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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 禍福糾纆
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禍福糾纆Ⅱ

 子供たち全員がウェッター商会で働き始めていた。

 物作りに興味を持つディーレ、エファは、午前中は工房で製作技術を学び午後からは店頭で販売の手伝いをしている。

 商会といっても卸だけではなく直接販売も行っている。扱っている商品は様々で食料品や生活雑貨、武器や防具なども揃っている。

 品質はそこそこで価格も手頃だったので平民やまだ駆け出しで稼ぎの少ない冒険者には好評だった。


 貴族相手には遥か東の大陸から取り寄せた珍しい品物を売り込み、そこで利益を得ている。見た事もなければ使い方もよく分からない品物の価値などないにも等しいのだが、言葉巧みなプレゼンについ買ってしまう者が多くいた。後で後悔しそうだと思っても騙されたというような気はしておらず、皆満足そうにはしている。

 西のゼピュロス管轄区域はアンシュタイン領ともう一つ大きな統括地域を持つ領主がいるのだが、どちらも経済的には豊かであり領内にいる貴族たちは王都で働くよりも充実した顔をしている。下級貴族であっても少しの贅沢は出来るぐらいの資産は持っていた。

 平民と貴族の格差は度々問題になり、貴族の強い差別意識が悲しい事件の発端になる事も珍しくはなかったが、それ以上に貴族間の諍いや権力争いは起きている。水面下で起きる争いは数知れず。表立った争いが起きれば統括責任者である公爵家が仲裁に入ることとなっていた。

 今の王国は東西南北の4つに地域と中心に位置する王都が大きな括りとなっている。各地域の小さな領地を貴族が経営しているのだが、それらの集まりを公爵家が統括管理している。小国の王都ともいえる立場ではあるが、為政者というよりかは経営者という方が近い。

 要職についているのが下級貴族であるが、どこの領地も人数が多いわけではなく能力も差がある。必然的により多くの仕事を高いレベルでこなせる人材が重宝され出世のレールに乗ることができるのだが、アンシュタイン領は少し違う。

 個人が持つスキルを把握し適材適所へ配置。やりたいことよりもできることを優先させる効率主義を徹底させ働きに応じた成果を還元させる仕組みを敷いた。王都の官僚のような働きであるため他の貴族とは違うという優越感と他の地域で暮らす貴族よりも少しばかり良い稼ぎが余裕をうみ、外国のよくわからない品物を買っても満足そうにしていられるのだった。


 シドたち男の子3人は仕入れた商品を荷受けし倉庫に運ぶなどの肉体労働が主な仕事である。作業は午前中には終わってしまうので、ビシーとソージは午後から工房で製作を学んでいた。

 シドだけはトルネオに付き従い売り上げの分析や新規の販路開拓の他、商品の仕入れ先や営業先を探すために街中を歩き回っていた。

「ふむ、これで領内は一通り把握できたな」

「……」

 何故自分がこんなことをしなければと思いながらもシドは顔に出さないよう注意し1ヶ月を過ごした。言葉から察するにこれで終わりかと思えば気の重い日々も報われる気がする。

「やれやれといった感じか? 貴様、この1ヶ月を何となくで過ごしていたわけではないだろうな?」

「……?」

 何を意図した言葉か図りかねいつものように黙り込んでいると、彼の主人は眉を顰めてみるみる不機嫌になっていく。

「馬鹿が。街に何があって、どこを通ればどこへ行けるのかもう一度その空の頭に叩き込んでこい!」

 大きな声で叱責されたわけではないがシドにとっては強いショックを受ける言葉だった。

――あ……

 無国籍でここに居られる事が初めは信じられずにかなりの警戒をしていたはずだった。それがいつの間にか当たり前になってしまった。どこかで守ってくれる大人の存在に安心し気が抜けてしまい忘れていた。

――俺たちに国籍はなく、いつまた追われるかもしれない。あいつらを守るのは……

 普段は変化のないシドの今の表情を見て意図が伝わったことを確認し言葉を繋ぐ。

「情報こそが最強の武器だ。この戦いに大人も子供も関係ない。よく覚えておけ」

 悔しさを滲ませながら頷く姿を見て少し優しく言ったつもりだったがそうではなかったのかとシドと同じように肩を落とした。


 ふたりが店に戻る頃には日は傾きはじめており店内は多くの買い物客で賑わっていた。

「あ、おかえりなさいシド、……旦那様」

「何か変わったことはなかったか?」

 出迎えてくれたアーラが兄弟たち以外の男性が苦手であることを知っているので敢えてディーレやエファに声をかける。

「うん、何も問題なし! いつもよりお客さん多くて忙しいけど」

「ディーレ、旦那様には敬語!」

 直接話すことには抵抗があるが嫌っているわけではない。助けてくれた恩人としても、自分たちを雇ってくれている主人としても敬意を示している。最近は接客中でもタメ口が多くなってきたディーレにクレームが入らないかと心配していたので主人に対しての口の聞き方に慌てた。

「気にするな。どうせ直らんし直す気もないだろう。客受けが良い時はそのままでいいが、いざという時に使い分けられるようにはしておけ」

「あーい」

「もう、ディーレったら!」

 容認はしてもらえているが、やはり怖い気持ちに変わりはなかった。


「いらっしゃいませ! あ、おばちゃん、まえにほしいっていってたおくすり、きょうはおみせにあるよ」

「こんにちはミィちゃん。覚えてくれていたのね。早速買って帰るわね。いつもありがとうね」

「ミィちゃん、いつものアレあるかい?」

「ごめんね、おじちゃん……もううりきれちゃったの。もっとたくさんおみせにおいてもらうからね」

「良いよ、良いよ! じゃあ今日は違うやつにしてみようかね」

 ミィは入り口近くで来客一人ひとりに声をかけている。最初こそ『いらっしゃいませ』だけであったのだが、小さく可愛らしいお出迎えに段々と客側から話かけるようになっていった。

 誰も来ない時は従業員が用意してくれた小さな椅子にちょこんと腰掛けて店内を見回している。時々商品を綺麗に整頓などして立派に仕事をしている。

 客と店員のやり取りをじっと観察している姿に何に興味を持っているのか皆が不思議に思っていた。

 少しずつ常連客が増え始めた頃にその理由がわかる。いつも同じものを同じ量を買っていく飲食店経営者がきた時だった。

「あのおじちゃんがいつもかうおやさい……きょうは一つもないよ?」

 ミィの言葉に驚いた従業員が慌てて倉庫を見にいくと実際になかった。仕入れのタイミングを間違えたらしくその商品だけがなかった。

「ミィちゃん……なんで無いことがわかったの?」

 従業員の男性が不思議に思い聞いてみる。

「にいちゃんたちがあさ、そうこにいくでしょ? ミィちゃんいっしょにいってみてきたから」

 まだ幼い女の子は倉庫にある商品の種類と在庫を把握し店頭に立つ。午後からも入荷した商品を見て覚えてきていた。更に従業員と客のやり取り、誰が何を買っていくかを見て覚えていた。

「すごい……よくそんな事できるね?」

 エファに頭を撫でてもらいながら褒められ嬉しさのあまり抱きついている。

「正直、ミィが一番店の役に立っているな」

 実際にミィを目当てにくる常連が増えたことは確かで、まだ不慣れな兄姉たちと比べても買い物がスムーズに行える。店側も在庫の管理はまだしも客の好みや傾向をまだ把握しきれていなかったため従業員たちはミィを正規の従業員と認めていて意見が多く取り入れられるようになっている。

 流石のトルネオもミィを絶賛している。逆に他の兄姉たちが肩身を狭くしているのだが、それはミィにわかるはずもなかった。

「私たちも頑張らないとね」

 一番年下の妹に随分と差を空けられてしまい少し苦い気持ちがあったが、ここでしっかりと働いて行かなければとの思いもそれぞれが抱くこととなった。

 ミィのおかげもあってウェッター商会は西側での新規開店は上々の滑り出しであった。

 商会の名とともにミィの噂は同時期に流れたいくつかの内の一つに数えられたが、良い噂はこれだけであった。


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