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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 禍福糾纆
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運者生存Ⅳ

 シエルは木から降りると猛スピードで駆け出す。最早飛んでいると言ってもいい程に。

 その顔には笑顔が溢れる。こんなにも心躍ることはいつ以来だろう。友達らしい友達もおらず、相手になってくれるのは一部の大人だけで同年代の友人と何かをする経験がなかった。それが入学以来毎日のように一緒にいて経験を共有できる事が楽しかった。

 シエルは戦う事が好きというわけではない。身を守る為、大切な人たちを守るために力を欲して今の実力を得たに過ぎない。

 生後間も無く理不尽な暴力に晒されて母親を失った。もう2度と悲しい思いをさせないための力は危険を寄せつけない代わりに多くの出会いを遠ざけてしまっている。

 それでも頼れる相棒と優しい大人たちがいてくれた事で寂しさはなかったし、自分はそういう星の元に生まれたのだから今でも十分過ぎると思っていた。


 それなのに出会ってしまった。


 友人とは生まれた場所も、身分も、人種も、性別も——何もかも違っているのに、はるか以前からそうであったかの様に出会い、離れていく。

 いつか別れが来る事があったとしても同じ時間を共有できる友達に巡り会えたことがシエルにとってはかけがえのない宝物だった。

 ハンデがあるとはいえ競い合えるチャンスはそれ程ない。

 埋まる事のない宝箱にまた一つ思い出の欠片が増えていく事が堪らなく嬉しかった。

『あんまりはしゃいで怪我させるなよ』

「大丈夫! 三人とも強いから!」

 木の葉を巻き上げながらセレナたちの元へ一直線に突き進む。



「グーテス、2時の方向! ……30秒ないわよ。いい? 初撃だけは絶対に止めなさい!」

「了解!」

 いつもより大きな声で気合を入れる。そして指示された方向に5重の魔力障壁を展開させる。

 ソルフィリアも同じ方角に杖を構える。彼女は騎士科だが魔法の適性も高く、魔法士科からも誘いがあるほどの実力を身につけた。それまでは剣も魔法もバランスが良く悪いところはないが目を見張るような特徴もなかった。

 シエルたちとの訓練や天の声を覚醒させた事で魔法の才能に目覚め長所を伸ばし続けた結果、並みの魔法士以上の使い手となった。

 天の声が設定したパークが魔法に偏っていたからであって、ソルフィリアの天の声は彼女の力をちゃんと見極めた結果だから信じろというテコの言葉を信じた。

 今回はシエルに敗北をプレゼントするために本気で挑んでいる。だからこそ魔力の増幅効果がある杖を魔法士科の教員に頼んで借りてきた。

「間も無く効果範囲……収縮開始します。それまで耐えてください」

 ソルフィリアの声にふたりは気合の入った返事で返す。

 この三人のやり取りに置いて行かれたエヴァンは好機と見て戦線離脱のタイミングを見計ろうとしていた。だが目論見は直ぐに崩れる。

「エヴァン・ハーター!」

 セレナに呼ばれて逃げようとしていた事がバレたと思うよりもフルネームを覚えられていた事に驚きチャンスを失った。

――何処までもツイてないんだ、俺は!

 己の運の無さに歯噛みする間も無くセレナのよく通る声が彼らの次の行動を決めてしまった。

「あんたの提案乗ってあげるわ! 邪魔者は全力で払って頂戴! でも範囲外になったらいつでも逃げていいから」

 逃げても良い。甘過ぎる条件に腹が立って来る。

――はなから期待していないのか? 俺たちじゃ相手にもならないし、裏切って不意打ちを撃っても関係ないとでも……?

 確かに実力は雲泥の差だった。人数差があるのに勝てる気がしない。

 それでも一矢報いてやりたいと思う。

 もう虐げられる事はなく、人生が終わってしまっているような暗く沈んだ日々もない。これからは自分の道を進もうと決めた。強くなるのだと決めた。

「彼女たちの後方に展開。横槍は全部防ぐぞ!」

 エヴァンの指示にリーシャが驚きの声をあげる。

「え、ちょっと……ウソでしょ? 本気なの?」

「……本気だよ。……俺たち、ここで本気にならなきゃ……いつまで経っても変わらない!」

 少し泣きそうな、でも真剣なエヴァンの目をみてリーシャは微笑む。

「……だよね。わたしたち……やっと自由になったんだもん。強くなって生きていこうって決めたんだから!」

 リーシャの声に呼応する様にパーティーメンバー全員が武器を構えて陣形を組み始めた。


 その時だった。

 グーテスの5重の魔力障壁が3つ続けて砕かれる音と共に衝撃がその場にいる全員に襲いかかった。

「来た!」

 セレナは魔弾の狙いを定め、ソルフィリアは前方に水を走らせてぬかるみを作ると同時に攻撃の狙いを定める。

 グーテスが壊された障壁を一枚作り直すと同時に目の前に細い木の枝を振り下ろすシエルがいた。強い衝撃を受けたが障壁が砕かれることは無かった。

「流石にムリ?」

 ぬかるみを飛び越えてきたシエルは空中でくるりと前転しグーテスの障壁を蹴って距離を空ける。

「シエル!」

 着地を狙ってセレナが魔弾を放つが素早く身を翻して躱す。

 グーテスもシエルの右側から尖った岩石で襲いかかるが華麗なステップでそれも躱してしまった。

 ここぞとばかりに追撃を見計らっていたソルフィリアが氷の針を飛ばそうとした瞬間だった。

『フィリア……彼女の左側だ』

――え……ポープ?

 咄嗟であったが自身の天の声に従い直撃を狙わずにかなり左寄りの位置を狙って魔法を放つ。

 放たれた氷の針はシエルには届かず空中に突き刺さり鮮血が舞う。

「ぐわぁっ!」

 男の唸り声と共に肩に氷が刺さった黒装束のヒトが現れる。周囲には同じ装束を纏った男たちが姿を現し手には刃物が握られていた。

 頭巾で顔を隠していて男女の別だけではなく年齢もわからなかったが目だけはギラギラと不気味な光を宿している。

 流石のテコも予想外の状況と自身の油断に焦る。

――いつの間に⁉︎ ……待ち伏せか? いや、学内と思って気配探知を切ったのが不味かった……

 気配を消した一斉攻撃に不意をつかれただけであればシエルは十分に対応できる。しかし攻撃の射線上にセレナたちがいる事で動きが鈍る。

――テコっ!

『クソっ!』

 セレナたちを助ける為にテコが飛び出すが直ぐに足を停める。

「グーテス⁉」

 グーテスと彼の天の声トムテが魔力障壁を張り巡らして黒装束たちの攻撃を全て防いでしまった。

「あ……危なかった……」

 後方にいたエヴァンたちもしっかりと守っていた。

「な……何なんだ?……急に……」

「誰……この人たち⁉︎」

「知らないよ!」

 この隙にシエルは自身への攻撃を躱してセレナたちから少し距離をとった。



 一方、この出来事をモニターしていたルゥたちは想定外の出来事に一瞬言葉を失う。一先ずシエルたちが襲撃を回避したことでフラムたち教員は安堵するがルゥだけは違っていた。

――まだ潜んでやがる⁉

 監視用に飛ばしていた彼の天の声シェルティオは姿を現した影がまだあちらこちらに居てシエルたちの元へ集まっていく様子を捉えていた。

「武器を持った不審者が森に居る! 試験は中止だ! 全員、退避しろ!!」

 当然叫び声をあげたルゥにその場にいた者たちは驚き注目する。この場で叫んでも森の中にいる生徒たちには聞こえるはずがないのに何故だと。

 しかしその声は森中に響き渡り、その場にいる全員に届いた。

 シェルティオは視覚を共有するだけではなく、その場の音も聞くことができる。そしてルゥの声も彼を通して届けることができた。

 シエルたちから離れた場所にいたパーティーは訳が分からないまま素直に指示に従い転移装置の方へと移動した。

「よし……行ってくる」

 イルヴィアが駆け付けようと立ち上がったがルゥが腕を引っ張り制止する。

「離してよ! 早く行かなきゃ……」

「落ち着け! あいつらなら大丈夫だ。それよりも学校の敷地内に侵入されたんだぞ。ここに戻ってくる生徒や校舎内の安全確保が先だろ⁉ 相手の人数もわかんねぇんだ……しっかりしろ!」

 ルゥの言葉にはっとして大きく深呼吸をする。

「君のいう通りだね…………ルゥはそのまま皆のモニターを。フラムさん……」

 フラムは既に動いており、その場にいる生徒に待機を命じると教員数名を集めて指揮をとっていた。校舎にいる生徒たちを避難させるために数名の教員が校舎へ戻る。やがて敷地内に出入りできなくなる特殊な結界が張られ侵入者の退路を断った。

「下手に動くとマズい。イルヴィア、ここの守備を任せる」

「うん、わかった。デシテリア、サポートを頼んでいいかな?」

「もちろんです!」

 デシテリアは部下のバウトとアリスに周辺の探索を指示しイルヴィアや他の教員と共に一か所に集められた生徒たちを囲むようにして警護につく。

 フラムはルゥと共に再びモニターに目をやって状況を確認する。

「……全く……面倒事ばかりだな。…………で、おまえの声もだが……あいつと一緒にいる……あの……シエルによく似た人物は誰なんだ? ……分身か?」

「今はそれどころじゃねぇだろ? ちゃんと見ろよ」

 咄嗟にシェルティオを介して発声してしまった事はスキルだと言い逃れは出来る。しかしテコの存在がばれてしまった。言い訳をルゥが考える必要はないのだが、戦況を見ながら冷や汗が止まらなかった。

 恐らくフラムは何かに気が付いている、そんな予感がした。


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