運者生存Ⅴ
森の中ではルゥの警告に従って転送ポイントへ向かい戻ってきたパーティーが他の生徒や教員から状況を聞いて驚いていた。嘘や冗談で侵入者が現れたから戻ってこいなどとは言わないだろうが半信半疑ではあった。
何よりも厳重なセキュリティが施された学校敷地内に侵入された事実が驚きであった。パス代わりの学生証をもっていなければ生徒でさえ入ることは困難なほどである。広大な敷地を持つ騎士学校は外部からの侵入を防ぐために施設ごとに防護結界と侵入された場合の警戒網が張り巡らされており、監視の目を掻い潜って誰にも気が付かれずに侵入されるような事はなかった。
「まだ戻っていないパーティーは?」
「襲撃を受けているパーティーを含めて5です」
「ちっ……さっさと戻ってこい!」
セレナたちをモニターしながらフラムは残っているパーティーのモニターを集めさせ同時に状況を見ようとする。それを見たルゥは眉をひそめる。
――いっぺんには無理だろ……? おっさんも動揺することあんのか……
周りが慌てている状況をみて逆に冷静になれた。より意識をシェルティオに向けることが出来る。
『ルゥ! こいつらの狙いはシエルだ。俺たちがこいつらを引き付ける』
シェルティオを通じてテコの声が聞こえた。天の声に直接リンクできるテコだからこそ周りに聞かれることなくルゥと話す事が出来る。
『おまえら以外にあと2パーティー残っている。侵入者もまだいるかもしれねぇ』
『わかった、あとは頼む!』
シエルは8人の黒装束集団からの一斉攻撃をかわしながら状況を見ていた。
直感的に自分を狙ってきているのだろうとは思っていた。全ての攻撃が自身に向かうならば容易であった。だがそうではなかった。
セレナたちの背後から現れた同じ装束の3人はセレナたちに刃や魔法を向けていた。グーテスの鉄壁の魔力障壁のおかげで近づくことさえできないが、相手がどのような手段を持っているか分からない以上油断はできない。
誰にも気づかれずに侵入してきただけではなく、姿を隠遁させて更に気配や魔力さえも隠して誰にも察知されずに襲ってきたのだから。
セレナとソルフィリアも背後の敵か、それともシエルの援護をするかで迷ってしまい手が出せずにいる。グーテスはエヴァンたちを守るために反転しシエルたちの状況は見えていなかった。
シエルはというと相変わらず手に持った木の枝で応戦していた。多少の魔力を込めているとはいえ攻撃が通じるはずもなく、拳や蹴りも加減をしているとはいえ全くダメージを与えられていない。手ごたえがなくダメージを吸収されているような感覚だった。
『このままじゃマズい。場所を変えるぞ、シエル!』
「わかった!」
『その首輪も外していけ』
首につけていた魔道具を外してセレナたちの方へと放り投げる。
「みんな、後はお願い!」
セレナは投げられた首輪を受け取ると狭かった視界が一気に広がった。
「任せて!」
笑顔をみせたシエルは追ってこられるだけのスピードで駆け出し、黒装束たちも後を追う。
背を見せた一人をソルフィリアが粘性の高い水の網で地面に縛り付けて捕らえる。
「まずは一人」
間髪入れずに振り向きざまに氷の針を放って背後の黒装束を牽制する。
上空を旋回していたシェルティオを見つけたセレナが叫ぶ。
「ルゥ先輩! あたしたちは大丈夫だから逃げ遅れたパーティーとまだ隠れている奴がいないか探して!」
呼びかけに応じるかのように一鳴きして飛び立つ。それを確認するとセレナもグラウリを側に呼び戻して臨戦態勢に入る。
「さあ……こいつら捕まえて……あたしたちの邪魔をしたことを後悔させてあげるわ!」
黒装束たちの立つ地面をグーテスがうねらせ隆起した岩盤で分断するとセレナとソルフィリアが魔法を打ち込む。加えてエヴァンたちパーティーの魔法士3人も攻撃を行う。
相手もかなりの手練れで襲い掛かる魔法を華麗にかわしている。波状攻撃にいくつか被弾しているが、シエルに攻撃された時と同様無傷であった。
「頑丈すぎない? どうなっているのよ、あれ⁉」
それでも攻撃の手を緩めずにいたが通用せず、相手側も攻めに転じられずに持久戦になるかと思われた。だが突然シエルたちが向かった先から轟音が聞こえ、塔のような巨大な円柱がそびえ立った。
驚いて皆がそちらの方へ意識が向いた時だった。
「今だ! 【巨岩の拳】——」
巨人の腕のような岩石が黒装束の一人を真横から殴りつけ、吹き飛んだ勢いで他のふたりと衝突して地面に打ち付けられた。
グーテスだけが音に反応せずに黒装束たちを見ていた。奴らは思わず振り向いたセレナたちの隙を見逃さず攻撃に転じようとしていた。だがグーテスは裏をかいてその隙をついた。正確には——
「意識の外を狙ってください!」
「不意打ちってこと⁉」
「目で見ているか意識を集中させることで防いでいるように思われます。連携して裏を取りましょう!」
「なるほど……でしたら!」
黒装束たちは体制を立て直してエヴァンたちを二人がかりで襲うがソルフィリアの水のカーテンで分断されてしまう。エヴァンたちも目配せで連携を取りリーシャと共に攻撃を受けながら全員で一人を囲む位置に誘導するとあっけなく倒せた。
後の二人についても一人はソルフィリアが捕縛し、もう一人はセレナの弾丸に足を射抜かれて蹲っていた。
「何とか倒せたわね」
そう言いながらも油断したことを反省しグラウリを周囲の見回りのために飛ばし、グーテスとソルフィリアも警戒を続けていた。
「や、やったぞ……俺たちで侵入者をひとり倒した!」
エヴァンたちは初めての成果に喜んでいた。魔法士三人は輪になって手を握り合ってはしゃいでいたが、急に怖くなったのか泣き出す始末だ。
リーシャも慣れない実践で腰が抜けてその場に座り込んでいた。エヴァンは助け起こしに駆け付けたかったが自身の足も震えていう事をきかず歩くのに精一杯だった。
「おつかれ……リーシャ。その……怪我はないか?」
「うん、大丈夫…………エヴァンこそ……」
突然エヴァンの目の端に黒い影が入り込む。
刃を逆手に足を引きずったままリーシャに飛びかかろうとしている。
――ダメだ……リーシャが!
異変に気が付いたグーテスが魔力障壁を出そうとするが既に飛びかかっていた黒装束の刃はリーシャに届く位置まで来ている。
エヴァンにはリーシャの恐怖で歪む顔も、黒装束が振り下ろす刃の軌道もゆっくりと見える。次第に目の前がちかちかしてきて白い光に覆われていく。
――動けよ、俺の足! 体力も魔力も全部尽きても良い……ちぎれたって構わないから……
「きゃあああっ!!」
魔法士三人が同時に悲鳴を上げ、リーシャの腕からは血が滴り落ちた。
「痛っ…………あれ? 生きて……る?」
魔力障壁が砕ける音と共に近くで強い衝撃を感じたが、それは自分が刺されたからだと錯覚した。実際には襲撃者が落とした刃が腕を掠め少し切った程度だった。
混乱する頭でゆっくりと顔を上げると目の前にはエヴァンがいた。
「エヴァン⁉」
名を呼ばれゆっくりと振り向いた彼は力尽きて崩れ落ち、ちょうどリーシャに膝枕をしてもらうような格好になる。
「エヴァン⁉ ねぇ、大丈夫なの? しっかりして!」
顔を覗き込むと目は半分閉じそうであったが、笑っている。
「無事か……? 俺は……もう……疲れて、動けない……」
「バカっ! 無茶しないでよぉ!」
エヴァンの顔を抱きかかえるようにして泣き出してしまった。魔法士三人組も側に駆け寄り一緒に泣き始めた。
ソルフィリアと仲間のヒーラーがかけた回復魔法のおかげで立ち上がる程度には体力が戻る。リーシャもかすり傷だが切られた腕を治してもらう。
「エヴァンさん、あれは……?」
グーテスが一瞬の出来事を振り返り尋ねる。
「それなりの距離はあったのに一瞬で相手の懐に飛び込んでの肘内…………シエルさんも素手では壊せなかった僕の障壁越しだったのに相手を吹き飛ばしてしまった」
セレナも呆れたように言い放つ。
「障壁がなかったら、あいつ死んでいたわよ」
あっけらかんと恐ろしい事をいわれると苦笑いしかできない。
「必死だった…………何を差し出しても、リーシャを助けたい……て。目の前が真っ白になってもうダメかと思ったら全身が魔力に覆われる感覚で……気がついたら……」
何かのスキルに目覚めた可能性もあったが恐らくマナの力だろうとセレナたちは確信する。
「あなた武術の心得でもあるのかしら?」
「ああ……イードさんを護衛するのに昔……習わされていた」
「そう。……剣よりそっちの方が才能ありそうなのだけれど……。それよりも……油断ばかりで危険な目に遭わせてごめんなさい」
セレナはエヴァンたちパーティーに深々と頭を下げる。この光景に驚き一瞬言葉を失いかけるが、やめてくれと慌てて顔を上げさせる。
「共闘を持ち掛けたのは俺たちだから……その……」
エヴァンとリーシャはセレナと同じ公爵家の主人に仕えていただけに、あまりの違いに困惑の色を隠せない。同じ階級の貴族でありながらこんなにも違うのかと。
仕える主人が違えば違う人生もあったのかと思うが、隣で目が合う人がいるとこれはこれで良かったのかもしれないとも思えた。
「まぁそうね、共闘も楽しかったわ。……ともかく皆……お疲れ様!」
同時刻、シエルも黒装束の襲撃者たちの捕縛を完了していた。
「おまえら、誰の指示でこんなことを? ……まあ言うわけないか」
5階建ての建物ほどの岩石の円筒を造りだし、その中での戦いは圧倒的だった。正面からの攻撃が通じなくとも簡単に背後を取って捕縛魔法で身動きを封じた。
「このままにしておいて、後で騎士団の皆さんと一緒に来て解除するね」
「そうだな。森の中に不審者はいないみたいだけど近くに生徒らしき気配がするぞ。一緒に連れて帰ろう」
この後2パーティーと遭遇したがいずれもシエルが顔を出すだけで悲鳴と共にリタイヤして戻っていった。
「……ねぇ、……ひどくない?」




