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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 禍福糾纆
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禍福糾纆Ⅴ

「言われずともあの女だけは……!」

 トリニアスは実家へ戻っていた。今日は月に一度家族で食事する約束の日であったからだ。父カエラムは宰相であり、弟デシテリアは南のノトス騎士団副団長である。そして彼自身も第1皇子で政府事務次官であるエクシム皇子の補佐を務めていたが、現在は外交官としてその能力を振るっている。

「父上……少しよろしいですか?」

 書斎のドアをノックし声を掛けると入れと声が聞こえた。中へ入るとカエラムが書類に目を通している。いつもと変わらず質素な部屋であり、これが宰相の自室かと思わずにはいられない。だが父らしいともトリニアスは思ってしまう。

「どうした、何か用か?」

 手にしていた書類に何かを記して脇に積まれた書類の束に置くと立ち上がる。

「少しお話を伺いたくて」

 トリニアスは用意していたお茶をテーブルに置くとソファーのいつもと同じ場所に腰掛ける。

「例の逃走犯の事か?」

 カエラムは来客用の菓子を置き息子が用意したお茶に手を付ける。

「はい。逮捕されたことよりも西に潜伏していたことについてはどうお考えでしょうか?」

「可能性は考慮していた。亡命するのであれば共和国……あるいは帝国であると。供述による裏で手を引いていた人物が()であるならば辻褄も合う」

 彼とは武器の売買で資金を稼ぐだけではなく秘密裏に他国と共謀して戦争を起こし国家転覆をはかった貴族のことである。

「今回捕まった奴も国や貴族に不満や恨みがあったようだが……」

「この15年、目立った動きがなかった」

「そう。だが10年ほど前のベルブラント紛争に関わっていた可能性があったがこれだけは関係ないの一点張りで否認し続けた」

「ネクロマンサーであったという話ですが、紛争時の資料には死霊術が使われた記録がなかった」

 カエラムは茶を口にすると苦笑いする。

「記録がなかったのではなく、記録できないほどの状態になったのだ」

「……ああ、炎剣の……」

 10年前に起きた共和国との紛争。魔法兵器で民間人も巻き込む非道に創設間もないゼピュロス騎士団は総力を挙げて対抗。当時、最前線で戦っていた《炎剣》フラムが街ごと敵軍を焼き払い壊滅させ終結した戦いである。

「西の流通を一部許可したと伺いました……大丈夫なのですか?」

「それについては色々言ってくるものが多くてな」

「賛否あるとか」

「平民の許可を求める声の方が多いのだが一部貴族が反対していてな。心配になる気持ちは承知している。……だがこの10年、特に争いごとは起きていないし、このまま国交がないのも変に緊張を高めるだけだ。段階的に国交を戻せるように一部の信頼できる商会のみに許可を与えるよう商業ギルドには申し付けている」

「何かあればかなり厳しい罰則を与えるとか……」

「それこそ15年前の冒険者ギルドの件もあるしな」

 宰相官邸襲撃の際は冒険者ギルドの職員に成りすました人物が情報の攪乱を行った所為で主犯格を取り逃がした。

「国どうしの取引はまだ随分先の話になるだろうが……まずは1歩ずつ……だな」

 お互いに茶と菓子に手を付けて少し間が空く。

「それよりも東はどうだ? 教会がまたうるさい事を言ってきているのではないのか?」

「そうですね……相変わらず国王の来訪を望んでいます」

「そうか……私のところにそれが届かないのは……」

「ええ、ウチで拒否しています。招待することも、訪問することにも理由が何もないので話にならないと」

「苦労を掛けるな」

「父上の所為ではありません。王を布教に利用したいだけのあちら側の考えが稚拙なだけです」

 国政に関わってまだ数年であるが立派に勤めを果たしている息子が誇らしく思わず頬が緩む。

 カエラムの夢はいずれ王位を継ぐであろうエクシム皇子を支えるため宰相の地位にトリニアスが就く姿を見る事である。王国の長い歴史で親子2代での宰相就任はない。だがカエラムは偉業の達成よりも自分と同じ立場を目指して積んできた努力が報われる姿が見たかった。

「もしもの話ですが……王が東国を訪問するような事態はどういった事が起きた場合でしょうか?」

 何かを危惧してというよりも想定として知っておきたいのだと思う。外交はまだ日が浅いにも関わらず勉強熱心だと感心したが、すぐに自分も大した親バカだと少し気恥ずかくなる。

「王家が宗教国との関りを持とうとする事はない。だから赴くことは無いだろうし来たところで面会もされまい」

 まずは前提として王のスタンスの話をしてトリニアスも承知しているかの確認を取る。トリニアスも頷いてわかっているとの意思を伝える。

「では王が直接彼らと話をするには……」

 恐らくカエラムも宰相としてこの件について深く考えて来ていたのだろう。

「戦争の後……あとは聖女の出現」

 思わぬワードが出たことでトリニアスは眉をひそめて聞き返してしまう。

「聖女……?」

「そう……かの国には神の力を授かり神に成り代わって世界を救う者が現れるという伝承があるそうだ。女神イーリアが現世に降臨した姿、または生まれ変わりであると」

「……なんですかそれは? お伽噺でもあるまいし」

 鼻で笑ってしまうほどに子供じみた話が出てきたがふと疑問が湧く。

 ——……何故そんな話で王が動く?

 トリニアスが気付いた事は表情でわかる。

「何故か……それは建国に関わるからだ。初代国王は神から智と武を与えられこの大陸を治めた。神に成り代わりこの地に安寧をもたらせたのだと。……しかし王国以外にそのような者が……この今の時代に生まれればどうか?」

「神の名を語った侵略のための妄言と切り捨てるか…………もしくは王の正当性疑い、権威喪失の恐れがある……?」

「うむ。東にはイーリア教に心酔している平民が数多くいる。そして一部ではあるが暴徒化や徒党を組んでテロなどの犯罪を行う者も。内政的にも非常に厄介な問題になると想定している」

「では王が接触を図る理由は?」

「見極めるためさ」

 あくまでもこちらの正当性を主張するために本物かどうかを判断するのは王国側であるという事であろうと解釈した。

 仮定の話であってもそこそこに現実味はあり納得は十分に出来る話である。しかしもう一つの疑問が浮かぶ。

「王国の伝承とイーリア教の神では信奉するものが違うので問題にならないのではないでしょうか?」

 カエラムは少し説明に困った様子を見せどう答えるかを考えていた。

「国の成り立ちを否定するわけではありませんが、王国の伝承も飽くまで伝説ですし……」

「そこなんだよ」

 トリニアスは少し考えてから仮定の続きを口にする。

「お互いの主張をぶつけ合っても、それを判断する第3者がいない。水掛け論になって収集がつかなくなり行き着く先は……」

「戦争」

 二人で同時にため息をつき顔を見合わせたままになる。先に口を開いたのはトリニアスだった。

「面会もどちらが行くか来るかで違ってきそうですし……相手に余程の目的と勝算でもなければ起こり得ないでしょう。……ですが何か手を考えておいた方が良い事は分かりました」

「うむ、こちらと連携して進めてみよう。……いずれ話す事もあると思っていたが……」

「いえ、何をおっしゃいます。父上の役に立つなら本望です」

 こうして息子と仕事の話ができるのは父としても感慨深く、立派に成長した姿を見ることが誇らしかった。


 少しばかりの雑談をしてトリニアスは部屋を後にする。自室へと足を向けると背後から声を掛けられた。

「兄さん!」

 振り返ると弟のデシテリアが駆け寄ってくきた。

「また父上と政策談義ですか?」

 ニコニコと嬉しそうに話しかけてくる弟は南のノトス騎士団の副団長である。武勇に優れているいるわけではなかったが、彼が若くして副団長に任ぜられたのは参謀として認められたからに他ならない。国内最強と言われる<風神>を知略で抑え込んだ手腕が評価されたからだ。

「まあな。……ところで例の話は考えてくれたのか?」

「ですから、僕はノトス騎士団が良いのです。アウステル団長をはじめ皆さんよくしてくれていますし、あのアットホームな雰囲気の騎士団が気に入っていますから」

 以前からトリニアスは弟を中央の近衛騎士団への移籍を薦めていた。

「お前の尊敬するパラディス団長の元で働きたいとは思わないのか?」

 少し迷うようなそぶりは見せるが直ぐに首を横に振る。

「確かに憧れの団長の力になりたい気持ちはありますが……今はノトスで力を付けることも大事だと思いますので」

 あまりにもきっぱりと言い切るのでさすがに諦めざるを得ないと思うと少し笑いが込み上げてくる。

「わかった。……お前も言い出したら聞かないからな」

「兄さんほどじゃないですよ」

 そんなやり取りをしながらお互いの部屋の前で別れた。

――中央にいてくれた方が安心できるのだがな。しかしデシテリアが南に居れば……

 ベッドに横たわるとすぐに深い眠りにいざなわれた。


 深く、深く……。


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