禍福糾纆Ⅳ
15年前の宰相官邸襲撃の実行犯でリーダー格の男。
彼はギルドでも信頼できる冒険者であり、実績と人望から官邸の守備隊リーダーに抜擢された。冒険者としてもベテランの域におり、無口で粛々と仕事をこなす。面倒見も良く若い隊員からも人気があった。
「ジル・キャダバー、出ろ」
ジルはとある理由で王都をめざしていた。目立たぬよう夜陰に紛れて王国内に入り難民街に辿り着く。
――なんで騎士団がこんなところに……?
巡回している騎士団には遭遇したくなかったので引き返して迂回する事を考えたが運悪く息を潜めることしかできなくなってしまう。しかし翌日の夜に雨が降り出し、この機に難民街を抜け出ようと街はずれの林まで来たところで人の近づく気配を感じて身を隠す。だが金髪の少女と得体の知れない人物に見つかってしまう。
――こいつら、俺たちがいる事がわかってきているな
警戒はしていた。会話で様子を見るつもりだったが向こうから15年前の襲撃事件の話を振ってきた。
何故こんな子供が事件を知っているのか、何故今その話をするのかとより警戒を強める。
――王国を少し離れている間に顔が割れたのか? そういうスキル持ちが現れた可能性もあるか
思考を巡らせている間にゾンビたちはやる気になっているが、手の内を見るまでは下手に動かせないと思い制御している。
――挑発しても乗ってこねえし動揺もなしか。……こいつら何者だ?
ふたりは何かを話し終わり少女の方が剣を抜いた。
雷鳴とともにゾンビはバラバラになり自分の首と胸には剣が突きつけられていた。
「あなたのせいでお母さんは……」
「おまえ、何を言って……? まさか⁉︎」
次に気がついたときには騎士団の檻の中だった。
「やれやれ……とうとう捕まっちまったか」
観念して洗いざらいを話した。
いつか捕まればそうしろと指示されていたから。
1ヶ月の拘留期間中は毎日取り調べが続いたが暴力を受けるでもなく、退屈ではあったがそれなりに快適ではあった。
その後、厳重な警備付きで王都に移送される。
騎士団の施設とは違い牢獄は地下深くであった。階段を下りて扉をくぐれば一本道の左右に牢が並ぶ。
王都でも同じように取り調べをされるが、牢の前に来た取調官は騎士団で話したことをまとめた書類を音読して間違いがなければ書類にサインを求める。そんなやり取りを何日か続けているとついに誰も来なくなった。
食事だけは毎日3回運ばれてくる。ほぼ毎日同じ人物が運んでくるのでジルは声を掛けてみた。
「なあ、退屈だから話相手になってくれよ」
着ているものから王宮内で雑用などを請け負う平民だとわかる。
「会話はするなと言われているので」
「んだよ……良いじゃねぇか、少しぐらいよう」
「……」
毎回、運んできた食事と入れ替えで空いた食器を回収していく。いつもは食器を取り出し口に置いておくと回収してから持ってきたものを渡されている。だが今日は食器を出していない。
「……」
早く食器を渡せと目で訴えるが、ジルはニヤニヤと笑いながら動かない。それを見た男はため息をついて持ってきた食事を受け渡し口に入れてからさっさと歩き出す。
まさかの行動にジルも驚き格子に顔を引っ付けて叫ぶ。
「お、おい! 嘘だろ? 食器はどうすんだよ⁉」
ジルの叫び声に足を止めて男は振り返る。
「あとで回収するのでそのままにしておいて」
「はあ? 後でっていつだよ?」
「明日か明後日じゃないですかね」
男はそう言うとすたすたと歩き出し扉の向こうに消えた。
扉が閉まる音を聞いてからゆっくりと出された食事に手を付ける。
「……なんだよ、やっとかよ」
そして時間は戻り、衛兵に牢から出されて目隠しをされたままとある部屋に連れてこられる。
目隠しをはずすと部屋の中はかなりの広さで中央には魔法陣が書かれており中心には文字の刻まれた石板が何かの装置のようなものに取り付けられているのが見える。
この部屋に連れてきた衛兵に手枷を外してもらい、側にいた別の衛兵からは捕まる前に身に着けていた物を手渡された。
「ジル・キャダバーは今日、処刑された」
他の衛兵よりも明らかに身分が高そうな制服を着た上官らしき人物が声を発している。だがそれは誰に向けての言葉かは分からない。
「亡骸は?」
「奴は死霊術者だ。火葬されたよ。話した事が……大罪だったからな」
受け取った服や鎧を身に着け持っていた剣を装備し終えると男は高い天井を見上げて遠い目を見つめる。
「そうかい……せめて土葬にしてくれりゃ良かったものを。……そうはいかないか」
そう呟くとゆっくりと中央の魔法陣の方へと進む。衛兵と魔術師らしき人物が数人で石板を取り囲んで作業を行っている。魔力を込めているのか時々淡い光が漏れるのが見える。徐々に足元の魔法陣も光を帯びて魔力が通っていく様子が見える。
「で、今度はどこへ?」
「北だそうだ」
「仲間の補充はないのか?」
「ない」
両手を挙げて首を振り少々オーバーにも思われるような仕草で抗議の意を示すと上官らしき男は馬鹿にするように静かに笑う。
「しばらく大人しくしていれば存分にお仲間が手に入るさ。仲間といえるのかは知らんが」
「……」
そういって部屋の出口へと向かう。
「あんたは……」
男はジルの声が聞こえていたが構わず進み続けて扉に手を掛ける。戯言に付き合っている暇はないとも言わんばかりに無視を続けている。
「……俺の仲間には入れてやんねぇよ。……あんま、使えなさそうだしな」
プライドに傷をつけられたのか振り返り睨みを入れるもジルから発せられる気迫のようなものに容易くかき消されて押し返される。勢いそのままに部屋を追い出されるような格好となり扉も閉じてしまった。
「さてと……北か……。寒いのは勘弁だが、貴族どもが少ないのは良い」
石板の周りにいた衛兵や魔術師は壁際まで離れてジルを見守っている。
魔法陣の四方には光で縁取られた扉が現れていた。中央の石板も4つの頂点がそれぞれ東西南北を指し一つの扉に向けて光の矢が放たれる。北の方角に出現した扉が光の矢を受けるとゆっくりと開いてゆく。
扉の向こうは視界が歪んだような暗闇と光が混ざったような空間だった。
「前に通ったのはいつだったか……何度見ても大丈夫か心配になる」
すっかり気が抜けたような雰囲気でおどけてみせるがその場の誰も反応しない。むしろ反応しては駄目だと言われているようにも見える。
――ま、余計な事はしないほうが良いか。こいつらに恨みを買う必要もないしな
ジルは石板の横を通り扉へと向かう。
全く躊躇う様子もなく、歩く速度そのままに扉へと向かい中へと入る。
この場には入り口のみで出口は無い。歪んだ向こう側へジルの姿が消えると扉は閉じてしまい、他の扉と共に光を失い消えてしまった。
その場に居たものは漸く許されたかのように止めていた呼吸を再開させる。緊張から解放され落ち着く間もなく、ジルの痕跡が残っていないかを確認し王家が緊急時に使用する転移の間は再び閉じられた。
それから数日が立ち、15年前の宰相官邸襲撃実行犯のリーダーが捕らえられ、既に取り潰された貴族の陰謀であった事が発表される。
逃走していた最後の一人も捕まり、斬首され事件は幕を下ろした。
「凡そはシナリオ通りだな」
「捕まる未来までも見えていたのか?」
「ああ、ほぼこうなる事が分かっていた。だからその時のために指示させていた。洗いざらい話せ、と」
質問を投げかけた方は流石だと感心した面持ちで頷いている。
「だが……奴からの報告……お前はどう考える?」
この問いに笑みは消え一変して険しい表情を見せる。
「金髪碧眼の少女……本当に彼女なのか? ……生まれたばかりの記憶など俄かに信じられん」
「……」
「何度か刺客を送っているのだろう?」
「いや、なぜか風神が近くにいるらしく中々手が出せない。学生を利用することは出来たが……」
その話は知っているぞと笑いをこらえている。
「いや、すまない。お前が殺したい相手が風神と並び称されるような人物とはな。しかも風神が邪魔をしているなど俺でも見えなかったよ。……しかし……」
彼からも表情が消える。
「そいつ……確かに魔眼の使い手ではないのだろうな?」
二人は向かい合ったまま沈黙が続く。
「そうではないという確かな証拠はない。ただ、あの炎剣とやりあうほどの力……何かあるやもとは思う」
一度切った言葉はすぐさま繋がれる。
「その場合…………魔眼の所持者であるならば……」
「殺す」
割って入られた言葉に同意はするがそれだけではないと再び発言権を取り戻しに口を開きかけたが全て断ち切られる。
「お前が何を思うと勝手だがそいつは殺す。俺が描く未来にそいつはいない。是が非でも始末しろ、トリニアス」
もはや何を言っても無駄であると諦め頷くほかなかったが、それは自身の望みでもあり決意するための言葉であると受け取った。




