禍福糾纆Ⅲ
ゼピュロス管轄区域に広がったもう一つの噂。それは十数年前に起きた宰相官邸襲撃の実行犯が騎士団に拘束されたというもの。
ようやく犯人が捕まった事は騎士団の手柄として褒め称えられはするものの、難民街で捕らえられた事が広まり公ではないが難民を守る騎士団員に批判は少なからず挙がる。
それよりも騎士団創設以来、暴動やテロといった事件がなかったゼピュロスの安全神話が揺らいでいるのではと不安の声が日増しに大きくなっていた。
人の不安や恐怖は悪い方向へ想像力を掻き立てる。まだ残党が居るのではないかや他国の軍隊を引き連れていて戦争が起きるのではないかなどの現実的に起こりそうな話ならまだしも、魔物の軍勢が大挙して押し寄せるや天変地異の前触れであるなど根も葉もないような話まで聞こえてくる始末だった。
「難民街からも王都への護送の時も、奴が15年前のテロ実行犯のリーダーだなんて話も誰にもしていない。なのに情報は町中に流れている。領主にも口止めしていたけど……どちらかが口を滑らした? いや、何の利益にも……むしろデメリットの方が大きいから考えられないな」
イルヴィアは苛立ちを隠さずに不満をぶちまけている。
「……愚痴を言うためにわざわざ俺を呼び出したのか?」
校舎の屋上はイルヴィアのお気に入りの場所だった。在学中はほとんどの時間をこの屋上で過ごしていた。本来は立ち入り禁止で扉は堅く閉じられているから滅多に人が来る事はない。
「いや、捕まえた奴はちゃんと取り調べして王都へ送ったって報告だよ。意外と素直に話をしてくれてね。黒幕は反王権派の貴族だったけど既に別件で処刑されたみたいだ」
「別件で処刑?」
疑うわけではないが信憑性が高いとは思えない。
「怪しくは思うけどかなり色々やっていたんだ。最も重い罪は帝国と共和国への武器密輸」
「密輸? それのどこが重い罪になるんだ?」
段々とシエル母子を襲った理由から離れていく気がする。
「戦争ビジネスで儲けているのもあるけど、再び三国間での戦争を引き起こして王国を倒そうとした」
「でも見つかって失敗した?」
「そう。でも失敗した時の保険……というよりも悪足掻き? ……どちらかというと嫌がらせだけど。宰相を失脚させるためにスキャンダルを明るみにして国政を傾かせる狙いと幼い子供を失う事で絶望させようとした……らしいよ」
テコは少し考えを巡らせそれなりに辻褄は合うと思いつつも腑に落ちない何かがあった。
「私たち天の声に内臓はないですけど。……あ、内臓はないぞう! なんちて」
いつの間にかクロリスも姿を現していた。
「おまえ……何の話してんの?」
テコの冷たい反応にショックを受けるクロリスの首を猫でも掴むように持ち上げて下がらせる。
「そうじゃなくて! アタシ、怒っているんだよテコくん!」
威圧感は全くなく感情だけが届いてくる。何に怒っているのかが分からないから受け止めようもなく困惑した顔でしか返せない。
「奴を捕らえた時……ぐったりして帰ってきたって聞いた。ゾンビとはいえシエルは人を斬ったんだよ? 怖い思いさせて……罪の意識もあるかも知れないのに君は何もしてあげてないらしいじゃないか!」
ようやく“何”に怒ってくれているのかがわかった。同時に状況を密告した犯人もわかって鋭く視線を送ったが既に目を合わせずイルヴィアの後ろに隠れていた。
ひとつ大きな溜息をしてから真っ直ぐに彼女たちに向かい合う。
「シエルが人を斬ったのはコレが初めてじゃない」
はっきりと言い切るとふたりは目を大きくして何かを言いかけるがテコはそのまま言葉を繋ぐ。
「10歳ぐらいだったか父親と一緒に地方の田舎町での洗礼式の護衛に行ったんだ」
東部の地方貴族の領地で行われた当時の洗礼式は洗礼を受ける子供が例年よりも少ない地域が多く、近隣同士で集まり合同で行う事になっていた。
洗礼式では12歳になった子供が神からスキルを授かる儀式として行われる。天の声が活動する為の儀式でもあるのだがそれはあまり知られておらず、単に天の声が影響するようになりスキルを得られる事がある。それをイーリア教会は神の恩恵と称して子供たちを集めて儀式を行っている。
中にはスキルを得られない子供がいて地域によっては差別されることもある。実際には年齢は関係ない。それを知りながら祈りを捧げ続けることでスキルを得られると教会に通わせそのまま信徒にしてしまったり、多額の寄付金を納めさせたりしていた。
その様な背景もあり教会や儀式自体に懐疑的な人々がいる。この日も反教会派の組織が中止を求める声明を出していた。
「穏健派だから抗議デモぐらいだと思っていたんだけど違った。穏健派を語った過激派だった。狙いは教会関係者と子供たちだった」
あまり良い思い出ではない。初めてシエルが他人に向けて刃を振るって傷つけたのだから。テコの表情もこれまで見たことがないほど暗い。
「儀式が終わって教会から出たときに奴らは襲ってきた」
固く封をしていた過去を少しずつほどいていく。
「束でかかってきたところで当然シエルに敵うわけがないから一瞬で制圧したさ」
置いてきたものがまだそこにあるか確かめるように遠くに視線を向ける。
「騎士団が襲ってきた連中を拘束していたが……ひとりだけ無傷のクセにやられたフリをしてその場に潜り込んでいた奴がいた」
「木を隠すなら森……みたいにひとりを隠すために全員がはじめから取り押さえられるつもりだった……て事?」
「そう。ド派手な囮ってわけだ。隙を突かれて子供が人質になった」
呆れるほど雑な作戦に苦笑いが混じる。
「何言っているのかわかんないほど支離滅裂な要求だったと思う」
しばらく沈黙していたがイルヴィアもクロリスもじっとテコの言葉を待つ。
「錯乱していたのか犯人が人質に手を掛けようとした瞬間に間合いを詰めて引きはがして斬った」
人質を救うためとはいえ僅か10歳で人を斬った事にイルヴィアは自分の胸が痛むような気持ちになる。
「その時にはちゃんとケアしてあげたんでしょうね?」
「勿論……」
いつもの溢れる自信が当たり前だと言っている。その言葉に少し安心したが
何故か違和感があった。
「さすがのシエルも動揺が大きかったしな。しばらく慰めるのに苦労したよ」
だったら今回もきちんと慰めてあげないのかと言いかけたところでテコが続けた。
「何せ……斬られたことで覚悟が決まったのか……いや、始めからそうするつもりだったんだろうな。自爆魔法を発動させようとしたんだからな」
属性の適正さえ合えば低いレベルの魔法は後天的に習得できる事が多い。その中で習得し易いが危険なものがある。
「……禁忌魔法を使ったの?」
「使おうとした。発動一歩手前だった。だから…………殺した」
イルヴィアもクロリスも絶句したまま動けなくなる。
「シエルは直感的に危険と判断し、最小の犠牲で事を収めた。でも……あいつがそれを良しとすると思うか? その日から突然泣き出して謝るんだ…………ごめんなさい、ごめんなさい……て。1週間ぐらいそれが続いたけど、母親がずっと側にいて慰めてくれてやっと落ち着きを取り戻したよ。今じゃ似たような事が何回もあったから覚悟はもうとっくの昔に決まっている。弱い人を守るためなら……シエルは躊躇わない」
かなり衝撃的な話ではあったが、尚更今回の事は放っておくわけにはいかないと強く思う。
「覚悟が決まっていても大丈夫ではないでしょう?」
あからさまに嫌な顔をして見せるが、シエルの事を心配して自分に小言を言いに来てくれたことを嬉しく思っている。そして漸く彼女たちのいう事が理解できた。
「シエルが憔悴して帰ってきたのはヒトを斬ったからでも親の仇と出会ったからでもない」
シエルが何を思っていたのかを話す方が早い。そして今の気持ちも。
「始めはかわいそうに思ったそうだ。死で罪を償ったはずなのに亡骸を弄ばれていることに。……だが違った。死しても同じように人を傷つけることを厭わない様子に怒ったんだ。今度こそ罪を償ってもらうために、二度と再生できないように斬った」
この言葉はシエルのものなのか、テコの言葉なのか。兄弟のように、時に親子のように少し面影が重なることがある。目の前に居るのはどちらなのか錯覚しそうになる。
「捉えたあいつはその場で切り刻んでやりたかった。でもそれをやるわけにはいかなかったから。短時間で色々な感情にさらされて……あの時の事も少し思い出して辛くなったんだ……」
「だったら……尚更……だよ」
思うことはまだあるが、これ以上はもうやめようと口を閉じた。テコも同じように辛かったのだろうと思ってしまったから。
「ありがとうな。お前だけじゃなくセレナたちにも同じような事言われたよ。シエルは良い仲間に恵まれた」
普段はあまり見ることがない優しい笑顔だった。
「でもお前らが勝手に俺を呼びだしたんだから、俺がしゃべったことはシエルには言うなよ」
「さあ、どうしようかな?」
イルヴィアは嬉しそうに笑った。




