驚き、何となく分かっていた者は考え込むか目を逸らして知らないふりをしようとする。

「私たちは傷を負ってでも逃げ延びる事ができたでしょう。グーテスさんの近くにいた方々なら彼が守ってくれたかもしれません。ルゥ先輩なら無理にでも何人かを抱えて助けるでしょう」

 彼らを知らなくともその力は噂にきく。彼女が言う通り助けてもらえたかもしれい。それならばこんな悲惨な光景を見ることはなかったのではとも思う。

「そうして助けられたのは1割程度でしょうか? その中に自分は入っていると思いますか? 助からなかった9割になぜ自分はいないと思えるのですか?」

 助かる可能性を聞けがそこに自分が入ると錯覚してしまう。具体的な方法があるのだから自分は助かるのだと。

「シエルさんが手を汚したことで全員が生き延びることができました。あなた方は何もせず……いいえ、何もできないのに」

 初めて表情に変化が見える。奥歯を噛み締め、瑠璃色の瞳が揺らめく。

「シエルが……彼女がいてくれたから。…………あなた方はただ……運が良かっただけです」

 そこからは一言も繋げなくなってしまいグーテスとルゥが口を開く。

「助けてもらった事に身分は関係あるんですか? みんなしてあんな事言うなんて……酷いじゃないですか⁉︎」

「あいつはお前らに責められて謝っていたよな? 恩を着せるどころかキレることもしねぇ。全員この場で殺すこともできたってのによう」

 喧嘩早く沸点が低いイメージのルゥは落ち着いている。仲間の怒りがよく理解できているからこそ冷静でいるように努めている。

 冷静でいたからこそ、この時間が無駄である事も早々に分かってしまう。

「……さて、もういいだろう。運よく“2回”も生き延びた諸君、フィリアは俺が助けるだろうって言ってくれたが……」

 ソルフィリアもグーテスも、きっとセレナも同じ気持ちだろう。僅か数ヶ月の付き合いだが確かな繋がりがあると信じている。

「同じようなことがあったとしても……今のままのおめぇらを、俺たちは助ける気はねぇ!」


――それでもシエルなら……


 4人は同じことを思う。



 それから3日間は休校となり寮生は全員自室での待機。職員も騎士団の取り調べを受けるが侵入経路や動機、なぜイードが一味に加わっていたのかなど糸口さえも掴めないまま授業は再開する。

 何事もなかったかのように日常が戻り日々が過ぎていったが、そこにシエルの姿はなかった。

「シエルにあんな事言ったのは誰っ⁉︎ あんた⁉︎ ねぇ、あんたなの⁉︎」

 セレナは連日、全ての教室を訪れて叫び続けている。時には胸ぐらを掴んで尋問を行い泣き出す生徒もいる。その度にソルフィリアとグーテスが止めに入るのだが、一向に収まる気配はない。

 ルゥは仕方ないから好きにさせておけと言いつつも怪我人を出してはシエルが悲しむと最後の最後で彼女を制止してくれていた。

 後を追ったセレナは結局シエルを見失い一度も会えずにいた。直接会いに行こうとするが、実家は近衛騎士団長の邸宅でもあるから学校側もおいそれと許可はできない。

 積もりに積もった怒りの矛先ははじめに糾弾した生徒を見つけ出す事に向いてしまっている。

「出てきなさいよ、卑怯者‼︎」

 見つけたとしてもシエルが居ないのでは意味がない。分かっているが何もせずにいることも出来なかった。


――必ずシエルは戻ってくる。その時に……


 ままならない現状と変わらない雰囲気に苛立ちが重なり暴れるセレナを止めることは教員でも困難になり始めていた。

「そのうち校舎ごとぶっ壊すんじゃないか?」

「……いやもう、本当に」

「お二人とも何を呑気なことを! 怪我人では済まない事態になりますよ‼︎」

 更に一週間が過ぎたころ、エヴァンがセレナの前に現れる。話があると言うことで流石にセレナも大人しく耳を傾ける。

「イードさんの葬儀に行ってきた。……もう誰もいないから俺とリーシャのふたりでだけど……昔3人でよく行った丘に簡単な墓を立ててきた」

 彼らはイードを恨んでいて恨みこそすれ特別な感情は持っていないと勝手に思っていた。だが魔法で火に包まれた彼を助けようとしていたし3人でしか分かり合えない友情があったのだろう。

「結局俺たち3人とも親同士の勝手に振り回されていただけなんだ。イードさんの事は暴力も振るうし良くは思っていなかった。でも……死んで欲しいなんて一度も思ったことはなかったんだ」

「わたしたち……小さい頃から一緒だったし……イードさんも親から損在な扱いを受けているの……知っていたから。……どこかで……わたしたち同じなんだって思っていたからついて来られた……ってのも……あったから……」

 リーシャはまだ気持ちに整理がつかないらしく思い出すたびに泣き続けているのだろう。目は腫れて真っ赤だった。

「あの時はショックが大き過ぎて……手助けしてやれなく……ごめん」

 エヴァンが頭を下げるとリーシャも泣きながら一緒に頭を下げる。

 セレナは泣きながら2人を抱きしめる。

「ありがとう……ほんと……ありがとう」

 周りは敵ばかりだと感じていた。学校も教員も信じられず、助けてあげられない自分さえもシエルの味方になれていないのではと思い始めていた。

「バカなことを言う奴がいると思って腹が立った。……でもリーシャもイードさんも両方が気になって……どうしたらいいのかわからなくなって」

「いいのよ、バカ! 目の前の大切な人を守ったんだから……あんたやっぱ良いヤツよ」

 ちゃんと味方になってくれる人がいた事に安心した。勿論、自分たちはシエルの味方でありたいと思う。しかし今のシエルには自分達以外にも、世界には味方がちゃんといることを伝えてあげたかった。

 僅かばかりではあるが久々に前向きな気持ちを抱けたように思える。



「取り込み中に悪いが少しいいか?」

 声の方にはフラムがいた。

「ここでは話辛い。俺の執務室へ来てくれ」

 フラムにも言いたいことは山ほどある。直接何かをして欲しいわけではなかった。

 ただ自分達の気持ちを受け止めて欲しかった。

「呼び立てて済まない。お前たちには先に伝えておこうと思ってな」

 何の話かみえず、シエルのことや酷い事を言った同級生たちとは一緒にいられないことなど言いたい事が山ほどあったが今は我慢すべきだとなんとなく感じる。

「シエルのことだが……」

 話したいことよりもシエルに関することを一番に聞きたい。どんなことでも良いから早く話してくれと期待の眼差しを向ける。

 フラムは目を逸らして大きなため息をつく。しばらくの沈黙のあと口を開く。

「シエル・パラディスを休学扱いとし騎士団預かりにすることが決定した」

「はあ⁉︎ どういうこと? シエルは何も悪くないじゃない⁉︎」

「勿論そうだ。あいつはみんなを救ってくれた。だが今回狙われたのはあいつだ。度々襲われていることは聞いていた。だからイルヴィアたち騎士団の護衛をつけることも考えていた。あいつ自身の心配は必要なかったが……今回のように周りに被害が及ぶようであれば学校ここにはいられない」

 どれだけ問答をしようと無駄だと一蹴される。もはや個人の希望を聞いている場合ではなくなったのだ。

 自爆魔法まで使うような集団に襲われた。これはテロ認定せざるを得ず、騎士候補生とはいえ“一般人”に危害が加わることを見過ごすわけにはいかないだ。

「あいつには通達が届いてる頃だろう。来週からゼピュロス騎士団本部に配属される」


 誰も口を開かないまま執務室を後にする。

 気持ちが追いつかず何を話せば良いのかもわからない。

 突然の別れにどうすれば良いのか。実感も湧かず涙も出ない。

 一言も話さずに寮へ戻るとそれぞれの自室へと向かう。

 皆、フラムの最後の言葉が頭から離れずにいた。

「そのまま騎士団に入ることになるだろうが……危険が排除されるまでは……誰にも会うことはできないそうだ」

 セレナだけは寮の門で立ち尽くしていた。

 拳は固く握りしめられ、目には決意の炎が宿る。


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